第百十六話 進み始めた秒針
今日で2017年もおしまいですね!
来年もまた一年頑張るぞい!
深い眠りについていた中、耳元でカチカチと無数の音が聞こえる。
ゆっくりと目を開けると、どこまでも広がる暗い空間で俺は眠っていた。
起き上がると目の前を懐中時計が通り過ぎ驚く。
「……なんだここ?」
辺りを見回すと空間のあちこちに時計が宙を漂っていた。
懐中時計に置き時計、振り子時計など大小様々で形も多種多様な時計が無数に宙を漂い時を刻み続けている。
足元を見ると、俺が立っているのも時計の上だった。
通常よりも何百倍も大きな柱時計、その数字盤の上に俺は眠っていたのだ。
ガラス越しに真下を秒針の針が通り過ぎていく。
ついさっき森の中で野宿したはずなのに、今は全く見知らぬ場所に俺はいる。
こういう時、連れ込んだ犯人はどういった人物かは大体見当が付く。
「なんか用かよ……ルディヴァ様」
立ち上がりながら時計盤の中心部に立ちこちらに背を向ける青髪の女、時の女神ルディヴァに尋ねる。
ルディヴァはこちらを一瞥すると再び正面に向き直る。
彼女の目の前には幾つもの映像が浮かび上がっており、それを見ながら俺に返答してきた。
「どうですか〜?未来の自分が死んだ時代で生きるのは」
「やっぱり、ここは俺が死んだ未来なのか」
「ええ。私があなたを襲った時間から約十年後の世界です」
「……どうして俺をこの時代に連れてきたんだ?あんたは何がしたいんだ?」
俺の問いにようやくルディヴァは振り返りクスッと笑う。
その笑みはまるで悪戯をしている子供のようだと感じた。
「私は転生者であるあなたの存在を認めてはいません。でも、あなたを消そうとしたらギルニウス先輩に邪魔されてしまいました」
「俺があんたに初めて会った時か……」
十年前のまだ俺が九歳の肉体だった時にこの女は突然現れた。
出会い頭に俺の存在を歴史ごと消そうとした時から、まだ一ヶ月も経っていない。
「だから私は、あなたを抹消することを先輩が認めざる負えない状況を作ることにしました」
「それと俺が十年後に飛ばされるのに何の関係が……」
そこまで言いかけるとルディヴァは宙に浮かび上がっていた映像を指でなぞり俺に見せてくる。
「なんだこれ?」
「私は時の女神ですから、未来と過去全ての時間を見ることができます。これはそのほんの一部」
差し出された映像には俺が映っていた。
まだ俺がこちら側に来たばかりで、初めて魔王ベルゼネウスと対峙した時の光景がそこには映し出されている。
魔王の放つ黒い瘴気を当てられ敗北し地面を転がる俺。
追い打ちをかけるように魔王が俺の頭を掴み、俺の全身が黒い瘴気に包まれ悲痛な叫び声を上げていた。
自分が悲鳴を上げている姿に思わず目を逸らしたくなるが、ぐっと堪えその光景を見続ける。
「あなたはこの時のことを忘れてるんでしたよね」
「ああ、魔王と会った時のことは覚えてない。俺は……魔王に何をされたんだ?」
「普通に殺されそうになっているだけですよ。あなたがこの時間を覚えていないのは、強烈な痛みと恐怖で防衛本能が働いた結果でしょう。直に会えばきっと思い出せますよ」
ルディヴァの話しを聞きながら、糸が切れ地面に倒れた俺の映像を見続ける。
この後ティアーヌがここを通りかかって、俺を助けてくれたと聞いている。
「でも、こんな映像を俺に見せてなんだって……」
ルディヴァがまた別の映像を俺に見せた。
今度は名も無き村で、俺がトリアと母親を助けようとしている場面を。
「……っ」
「あなたにとっては思い出すのも嫌な記憶ですね〜。でもしっかりと見ていてください。これから起きることを」
この女は俺に何かを見せたがっている。
それが何かは分からないが、俺自身の心も訴えていた。
目を逸らしてはいけないと……
場面は燃え盛る家からトリアと母親を助け出し、そして一緒に逃げようとしているところまで進んでいた。
そして空から降る爆炎に吹き飛ばされ、大火傷を負った俺は地面に倒れ伏し、トリアと母親は炎に囲まれてしまっている。
映像を見ていた俺は唇を噛み締め、拳を固く握る。
映像の中で何もできず地面に倒れている目の前で、トリアと母親が炎に包まれ、その姿が橙の炎の中へと消えてしまった。
『あああああ"あ"あ"あ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!』
トリアたちが炎に飲み込まれ姿が消えると同時に、映像の中の俺が絶望の悲鳴を響かせる。
あの時感じた絶望が、見ているだけの俺の中でも思い出されそうになり目を瞑りかけた──その時、
『ア、ア──あがっ、がああああ、ク"ウ"オ"オ"オ"オ"ア"ア"ア"ア"!!』
映像の中の俺から、黒いミミズの様な物が体から溢れ出し全身を包み込んだ。
異常な光景に目を瞑りかけた俺は、目を見開き食い入るように映像を見る。
