第百九話 衝突(ティアーヌ編)
今週は土日連続投稿ゥ!
今回は一人称視点じゃないです。
発端はクロノスがティアーヌの指示で荷物を取りに行く、ほんの僅かな時間で起こった。
「では、後は縄と布をお願いします」
ティアーヌの指示に頷き村人たちは道具を取りに走る。
(これでワイバーンの幼体を村から連れ出して平原に置いていけば、親が探しに来て回収してくれるはず)
揃いつつある荷車やクズ野菜の山を見てティアーヌは少しだけ安堵する。
しかし気は抜けない。
いつワイバーンが鳴き声をあげて親竜に助けを求めるか分からない。
今は村人たちが遠くから野菜を投げてワイバーンの幼体に与えている。
餌が続く限りは助けを呼ぶことはないであろう。
(バルメルド君が戻ってきたら、すぐにでも出発しないと)
ワイバーンを荷車に乗せる準備もできた。
後はクロノスの到着を待つばかり……の、はずだったのだが、
「魔物を出せぇ!」
「魔物は殺せぇ!」
「魔物はどこだぁ!」
複数の怒鳴り声が聞こえてきた。
何事かと誰もが振り返ると、村長を筆頭に武器を手に迫る集団。
それを見てティアーヌや他の村人たちは驚きワイバーンを隠す様に広がり対峙する。
「村長!これは一体何ですか!?」
「おぉ旅のお方、お騒がせして申し訳ない。村の中に魔物が現れたと聞きましてな。処分する為に人手を集めてきたのです」
「処分!?」
「いるのでしょう?あなた方の後ろに、魔物の子供が」
ティアーヌの額に汗が流れる。
どうこの場を凌ぐか頭を巡らせ、解決策を模索しようとしながらこの村の人たちが亜人種に深い恨みを持っていることを思い出す。
(バルメルド君の話だと村長や村人の中には、友人だった亜人種に裏切られて恨みを持っている人たちがいる。たぶん村長が引き連れているのはそういった亜人種に対して恨みを抱いている人たち。どうすれば……!)
打開策を思案し続けるティアーヌ。
しかしそれを無にするかの様に、ティアーヌたちの背後からの小さな呻き声が漏れた。
『クルワァ……』
ワイバーンの幼体の声だ。
先程まで餌を与えられていたのにそれが中断され、もっと寄越せとねだり始めたのだ。
だが今この場においてその声は村長たちを刺激ものでしかない。
ワイバーンの幼体の呻き声を聞き、村長たちの目の色が変わる。
憎悪に満ちた、復讐者の目に。
「ま、待ってください村長!村に落ちたワイバーンはまだ幼体です!この子が騒げば親竜がここに……!」
「魔物を守ろうとするあいつらは魔王軍の手先だ!人族の裏切り者だ!魔物共々殺せぇぇぇぇ!!」
『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
怒号を上げ村長率いる魔物始末派が武器を振り上げティアーヌたちに迫る。
もはや話し合いで解決できる事態ではない。
村長はワイバーンを守るティアーヌたちさえも処分の対象として襲いかかってくるのだ。
武力行使をするのならば武力で止めるしかない。
「くっ……皆さん、彼らを止めます!殴り倒してでもワイバーンに危害を加えさせないで下さい!」
『お……おぉっ!』
ティアーヌの指示で非武装派の面々が気後れしながらも了承する。
憎悪による気迫と鎌や鍬といった武器を持つ相手を止めろも言うのだから無理もない。
しかしティアーヌとてそれは重々承知している。
「私は魔法で彼らを止めます!」
ローブの中から杖を取り出し構える。
マナを消費するのも、人族を傷つけるのも、本来ならば彼女の指針に反するのだがこの状況で保身に走る訳にはいかなかった。
「《水の精よ。我が元に集い弾け撃て!スプラッシュ!!》」
ティアーヌの眼前に巨大な水球が現れ武装派目掛け拡散する。
拡散した水は弾となって何人かに直撃する。
だが村長たちはそんなものを気にもせず、撃たれてもまたすぐに立ち上がり迫り来る。
何度も魔法を撃ち込むティアーヌだが気絶させられたのはほんの数人程度で、村の中は乱闘場と化す。
ティアーヌは魔法を撃ちながらワイバーンを殺そうとする村人たちを撃退し続ける。
