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第百十四話 悪魔

今日はクリスマスイヴですね!

予定?仕事ですけど(血涙)


 煌めく視界を腕で遮った時、一瞬瞼の裏に一つの光景が浮かび上がった。

 地面に倒れ、吹き飛ばされて炎に囲まれ泣きじゃくるトリアの姿……泣き声が耳に木霊し、俺は炎に隔たれているトリアへと真っ直ぐに手を伸ばす。

 しかし、その手がトリアに届くことはない。

 炎に遮られ触れることも近くことすらも叶わぬ状況──次の瞬間、トリアが爆炎に包まれフラッシュアウトする。

 色が失せ、光景は白く溶け消え俺の脳裏に垢のようにこびりつく。

 その時、俺はようやく理解した。

 あぁ俺は二度と、この記憶を忘れることはできないと──


 雷鳴が遠く響き渡り、麻痺していた視力と聴覚が戻り始めた。

 瞼を開くと同時に雷の魔法に打たれ全身が焼け焦げたワイバーンが空から堕ちるのが見える。

 その巨躯によって地面に激突した際に振動と風が砂埃を起こり、再び目を腕で防ぐ。

 風が止み、墜落したワイバーンに歩み寄る。

 隆々たる青い鱗は黒く焦げており、戦っていた時に感じた威圧感もない。

 眼前にまで歩み寄りワイバーンを見下ろしていると頬に一滴の水が流れる。

 俺の涙ではない。

 雨だ……雨が降ってきたのだ。

 曇天の空から徐々に多くの水粒が降り、ワイバーンを囲む俺たちの身を打ち濡らす。

 すると、雨に反応したのか、雷に打たれ死んだと思われていたワイバーンが微かに息を漏らした。

 しかしその声はか細く、息も絶え絶えだ。


「……まダ生キてイるノか」

 

