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第百十二話 紅の涙


燃え盛る名も無き村の一角にクロノスの嘆きが木霊する。

しかしその嘆きは誰の元にも届かない。

誰もが己の身を最優先し逃げ回る。

一人として大火傷を負い重症のクロノスを見向きもしない。

その体が少しずつ黒いミミズの様な物に覆われ始めているのにも気づかない。

一方村の出入り口ではティアーヌが一人村人たちを村の外に誘導し逃がそうと奮闘している。

炎とワイバーンの幼体が迫る中、唯一魔法の使えるティアーヌだけがこの状況を打破できる人物であった。


『《スプレッドブレード》!!』


詠唱を省略して魔法を発動する。

手に握られた杖から薄い水の刃が一枚放たれる。

水の刃はワイバーンの群れへと直進すると、直前で一枚から何千枚もの薄い刃へと分裂する。

無数の刃はワイバーンの群れを切り裂き肉塊に変えた。

目の前の群れを掃討し終えると、精神的疲労によりティアーヌは肩で息をする。


「ハァ……ハァ……!一体、何匹いるのよ!?」


倒してもキリのないワイバーンの数に苛立ちながらの自問。

当然答えなどない、意味のないことだ。

だがそうでもしなければ心が折れてしまいそうになる。

終わりの見えない攻防。

この場で戦えるのは自分一人だけ。

村人たちは戦う術を持っておらず、逃げ惑うのだけで精一杯だ。

もっとも、村の周りは火に包まれており逃げ場などないのだが……。


「ま、また来たぞ!」「た、助けてくれぇ!」「ひぃぃぃぃ!」


振り返ると炎の中からワイバーンの幼体の群れがまた現れ村人を襲っていた。

使い切ったマナを補充しようとティアーヌはローブの中のマナを閉じ込めた小瓶に手を伸ばす。


(残り……二本!!)


伸ばした手で残数を確認し、一瞬手が止まる。

このペースではすぐにマナの小瓶を使い切ってしまう。

そうなればもうティアーヌの戦う術は一つしかない。


「ぎゃぁぁぁぁ!」

「ま、魔法使い殿!早く皆を助けてください!」


村長に急かされ思考が止まる。

マナの小瓶を温存するか悩んでいる合間にも、村人たちはワイバーンに貪られてしまっていた。


「──ッ!皆さん離れて!」


戸惑いを振り切りマナの小瓶を抜き取る。

躊躇している時ではない。

目の前の人を助けなくては!

ただそれだけの想いがティアーヌの迷いを晴らす。

小瓶のコルク栓を指で弾き抜くと口で吸い込む。

体内に流れるマナの循環を感じ、ティアーヌは再び杖を振るった。


「《ロックブラスト》!!」


土魔法による岩石の砲弾が放たれる。

岩石の砲弾は空を切り村人に喰らいつくワイバーンたちの頭部を撃ち抜き破壊する。

しかし──判断が遅かった。

ワイバーンに襲われた村人は血を流し絶命しているのだった。

駆け寄り同胞の死を悲しむ者たち。

だがまだ危機的状況を脱した訳ではない。


「魔法で炎を消します!そしたらすぐに脱出を──


呪文を唱えようとした瞬間、背後に親のワイバーンが降り立つ。

巨軀故に地面に着地すると同時に地鳴りが響き絶望が舞い降りる。


『ガアアアアアアアアアアアア!!』


親のワイバーンがティアーヌたちに咆哮を浴びせる。

とてつもない威圧感に押し潰され誰もその場から逃げることができない。

声も出ない程の激情が火花のように閃き肉体の動きを妨げる。

それはティアーヌとて同じであった。

今まで空から火炎を吐き出し逃げ惑う自分たちを眺めていたワイバーンがこのタイミングで襲いに来るとは思っていなかった。

親竜がティアーヌたちの前に現れたのは気まぐれではなく、この村に生き残りがもはや彼女たちだけだからである。

残り少ない獲物、そして我が子を傷つけた村長にその報いを受けさせる為に自ら赴いたのだ。

呼びかけに応じ幼体のワイバーンも現れてティアーヌたちを囲む。


(囲まれた……しかも数が多い!)


