第百十七話 サキュバスの力
新年明けましておめでとうございます!
今年も「二色眼の転生者《オッドアイズ・リ:ライフ》」をよろしくお願いいたします!
名も無き村でワイバーンに襲撃を受け、ティアーヌが悪魔族のサキュバスであるのを理由に村を追い出されてから早一週間。
今俺たちは崖の下にできた空洞で雨宿りしていた。
本日の天候は生憎の雨。
雨天時による進行は寒さで体温を奪われるし、雨音で魔物の接近に気付かないので危険だとティアーヌが判断し、今日は雨が止むまで休むことになったのだ。
雨宿りできる場所を探している時に今いる崖下の空洞を見つけて避難し、焚き火を焚いて寒さを緩和させている。
空洞は大きく、まるで崖の下を何かが抉ったような形をしている。
恐らく魔物でも通ったのだろうとティアーヌは言っていたが、雨宿りしている時に遭遇しないのを祈るばかりだ。
「雨、止みませんね」
「もし一日中降るようなら、今日はここで野宿しましょうか」
岩山の上に腰掛け、雨が降る空を見上げながら言葉を交わす。
正直なところ、あんまり話題がない。
夕食の話をしようにも、もう手持ちの食料はほとんど食べ終えてしまった。
本当は前に立ち寄った名も無き村で調達するつもりだったのだが、それもできずにここ数日は道生えていたキノコや木の実を食べている。
もっと酷い時は虫を火で炙って食べる羽目になってしまった。
もちろん虫を食べるってなった時は抵抗したさ!
抵抗したんだけど、
「無理です無理!虫なんて食べられませんよ!」
「大丈夫よ!ちゃんと火で炙ったし、虫はタンパク質もあって栄養は摂れるから!食べてもお腹壊さないから!」
「いや、そうじゃなくて!見た目的に食べるのが無理だって言って
「いいから食べなさい!ほら口開けて!」
「やめ、やめて!おごごごご!」
というやり取りがあり、無理矢理虫を食べさせられて昆虫食デビューを果たした。
人間、一度胃に通すとグロテクスな食料でも食べ慣れるもので、今では抵抗感なく昆虫を食べられるようになってしまった。
今も俺の手にはバッタに似た昆虫の炙り物が握られており、景色を見ながら無心で食べている。
とは言ったものの、こうも昆虫食生活が続くとそろそろ文化的な食事が恋しくなるわけで、
「そろそろ、人の手で作られた温かい手料理が恋しくなりますね」
「食べてるじゃない。温かい虫」
「虫炙ったのって、料理と呼べるんですかね……」
モシャモシャと虫を食べながら他愛のない話をする。
こう雨が降っていては弓の訓練もできないので、筋トレぐらいしかすることがない。
それも済ませてしまうと、いよいよやることが無くなってしまう。
「早く止みませんかね?この雨」
「ボヤいてないで、ちゃんと周囲の警戒もしてよ?雨が降ってても魔物は襲ってくるんだから」
「わかってますよ」
炙った虫を口に放り込み、嚙み砕きながら答え、正面に広がる森を見据える。
左眼の能力を使えば早いのだけど、この前のワイバーン戦で大量にマナを使ったので、完全にマナが回復するまで魔法の使用を自重するようにティアーヌに言われてしまったのだ。
なのでここ数日の間、俺は魔法を一切使っていない。
「地味な能力だけど、使えないのは勿体無いよなぁ……」
この能力をくれたの神様には、最初は地味だ使いどころがないと文句を言ったが、こういった場面では便利だし、いい贈り物だったとは思ってはいる。
しかし、その神様とは十年後の世界に来てからは一度も会ってはいない。
この時代では、ギルニウスは一体何をしているんだろう。
やっぱり神様だし、今この瞬間も魔王ベルゼネウスと戦っていたりするのだろうか?
