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第百二十話 十年後の友


 フロウに連れられ、俺とティアーヌはイトナ村の大聖堂に連れてこられた。

 大聖堂の中には横長のテーブルが四つ設置されており、既に五十人近くの子供や老人たちが席に着いて待っている。

 俺たちが大聖堂に入ってきたのに気づくと子供も老人も騒ぎ出す。


「あ、ニケロ様だ!」「ニケロ様お腹空いた!」「早く早く!」

「はいはい、すぐに座るから待っててね〜」

「おお、ニケロ村長。今日もお疲れ様です」「お疲れ様です、村長」

「はい、おじいちゃんやおばあちゃんたちもお疲れ様です」


 各々に挨拶をしながらフロウは席に着き、俺とティアーヌの順で隣に座る。

 テーブルには既に食事が用意されており、木で作られたトレイに、木で作られた食器が並べられている。

 献立はパンと蒸したジャガイモ、後は輪切りされたニンジン等の野菜の盛り合わせである。

 全員が席に座りテーブルかな向かっているのを確認し、フロウは両手を挙げた。


「はーい、じゃあみんな。食べる前にお祈りを捧げましょう」


 それまで騒がしかった子供たちが一斉に静かになる。

 子供たちも老人も、フロウまでもが手を組み目を瞑ると祈りを捧げ始めた。

 俺とティアーヌも同じように手を組み、目を瞑っておく。


「慈愛の神ギルニウス様。神と大地の恵みにより、用意された物がワタシたちの心と身体を支える糧となることに感謝いたします」


 あぁなんだ、フロウたちはギルニウスに祈りを捧げているのか。

 そういや、こっちの時代に来てから神様に祈りを捧げる日課をずっと忘れていて、祈りを捧げるのはすごく久しぶりな気がする。


「では──いただきます」

『いただきます!!』


 フロウの言葉を復唱し、子供も老人たちも声を張り上げる。

 俺とティアーヌも習い「いただきます」と復唱する……と同時に、子供たちが物凄い勢いで食べ物を口に放り込み始めた!