幼体六体に親のワイバーン一体。

幼体は魔法で対処できるが親である完全体のワイバーンはティアーヌ一人では倒すことができない。

ティアーヌが魔法を発動させるよりも早くワイバーンは炎を噴く。

そうなればティアーヌに勝ち目はない。

残されたマナの小瓶も残り一つ。

希望は無いに等しい。


「ま、魔法使い殿!なんとか、なんとかしてください!」


村長がティアーヌに助けを求める。

自らの行いのせいでワイバーンに追われる結果になったと言うのに。

声を張り上げたことによりワイバーンたちが村長に視線を集める。

自分が睨まれていることに気づき村長が小さく悲鳴を漏らす。

親のワイバーンは村長をその大きな眼で見据える。

唸りながら頭を近づけ、牙を剥き出し徐々に口を開ける。

牙を見せながら村長に近づくワイバーンを前にしティアーヌは頭の中で何度も行動を思案する。

どのタイミングでどの魔法を使い、どうやってこの場を切り抜けるかを何度も模索していた。

しかし、何度繰り返しても切り抜けられる策を思いつかない。

親のワイバーンだけならいいが、今は幼体六体にも囲まれている。

親を止めても幼体に、幼体を止めても親に食い殺されてしまう。


(せめて、誰か一人でもワイバーンの気を引くことができれば……!)


親でも幼体でもいい、どちらかの気を引いている内ならば全員を逃すこともできるのに──などと考えてもこの場にそれを実行できる者は一人もいない。

この村の人たちは皆、戦争を嫌い逃れて来た人たちしかいないのだから……

大口を開けたワイバーンの親が村長を飲み込もうとする。


「まっ、待ってくれ。食べな……!!」


こうなったら一か八か勝負に出るしかない!とティアーヌが杖をワイバーンに向けると、周囲を囲んでいた炎の中から何かが弾け飛んできた。

炎から弾け飛んだ何かは血を飛び散らせながら親のワイバーンの足元に転がる。

ワイバーンもティアーヌたちも転がった何かに視線を移す。

それはティアーヌたちを囲むのとは別のワイバーンの子供であった。

親の足元に転がったワイバーンの子供は腹を抉るように切り裂かれていた。

その瞳に光は無く、親が鼻先で揺らしても反応を返すことは無い。

我が子が何者かによって殺され、親のワイバーンも幼体も仲間が飛ばされて来た方向へ炎の向こうへと唸り声を出す。

炎の中から、ゆっくりとワイバーンを殺した人物が輪郭を見せ現れる。

焼け焦げたマントに右手に剣を持つ、鉛色した髪の男だった。


『グルゥァァァァ!!』


親ワイバーンが吼える。

それを合図にティアーヌたちを囲んでいた幼体二体が輪を離れて炎の中から現れた男に向かって走り出した。


「危な……!」


飛び出した幼体二体を見てティアーヌが叫ぼうとする。

しかし叫び終わるよりも早く、男の手に握られた剣を薙いだ。

振るわれた剣から斬撃が放たれ一体のワイバーンが斬り裂かれ崩れ落ちる。

もう一体は男に噛み付こうと飛びかかるが、男は左腕一本でワイバーンの喉元を掴み受け止めた。


『グワァ!?ガァッ!?』

「氷よ……」


腕一本で受け止められ驚いたワイバーンは逃れようと暴れるが、それよりも早く男がポツリと呟き魔法を発動させる。

幼体ワイバーンの喉を氷柱飛び出し突き破る。

喉元を貫かれた幼体は力無く翼がダラリと地面に垂れる。

幼体二体を仕留めた男は、左手で掴んだワイバーンを放り投げると親ワイバーンを睨みつける。

濃褐色と青色の瞳、左右で別々の色を持つオッドアイで──


「バル、メルド君……?」


見慣れた二色の眼を持つ人物にティアーヌが困惑気味に名前を呼ぶ。

だがいつもとクロノスの雰囲気が違う。

これ程まで憎しみに満ちた表情を見せるクロノスは初めてだ。

髪の色も白髪だったはずなのに、今は錆びたかのような鉛色に染まっている。


「──ッ!ウオオオオオオォォォォォォ!!」


ワイバーンに対し憤激の咆哮を放つクロノス。

それに呼応してなのか、全身から溢れる程の大量のマナがクロノスから滲み出ているのをティアーヌは感じ取る。

あれは本当に自分の知るクロノスなのだろうか?

禍々しささえ覚えるクロノスのマナは、離れていても重苦しく、本人の悲しみと怒りが伝染するとさえ錯覚させる。

絶え間ない咆哮が終わり、クロノスはワイバーンに敵意を露わにし突貫する。

激情に駆られるクロノスの口元に、僅かな笑みが浮かんでいることに誰も気づかないまま。


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