「……ん?」
考え事をしながら森を見回していると、木々の隙間から何か光った気がした。
なんだろう?と光が見えた方向に視線を戻す。
その瞬間──空を切る音と共に矢が正面から飛んできた!!
「うわっ!?」
咄嗟に身体を右に倒して避けようと試みる。
しかし、反応が遅れたせいで矢先が左頬を掠め、わずかな痛みを感じる。
目標を仕留め損ねた矢は背後の岩壁に弾かれ地面に落ちる。
飛来した矢の存在にティアーヌも気づき、回避する為に体勢を崩した俺に駆け寄る。
「大丈夫!?」
「へ、へーきです……ちょっと頬に掠っただけで」
堪えながら矢先を掠めた左の頬を手の甲拭うと、左手に僅かな血が付いていた。
血が出ているのを確認していると、矢が放たれた森の中から次々とローブに身を包んだ人影が現れた。
その数は三人、盗賊か!?
「盗賊!?バルメルド君、構えて!」
接近してくる人影に、俺とティアーヌは直ぐに戦闘態勢を
「あ、あれ……?」
立ち上がり、腰の剣を鞘から引き抜こうとした俺の視界が僅かに歪む。
もしかして、さっき食べた虫に当たったのか!?
歪む視界のせいで平衡感覚が狂い、地面に倒れそうになってしまう。
こんな時に倒れてたまるか!と足に力を入れ踏ん張ろうとするが、身体が硬直したみたいに筋肉が硬く、力が入れられずに俺は前のめりに地面に倒れてしまった!
「あぐっ、うっ……!」
「バルメルド君!?どうしたの!?」
地面に倒れた俺にティアーヌが驚く。
わからないと答えようと口を動かそうとするが、上手く唇を動かせずに答えることができない!
「かっ、うっ……!」
「もしかして、さっきの矢に毒が!?」
視界の端に先程飛来した矢が見える。
ティアーヌの言葉通り、矢の先端部に何か赤い液体が塗られていた。
何とかして立ち上がろうとするが、身体が痺れていて指一本動かせない。
そうしている間にも盗賊たちは近づいてきており、ティアーヌは仕方なしに一人で撃退しようと杖を構える。
「くっ!《氷の精よ。我が前に
「シッ!」
ティアーヌの詠唱が始まると同時に盗賊の一人が何かの小袋を投げてきた。
詠唱が終わるよりも早く小袋はティアーヌの足元に飛び込み、地面に落ちると袋が破裂し白い粉が舞い上がる。
粉は俺たちの周囲を包み、粉を吸い込んだティアーヌが苦しそうにむせて咳をし始める。
一方俺はまだ身体が痺れて動けずにいるので、白い粉を吸い込まないように手で口を塞ぐこともできない。
白い粉に苦しんでいると地面を走る足音だけが聞こえるが、粉が舞っているせいで周囲を確認できない。
粉の煙が風に流れされ視界が開け始めティアーヌを目で探す。
しかし煙が晴れた時俺の目に映ったのは、ローブを着た盗賊二人に腕を押さえられたティアーヌの姿だった。
「おらっ、大人しくしろ!」
「は、離して!」
「暴れるなって!」
両腕をそれぞれ掴まれ、男二人の腕力に女性のティアーヌが対抗できる訳がなく、抜け出すこともできそうにない。
痺れながらも、何とかしようと俺は身体を動かそうとするが、地面にうつ伏せに倒れている俺の背中に三人目の盗賊が座り込み抑え込まれてしまう。
「は〜い。君は大人しくしてよ〜ね〜」
小馬鹿にした口調で俺の背に座る三人目の男。
満足に体を動かせない上に背に乗っかられてしまえば、俺はもう抵抗することもできない。
腕を押さえられた状態のティアーヌは、俺の背に腰掛けている盗賊を睨む。
「貴方たち、盗賊ね!?」
「せいか〜い。おっと抵抗はするなよ?この下で寝てる奴を傷つけたくなかったらな」
盗賊はナイフを取り出すと俺の首元に刃を近づける。
最悪の展開だ、俺が人質になるなんて……!