黒いミミズに全身を包まれた映像の俺は、燃え盛る炎に囲まれのたうち回り続けている。
やがて立ち上がると、全身を覆う黒い何かを振り払い、空に向かって咆哮を響かせた。
『グオオオオオオオオオオオオ!!』
先程負ったはずの酷い火傷は体のどこにも無く、白髪であるはずの髪の色も錆びたような鉛の色をしている。
映像の中の俺は、雄叫びを上げると剣を引き抜き、近づいてくる幼体のワイバーンを相手に暴れ始めた。
俺はこの後すぐに親のワイバーンと戦うことになる。
なるのだが──
「なんだ、これ……俺、こんなの知らないぞ……」
映像で暴れているのは確かに俺、クロノス・バルメルドだ
でも、大火傷を負った俺の体を包んだ黒いミミズの様な物体も、髪の毛の色が変色した形態も俺は知らない。
就寝前にティアーヌが言っていたのはこれのことだったのか。
「そう、サキュバスの彼女はあなたのこの姿に恐ろしさを感じていました。だからあなたの正体を聞いてきたんですよ」
また勝手に人の心を読みやがったこの女神。
就寝前、ティアーヌは俺に「人族なの?」と聞いてきた。
質問の意味がわからず、俺はその時適当に「人族に決まってるじゃないですか」と答えたのだが、この姿を見た後じゃ同じ返答をすることはできない。
「ルディヴァ……これは、俺はどうなってるんだ?俺は本当に人なのか?」
「ええ、あなたは人族ですよ。髪が白いのとオッドアイなのを除けば、ごく平凡な人間です。ただ──」
ゴトン、と足元の時計盤の短針が動く。
いつの間にか時計の針は十二時を刺そうとしている。
「ただ──神に見定められた者が、普通の人生を送れるとは思わないことですよ」
見定められた?
ルディヴァの言葉の意味がわからずに眉をしかめる。
どういう意味か聞き返そうとしたその時、時計盤の長針、短針、秒針全てが十二時を示した。
瞬間、空間を漂っていた全ての時計からけたたましく時刻を知らせる鐘が鳴り響く。
「うぐっ!う、うるさい!あ、頭が……!」
あまりの煩さに俺は耳を両手で塞ぐが、頭の奥にまで響くような音に吐き気をこみ上げてくる。
しかしルディヴァは、平然とした顔で苦しむ俺をただ見ているだけだ。
「時計の針は進み始めました。そしてそれはもう戻ることはない」
時計の鐘がうるさいほど鳴り響いているはずなのに、ルディヴァの声だけは脳に染み渡るように透き通るような声で耳に聞こえる。
「私は常にあなたを観察しています。あなたがこれから、どんな未来を選択するのかを──楽しみにしていますね」
最後に笑顔を浮かべてルディヴァが指を鳴らす。
ルディヴァの鳴らした音を合図に時計の鐘が一斉に鳴り止み、俺の意識も途切れた。
✳︎
「うわぁ!」
「っ!?な、なに!?どうしたの!?」
布団代わりにしていた焼け焦げた透明マントを跳ね除け飛び起きる。
火の番をしていたティアーヌも、突然声を上げて起きた俺に驚いて杖を取り出し周囲を警戒していた。
飛び起きた俺も周囲を見渡す。
大丈夫だ、どこにもルディヴァはいないし夢の中でもない。
「はぁ……」
「大丈夫、バルメルド君?変な夢でも見たの?」
「いや、まぁ……」
時の女神が夢に出てきたなんて言えるはずもないので、適当に誤魔化しておく。
俺の返答にティアーヌは警戒を解いて苦笑いした。
「そう。いきなり声を上げて起きるから、何かあったのかと驚いたわ」
「すいません。あ、火の番、交代します」
「いいの?まだ交代するには時間があるけど」
「二度寝できそうにないので」
「わかったわ。じゃあお願いね」とティアーヌは背を向けて地面に寝そべる。
火の番を交代することにした俺は、焚き火に前もって拾っておいた木の棒や枯葉を放り込んだ。
焚き火を見つめながら、夢に出てきたルディヴァの言葉を思い返す。
『ただ──神に見定められた者が、普通の人生を送れるとは思わないことですよ』
神に見定められた。
その言葉にどうしても引っかかりを感じる。
神と言うのは、間違いなくギルニウスのことだろう。
俺をこの世界に連れてきたのはあの神様なのだから。
では一体俺は、ギルニウスに何を見定められたのだろう?
それにルディヴァに見せられた、あの黒いミミズに覆われ鉛色の髪をした俺──あれは何だったのだろう?
考えても分からないことだらけだ。
俺は一体、どうなってしまうのだろうか?
「進み始めた針は……戻らない」
ルディヴァの言っていた言葉を復唱し、掴んだ木の棒を放り込む。
放り込まれた木の棒は、炎に包まれて灰となるのを、俺はただじっと見つめるのだった。
これにて年内の投稿は最後です!
先日ついにアクセスPVが10万を超えました!
これてもいつも読んでくださっている読者の皆さんのおかげです!
まだまだ粗の多い作品かと思いますが、来年もエタらずに最後まで書き続ける所存です!
今年一年お世話になりました!
来年もまたよろしくお願いします!
ちなみに次の投稿は明日の22時です