 パンにかじりつくと一気に引き千切り、蒸したジャガイモを手で割りかぶりつき、輪切りされた野菜口の中に放り込む。

 そこに食事のマナーなどと言う概念は存在しない。

 ただ腹が減ったから食べる。

 シンプルな答えがそこにはあった。


「ジャガイモおかわり!」「野菜おかわり!」「全部おかわり!」


 食器に添えられた食べ物が無くなる度にあちこちから声があがる。

 その様子をにこやかな笑顔でフロウは眺めている。

 久しぶりの賑やかな食事。

 俺も子供たちの様子を眺めながら、少し硬いパンにかぶりついた。


✳︎


 夕飯を食べ終え、食器を片付けるのを手伝う。

 食事を用意するのは老人たちの仕事らしく、食器を片付けるのは子供たちの仕事と分担分けされているらしい。

 老人たちは明日の作業に備えて早く寝て、子供たちは農作業道具の手入れをしてから寝るのが日課だそうだ。

 食器の片付けを済ませるとティアーヌは早々に村長宅に避難する。

 本人曰く、「淫魔の私が子供たちの側にいるのは良くないでしょう」とのこと。

 そう言われてしまうと否定できないのが困り物だ。

 淫魔の存在なんて、青少年にとってはある意味危険だからな。

 俺はと言うと、一宿一飯の恩義で村の警護を手伝うことにした。

 見張りをしていた獣人族と入れ替わる形で見張り台の立ち、双眼鏡で村を囲っている柵の外側を眺める。

 警戒するのはゴブリンや口裂け狼などの群れで行動する魔物らしい。

 個体で行動する魔物はそこまで脅威ではないらしく、とにかく群れで行動し、斥候を送り込むタイプの魔物だけは絶対に見逃すなとのお達しだ。

 強力な一体よりも、個体が弱くとも群れをなし多勢で攻めて来る魔物の方が村を守る時は厄介だそうだ。

 その話を聞いて、俺はワイバーン戦の時のことを思い出し納得する。

 あの時も親のワイバーン一体だけならティアーヌと二人で対処できたかもしれないが、幼体の多さのせいで被害が広がったのだから。


「うぅっ、少し寒い……」


 見張り台で双眼鏡を手に外を眺めるが、やはり夜は冷える。

 野宿している時は焚き火があるからマシだったが、透明マントを一枚羽織るだけじゃ辛い。

 双眼鏡を覗きながら身を縮こませ監視の仕事を続ける。

 すると見張り台の梯子を登る音が聞こえ、フロウが顔を出す。


「クロくん、お疲れ様」

「フロウ?どうしたんだ?」

「毛布持ってきたの。そのボロボロのマント一枚だけじゃ絶対寒いでしょ?」

「すまん、助かる」


 フロウが持ってきてくれた毛布を受け取り羽織ろうとすると、俺が纏っていた透明マントを取られてしまった。


「ちょっとクロくん?このマントボロボロじゃない。あちこち穴空いてるし、なんで所々違う生地が縫われてるの?」

「あぁ……それはな、虫喰いと焦げた後だよ」


 ワイバーン戦の時に焼け焦げ、穴だらけになってしまった透明マントを確認するフロウに答える。

 透明マントは夜寝る時に布団にする以外で使ってはいない。

 なにせ穴だらけだし、ワイバーン戦でマナを使いすぎたからしばらく使わないようにとティアーヌに言われている。


「これ、クロくんが昔王都に行った時に持って帰ってきた透明マントでしょ?直さないの?」

「直したいけど、透明マントの効力を発揮するには専用の素材じゃないとダメみたいなんだ。他の生地で補強してもそこだけ透明にならないんだ」


 「ふ〜ん?」と話しを聞きながら透明マントを隈なく確認するフロウ。

 何度も生地や状態を手で確かめると突然頷く。


「これ、ワタシなら直せるかもしれないわ」

「本当か!?」

「時間はかかるかもしれないけれど、しばらく預かってもいいかしら?」

「ああ、ぜひ頼むよ!」


 もし透明マントが直せるなら、また平原を移動する時に隠れるのに使える。

 修繕を頼むとフロウは快く透明マントを受け取ってくれた。


「しかし、フロウはすごいよな」

「なによ急に」

「だって、俺が知らない間に村一つの運営を任される立場になってたんだぞ?十年前のフロウを考えたら、すごいことじゃないか」

「十年も経てばそりゃ変わるわよ。もうワタシたちは子供じゃないんだから」


 そうだよな、俺はまだ九歳だったのに肉体だけいきなり二十歳まで引き上げられたようなものだ。

 でもフロウは、俺みたいに時間を飛ばされたのではなく、ちゃんと十年間の時を生きてきた。

 肉体だけ成長した俺とは違う。

 幼馴染の成長に感心するが、当の本人は暗い顔をしている。


「……成長なんて、してないわ」

「フロウ?」

「十年経って成長したつもりでも、ワタシは昔と同じ弱い子供なのよ。歳を重ねて、強くなった気になって、結局何も守れなかった」


 遠い目をして見張り台から夜空を見上げるフロウ。

 空は暗雲に覆われたままで星が見えないが、それでもフロウはじっと空を見上げつづける。

 その瞳には何が映されているのか、俺にはわからない。


「本当はね、難民キャンプにいる人たち全員をこの村で受け入れられたらいいんだけど、それにはこの村は狭すぎる。だから、ご老人や子供を優先的に受け入れて、大人たちは難民キャンプに残ってもらってるの。子供たちは戦争が終わった後、次の世代を担う子たちだから、戦場から遠ざけようって」

「いい考えじゃないか?」

「全然、ワタシがもっと上手くやれてれば、村を大きくしていれば、もっと多くの人を受け入れられるのに」


 自らを責めるような言い方に、俺はフロウに何と言葉を返すべきか思案する。

 頭に浮かんでは消え、口にしようとしても閉じてしまう。

 今の俺には、フロウに対してどう答えてやればいいのかわかない。

 俺とフロウでは今いる境遇が違いすぎる。

 そんな俺が何を言っても、慰めにはならないのかもしれない。

 俺が何も答えずにいると、フロウは暗い表情とは打って変わりにこやかな笑みを浮かべた。


「でもクロくんは、あれから六年も経っているのに何も変わってないわよね。むしろ、昔に戻ったみたい」

「戻った?」

「中等部に入った頃から、だんだん大人っぽくなって落ち着いた雰囲気になってたのに、今のクロくんは──なんだか、十年前のまだ初等部に通ってた頃みたい」


 初等部に通ってた頃みたいと言われ、少しドキッとする。

 俺、初等部の頃に戻ったんじゃなくて、初等部に通ってた時代から時を超えて来たんだけど……正直に説明しても理解されないかもしれないので黙っておくことにした。

 「さてと」と俺には毛布を渡す目的を達したからか、見張り台から降りようと梯子に足をかける。


「じゃあ、ワタシは他の人のところにも顔出さないと行けないからもう行くわ」

 「そっか、毛布ありがとな」

「いいのよ。その代わり、見張りのお仕事、しっかりお願いね」

「わかってるよ。キチンとやるさ」

「それと三日後、難民キャンプに物資を届けに行くから、良かったら同行してくれる?」

「もちろん行くよ」


 俺の答えにフロウは嬉しそうに頷き、「じゃあね」と見張り台を降りていく。

 難民キャンプに物資を届けに行く、つまり難民キャンプにいるはずのジェイクとユリーネに、俺はようやく会うことができる。

連続投稿したからか、ちょっと前執筆欲が下がってて現在インプット作業が多いです


次回投稿は来週日曜日の22時です!

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