ナイフを近づけられティアーヌの抵抗が弱くなる。
「やりましたね兄貴!女ですよ、女!」
「しかも上玉ですよ!」
どうやら俺の背に乗ってる奴がリーダーらしく、ティアーヌを抑えているのは下っ端のようだ。
「しかし驚いたなぁ。この辺りをうろついてる奴がいるなんてなぁ」
「言っておくけど、私たちは食料なんて持ってないわよ」
「またまたぁ〜、このご時世に二人旅してて、食料が全くないなんてことはないだろ?」
「そんなに欲しければ、そこの焚き火で炙っているのを持っていくといいわ」
顎で示す先にあるのは、先程から焚き火で焼いていた虫の串焼きである。
下っ端二人は焼かれている虫を見て小さな悲鳴を出す。
「ひぃ!こいつら虫食ってたのかよ!?」
「どんな神経してんだ!?」
まぁ当然と言えば当然の反応だ。
盗賊たちが焚き火の方に意識を向けている間に、俺は何とか動こうと体に力を入れ続ける。
まだ痺れてはいるが、口と指先ぐらいなら動かせられるようにはなってきた。
食料が虫と分かると盗賊のリーダーは舌打ちをする。
「チッ、ハズレかよ」
「わかったら早く解放して。貴方が下敷きにしている彼に解毒剤を与えてくれる?」
「それは無理だね。食料は無くても、他にもイイもんもってるみたいだし、これを頂いて……」
リーダーが俺の腰ベルトに備え付けた剣に手を伸ばし奪い取ろうとしている。
ダメだ、これはダメだ……!
他の荷物は奪われても構わないが、これだけは絶対に奪われたくはない!
「……るな!」
「あ?」
「さわ……るな!」
痺れが取れ始めた唇を動かし拒む。
うつ伏せのままで眼だけを動かしリーダーの男を睨みつける。
「それ、に……さわる、な!」
「なに?この剣、大事な剣なの?もしかして形見とか?」
俺ケラケラと笑う男に、俺はもう一度はっきりと睨み続けながら拒否の言葉を口にする。
「それに……触ルナッ!!」
今出せる精一杯の声量を出す。
それに驚いたのか、盗賊もティアーヌたちも一瞬だけ体を強張らせた。
だが、リーダーの男は表情をまたすぐに下卑た笑みへと変え、立ち上がると俺の脇腹に蹴りを入れてきた。
「驚かせやがって!」
「ぐふっ!」
「何もできない癖に指図すんな!」
痺れで防ぐこともできず、脇腹に蹴りが直撃してしまう。
感覚が麻痺しているとは言え、無防備な状態で蹴りを受け、一瞬息ができずに苦しむ。
「そこで大人しく寝てろ!」
盗賊のリーダーは俺の背を蹴飛ばす。
ティアーヌに振り返ると、自分を睨みつける彼女の顎を指で掬い上げ目を合わせる。
「食料は無くても、あんたみたいな上玉の女がいれば儲けもんだよ」
「なら、彼に解毒剤を渡して」
「嫌だね。こいつはここに置いてく。魔物の餌になるだろうけど、運が良ければ生き残るさ」
まだ体の痺れが治らない!
このままじゃ、ティアーヌがこいつらに連れて行かれる!