けれど周りに人が密集しすぎているせいで、もうティアーヌには誰が敵で誰が味方なのか判別が難しくなりつつあった。
この時、丁度クロノスが村人同士のいざこざを目にし走り出した頃だが、現場の中心にいるティアーヌはそれに気づくことはない。
「早くワイバーンをここから連れ出さないと!」
「そうはいかん!」
ワイバーンの幼体を連れ出そうとするティアーヌの前に斧を持った村長が現れる。
目は血走っており、斧には誰のものとも知らぬ血が付着している。
「貴様らは魔王軍の使徒だったのだな!この村に魔物に場所を教えたのか!!」
「違うわ!私たちはただ旅の途中でここに立ち寄っただけよ!お願いだから話しを聞いて!その子を傷つければ親のワイバーンが助けに来るわ!そうなったらこの村は!」
「黙れ!」
注意喚起するティアーヌに対し村長は砂を投げつける。
咄嗟のことで投げられた砂を防ぐことができず、ティアーヌは目と喉を抑えられる。
「待って、村ちょ……けほっ!」
一時的にティアーヌを無力化に成功した村長はワイバーンの前に立つ。
憎き生き物を前に腸が煮えくり返る程の怒りを覚え、手にした斧を握りしめ頭上に掲げる。
「妻と息子は貴様らに殺された……!旧友たちは貴様らに喰われて死んだ……!同じ苦しみを、味うがいい!」
「ごほっ!待って、駄目ぇ!」
「死ねぇ!この化け物がぁぁぁぁ!!」
呪詛を吐きながら村長がワイバーン目掛け斧を振り下ろす。
それを止めようとティアーヌが手を伸ばすが間に合うはずもない。
刃は未発達なワイバーンの幼体の鱗を砕き、翼竜の命とも呼べる翼を切り裂く。
斧は右翼の付け根の肉を切り裂いた。
しかし砕けた鱗が衝撃を吸収したからか、右翼を切り落とすまでには至らない。
だがそれでも肉を切り裂く程の痛み、尋常な苦痛ではないであろう。
裂かれた肉からは血が溢れ出し、ワイバーンの幼体は僅かに目に涙を浮かべ激痛に耐え切れず悲鳴を上げる。
『ギュイイイイイイイイイイ!!』
甲高く周囲の者が耳にすれば気絶してしまいかねない程の悲鳴。
だがそれがただ痛みによる悲鳴だけではないのをティアーヌは知っている。
その悲鳴が上がってしまえば、もはや手遅れであることをティアーヌは理解していた。
人間に翼を傷つけられ、空を仰ぎ鳴き続けるワイバーンを目にティアーヌは地面に膝を着く。
(最悪の事態だわ……。来る……子供を助ける為に親竜が)
村長は斧を引き抜くともう一度ワイバーンに振り下ろそうとする。
「これで……っ!」
村長が渾身の一撃を持ってワイバーンの幼体を始末しようとしたその時……どこからか風を切り、翼による羽ばたく音が耳に届く。
次第に大きくなるそれを誰もが不思議に思い辺りを見回した瞬間、『それ』は舞い降りた。
青い鱗に覆われた5mにも及ぶ巨軀な身体、大地を抉る程の鋭利な足爪、小さな手と鋭い爪を併せ持つ両翼。
蜥蜴とも思える頭部が周囲を見回し、瞬きをしながら足元に散らばる人間たちの姿を見据える。
突然目の前に現れた存在を前に、村人たちは言葉を失い半歩後退る。
『それ』は足元で右翼から血を流し鳴き続ける我が子を見つける。
傷つき痛みにより救いを求める我が子。
その目前には血の付いた斧を持つ人間。
『それ』は全てを理解すると歯を剥き出しにし敵意を向ける。
そして息を大きく吸い込み、歯を打ち鳴らし始めた。
「マズイ……!皆さん、ここから離れて!」
ティアーヌの叫び声が静まり返った周囲に響く。
その声を聞いた瞬間、弾けたように村人たちが悲鳴を上げながら走り出した。
逃がすまいと、『それ』は歯を打ち鳴らし口内に火花を散らす。
燃料となる腹の奥で生成した息が炎となり、咆哮と共に吐き出された。
『グルワァァァァァァァァ!!』
咆哮と共に吐き出した燃料の息が火花により着火し爆炎となり地面に放たれる。
吐き出された爆炎は一瞬にして広がり、周囲を炎で包み込む。
幼体の親、翼竜ワイバーンの完全体が名も無き村に襲来した。
ようやくやってきたぜ!主人公を苦しめるターンが!
次回投稿は明日の22時です!