 起き上がろともがくワイバーンを見下ろし呟く。

 雷をまとも喰らったというのに恐ろしい生命力だ。

ワイバーンはまだ戦うつもりなのか頭を起こそうとする。

 その頭部に、深々と剣を突き刺す。

 焼け焦げた鱗は守りの役割を果たす事なくあっさりと剣はワイバーンの肉を貫いた。

 剣にぐっと体重を乗せ、力の限りにワイバーンの頭を真っ二つに斬り裂く。

 斬り裂かれた頭部から血が噴き出し俺の顔面に飛び散る。

 でも獲物の血は雨が洗い流してくれる。

 頭部を斬られたワイバーンが微かに動いた気がしたが、すぐにその目から光が消え瞼が閉じられる。

 終ワっタ……よウやク終ワっタ。


「ハハ、ハハハハ……仇ハ、討った」


 トリアたちの命を奪った魔物を──殺せた。

 その事実を認識すると、急速に頭が冷えていくのを感じた。

 沸騰しそうな程の熱が引いていき、胸の中に渦巻いていた怒りや憎しみと言った感情が薄らいでいく。

 何度も深呼吸し荒い呼吸を整えると、興奮していた脳が落ち着きを取り戻し、肌寒さを感じるようになり始めた。

 降り始めた雨で村中に引火した炎も弱まりだした。

 だが、


「う、うわぁぁぁぁ!あ、悪魔族がいるぞ!!」


 落ち着いたのも束の間、後方にいた誰かが悲鳴を上げる。

 その声に誰もが驚き、俺もすぐさま振り返り剣を構えて戦闘態勢を入った。

 しかし、村人たちが驚き悪魔族と呼んび恐れる視線の先に立っていたのは──ティアーヌである。

 何故ティアーヌを見て悪魔だと悲鳴をあげたのか、その答えはすぐに分かった。

 戦闘中は気づかなかったのだが、いつの間にかティアーヌのとんがり帽子が脱げていたのだ。

 本人もそのことに気づいてないないらしく、出会って初めて目にするティアーヌの鮮やかな紫色のショートヘア。

 素直にその髪色を美しいと思えたが、その頭には二本の巻き角が生えていたのだ。

 悪魔と言われても頷ける形をした二本の角が。

 帽子が無いことに本人も気づいていなかったのか、村人たちの反応でようやく自分の頭を手で確認しそのことに気づく。

 慌てて地面に落ちた帽子を拾い被り直すが、頭に角が生えているのを目撃した村人たちはティアーヌから離れ距離を恐れ震えている。


「あ、悪魔だ!悪魔族が村の中にいたぞ!」「そうか……あいつが、あいつが村にワイバーンを呼び寄せたんだ!」

「ちっ、違います!私はそんなこと……!」

「ならどうして今まで村に来なかった魔物が村に現れたんだ!?お前が呼び寄せたからじゃないのか!?」


 何故だか不穏な空気になり始めている。

 こいつらは村がワイバーンに襲われたのはティアーヌの差し金だと思っているのか?

 弁明しようとするもティアーヌの言葉は遮られてしまい糾弾の声が上がり始める。


「これはあの女の仕業だ!」「悪魔が村に魔物を呼んだんだ!」「あの青年もきっとグルだ……全部芝居だったんだ!」

「あ"?」


 ティアーヌと一緒に行動している俺まで悪者扱いされ始める。

 こいつらは一体何を言っているんだ?


「皆の者!あの女は悪魔だった、あの白髪の男も人間を裏切って悪魔に寝返った裏切り者だ!石を投げろ!」


 数名は村長に煽られ地面に落ちていた石を拾い上げるとティアーヌと俺に向かって石を投げてくる。

 「この悪魔め!」「裏切り者め!」と口々に罵倒される。

 乗り気ではない者も何人かいたのだが、「お前たちも投げろ!」と村長に命令されると心苦しそうに石を拾い上げる。

 か細い声で「あ、悪魔め……」と呟きながら同じように石を投げた。

 しかし当てるつもりはないのか、その石は俺たちに届くことなく地面を転がるか、遥か頭上を通り過ぎていく。

 だが村長と一部の村人は違う。

 明らかな敵意を持って石を投げてくるので俺たちの体にぶつかることもある。

 当たったところで対して痛みなんてないが、当然良い気分ではない。

 俺もティアーヌもワイバーンから村人を助ける為に戦ったのに、なぜ助けた村人たちから感謝ではなく罵倒されなければならないんだ!

 飛んでくる石を剣ではたき落としながら村人たちを睨む。


「あんたら、この人に助けてもらっておいて、石を投げるってどういう了見だよ!?」

「黙れ!悪魔であるその女がこの村に魔物を誘き寄せたのだ!村が壊滅したのはその女の策略だ!」

「そんなの矛盾してるだろ!どうして自分で襲わせた村の人間を自分で守るんだ!」

「村を襲うことだけが目的ではないのかもしれない……例えば、村に落ちてきた魔物を森の外に出すと言っていたな。それは嘘で、森の外では他の悪魔族が待ち伏せているとかな!」

「無茶苦茶だろそれ……!」


 村長は自分で言っている言葉の意味を理解しているのだろうか?

 そんな回りくどいことをするぐらいなら、村を見つけた時点で仲間の元に引き返すか呼べば済む話だ。

 わざわざ一泊してからする必要なんかない。

 

「私たちを助けたのもおそらく、自分を信用させる為だ。私たちが魔物を傷つけ親の魔物が来たせいで予定が狂い、我々を助け信頼を得て、後々避難と称して別の魔物に襲わせる為に違いない!」

「なんでそこまで卑屈な考えれができるんだよ……!善意からの救いだって思えないのかよ!!」

「思わぬ!私は絶対に亜人種を信用はせん!彼奴らは自分たちを信用させ、後で裏切り私たちを殺すのだ!信用せぬ、私は絶対に!亜人種を信用せぬ!その存在も許さぬ!」


 村長は足元に落ちていた石を拾いティアーヌに向かって投げつける。

 俺は左手でそれを受け止めると怒りに震えながら石を握りしめる。


「キサマァ……!」


 村長の勝手な言い分に胸の内から怒りがこみ上げて来る。

 ワイバーンと戦っていた時と同じ感覚が蘇り始める。

 握りしめた石を村長に投げ返そうと振りかぶり──!