ティアーヌは諦めるかのように目を閉じて項垂れてしまう。
「……運が、悪かったのね」
「そうそう。運が悪かったと思って諦めなよ。ちゃんと可愛がってあげるからさ」
「わかったわ。じゃあ──私の眼を見てくれる?」
穏やかな笑顔を浮かべ、ティアーヌは盗賊の男に眼を見るように促す。
その言葉に男は嬉々としてティアーヌを青い瞳を見つめ返した。
「なんだ、物分りが、いいじゃ……ん……」
眼を見つめ返している男の語尾が少し揺らぐ。
何か仕掛けたのか、ティアーヌの眼を見つめている盗賊は無言で立ち惚けていた。
「あ、兄貴?どうしたんですかい?」
眼を見つめたままたち惚けるリーダーに下っ端の一人が声をかける。
反応がないのを不審に思い、下っ端がリーダーの男を揺すろうと肩に触れると、
「あ、あひぃぃぃぃ!」
「兄貴!?」
下っ端の一人がリーダーの男の肩に触れた瞬間、男が体を震わせ、直立した姿勢のまま仰向けに地面に倒れた!
倒れた男の顔が俺の目に映る。
さっきまでニヤけ顔していた男は、眼をトロンとさせ、恍惚の表情を浮かべながら全身を震わせていた。
な、何がどうなってるんだ?
「どうしたんですかい兄貴!」
「兄貴しっかり!!」
自分たちの親分が突然全身を震わせ、幸せの絶頂に陥ったかのような表情を見て、下っ端二人は抑えていたティアーヌから手を離して男を抱き起こす。
声をかけ体を揺するが、男は反応を示さず恍惚の表情を浮かべたままだ。
拘束を解かれ両手が自由になったティアーヌは、杖を持ち直すと盗賊たちに向ける。
「大人しくしなさいよ。もうその人は戦えないわ」
「て、てめぇ!兄貴に何しやがった!?」
「その人はちょっと夢を見てるだけよ。自分の望んだ幸せな夢をね」
ティアーヌが喋るとまた男が「ひぃぃぃぃ!」と声を上げて痙攣を起こす。
どう見ても異常な状態になっているのは明らかだ。
仕掛けたのもティアーヌなのには間違いないが、一体何をしたらあんな状態にできるんだ。
「早くその人を連れて失せなさい。解毒剤を渡すなら、見逃してあげる。でも、もし渡さないと言うのなら……」
杖を構えて下っ端二人を牽制していたティアーヌが帽子の縁に手をかける。
もしかして、悪魔族だってことをバラして脅すつもりなのか?
とんがり帽子の縁に手をかけ、それを脱ごうとして──
「こっちだ!声が聞こえたぞ!」
雨の向こうから第三者の声が聞こえた。
盗賊の増援か!?と未だに体が動かないことに焦るが、
「やばっ!おい、逃げるぞ!」
「お、おう!兄貴、しっかり!」
「あへぇぇぇぇ」
盗賊たちは声に反応すると、リーダーの男に肩を貸すと引きずるように逃げ始めた。
そのまま雨の降る森の中に逃げていく……って、解毒剤!
俺まだ毒にかかって動けないままなんだけど!?
「てめぇら覚えてろよ!」と捨て台詞を吐いて盗賊たちは森の奥へと消えてしまう。
いや、その前に解毒剤置いてって!と心の中で叫ぶも、盗賊は無情にも逃げてしまった。
盗賊たちが去るとティアーヌは身を屈め、俺の容態を尋ねる。
「バルメルド君、大丈夫なの!?」
「い、いま……なに、が……」
「サキュバスの能力よ。『チャーム』をかけて、幻惑状態にしたの……そんなことより、貴方は動けるの!?」
「体……痺れ……!」
「どうしよう、私、解毒剤の調合まではできないわよ!?」
毒に冒された俺を前にティアーヌが困惑している。
そんな俺たちの傍を、先程の盗賊とはまた別の人物たちが現れた。
数は三人、全員馬に跨り、傷だらけの軽鎧を身につけ兜を被っている。
新たな来訪者にティアーヌは杖を構えて戦闘態勢に。
そしてお互いに睨み合い、相手の出方を伺うのだった。
何気にこの話だけ5800字ぐらいあるんですよね……
思ったり長くなってしまいました
次回投稿は明日22時からです!