「待って、バルメルド君」


 振りかぶった左腕をティアーヌに掴まれ阻止される。

 彼女は目を伏せて静かに首を横に振る。


「いいのよ」

「いいって……何がですか!?こいつらはあなたを!」

「いいの──慣れているから」


 「行きましょ」とティアーヌは村から出て行くことを促す。

 「でも」と言いかけるが、そこから先の言葉を俺は思い浮かぶことはない。

 石を地面に殴るように投げつけ、やり場のない怒りをぶつけると、荷物を回収して村を出て行く。

 村から離れる俺たちを追いかける者も、石を投げつけてる者も誰もいなかった。


✳︎


 名も無き村を出て数時間後、俺たちは森の中で夕食を食べていた。

 焼け焦げて面積が狭くなってしまった透明マントを脱ぎ膝掛け代わりにしている。

 本当は名も無き村で食料を調達するつもりだったのだが、ワイバーンの襲来でそれもできなくなり、道端に生えていたキノコや木の実を火で炙った物を食べている。

 お互いに口数は少ない。

 村での出来事がやはりショックだったのか、ティアーヌさんは殆ど口を開こうとはしなかった。

 それは俺も同じで、焚き火を見ているとどうしてもトリアの最期を思い出してしまう。

 泣きじゃくるトリアに手を伸ばし、何もできないまま炎に包まれてしまう光景を……。

 旅を始めてから一言も喋らずにいるのはこれが初めてだ。

 しかし、俺から話題を振る気は一切起きない。

 ところが──、


「貴方は気にならないの?私の正体」


 意外にも話題を振ってきたのはティアーヌからであった。

 しかもかなりナイーブな内容。

 食事の手を止めティアーヌの顔を窺う。

 目線は焚き火に向いたままで俺と目を合わせようとはしない。


「気にはならない、と言えば嘘になりますけど……あまり聞く気はありません」

「私は悪魔族なのよ?魔王軍のほとんどは悪魔族で構成されている。私が彼らの仲間だとは思わないの?今この瞬間にも、貴方を襲うかもしれないのに」

「襲うつもりがあるのなら、とっくの昔に襲ってるでしょ」


 そうだ、ティアーヌと旅を始めてもう随分と経つ。

 俺を襲う気があるのならばとうの昔に俺は餌食となっていたはずだ。

 だがティアーヌはそんな素振りなど一切見せずに俺を同行させている。

 それに魔王にやられた俺を助けたのはティアーヌだ。

 こんな時代、道端に転がる人間など放って置かれてもおかしくない情勢で、身ぐるみ剝がずに助けた命の恩人なのだ。

 悪魔族だからって理由だけで態度を変えるつもりはない。


「あなたは俺の命の恩人なんです。命の恩人が話したくないことを、無理に聞こうとは思わないだけです」

「出会って日の浅い私を信用するの?悪魔族だとしても?」

「悪魔族だとしてもじゃありません。ティアーヌさんだから、信じたいんです」


 村の村長はティアーヌが悪魔族だと分かると石を投げつけ、仲間である俺も悪魔族の加担者、人族の裏切り者と侮辱した。

 俺は、あんな大人と同じにはなりたくない。

 悪魔族ではなく、魔女ティアーヌの人柄を俺は信じたいのだ。

 ティアーヌは俺の言葉に「そう……」とどこか嬉しそうに呟き、おもむろに帽子を脱いだ。

 昼間村で見た時と変わらぬ、鮮やかな紫の髪が現れる。

 そしてあの二本の巻き角も。

 その角がティアーヌは悪魔族であるという証なのだろう。

 だけども、俺にはティアーヌを怖れる感情はない。

 むしろその角があっても尚、ティアーヌが魅力的な女性に見える。

 帽子を脱いだティアーヌはゆっくりと語り始める。


「少しだけ、昔話に付き合ってくれる?私は悪魔族、淫魔の一族」

「……え?淫魔!?」

「そう、サキュバスのティアーヌよ」


 サキュバスと言う言葉に背筋に冷や汗が流れる。

 淫魔は人間の精気を吸い取る悪魔族でもっとも危険とされている悪魔だ。

 青い瞳で俺を見つめるティアーヌに、俺の心音が僅かに高鳴り始めるのだった。

次回投稿は12月30日土曜日となります!

加えて、31日、1日、2日、3日と合計五日間は連続投稿をします!

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