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【本編完結済】帰ってきた元奴隷の男  作者: いろじすた
第7章 保護する男

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港町ハーヴェスト

「……すぅ……すぅ……」


 一定的なリズムで静かに寝息を立てているレウィを眺めている俺とワタルの口元が弛む。


「良く眠ってるな」

「ふふふ、仕方ないよ昨日は遅かったらね。そうじゃなくても、あんな樽に数日閉じ込められていたんだ、精神的にも肉体的にもかなり疲弊していたんだろうね」

「そうだな、好きなだけ寝かして上げよう」


 現在、俺達は、馬車でハーヴェストに向かう道中だ。

 馬車内では、俺とワタル並んで座っており、対面にレウィが横たわっている。


 因みに俺達は彼女の了承を得て、彼女をレウィと呼ぶ事にした。

 レウィシアは長いからな――。

 

「そう言えば、ハーヴェストって定期的に魔大陸に渡る船があるのか?」

 

 今更こんな質問をワタルに投げ掛ける。


「うーん、どうだろうね? 実は僕もあまり知らないんだ。魔大陸は行ったことがないからね。ただ、ここら辺で魔大陸に行くにはハーヴェストで船を乗るしか方法はないんだよね。僕が魔大陸に行った事があったなら転移で行けるけどね」


「サクタ様、魔大陸行きの船は週に一回定期便がある筈ですよ? ハーヴェストから魔大陸まで片道一週間なので、二隻の船で運航しているんです」と御者のカッセルが巧みに馬車の鞭を操りながら、親切丁寧に俺の疑問を解消してくれる。


「じゃあ、タイミングが悪ければ一週間待たないといけないのか……」

「そういう事になるね、この世界に戻ってきて九日……文人に楽しい夏休みを少しでも味わってもらうために一日でも早くあっちに戻りたい僕としては、一週間の足止めは勘弁だね」


「だな……」と俺はワタルに同意する。


 レウィは昼過ぎに目を覚まし、俺やワタルにこの地の常識等を質問してくる。

 この見知らぬ地に残るのか、一片の可能性を頼りに故郷に戻るのか、レウィの心の中にはまだ迷いがあるのだろう。

 今後を左右する大事な選択だから、レウィには存分に悩んで悔いのない選択をしてもらいたいモノだ。

 

 ――そして


「潮の香りがしてきたな」


 海水浴場と言うよりは、漁港の様な濃厚な潮の香りが俺の鼻に入ってくる。


「海が近くなった証拠だね」

「海……人から聞いたり、書物でしか見たことないです」


 レウィの出身地は山の中にあるらしく、海とは縁がなかったという。

 俺はそんなレウィに海を見せたいと思い、馬車の窓を開くとそこには目が痛くなるほど鮮やかな空と海が広がっていた。


「ほら、レウィ見てみな! 胸がスカッとするぞ!」


 レウィは「はい!」と答え、恐る恐る窓から顔を出す。


「うわぁ……」


 レウィは眼前に広がる水平線に言葉を失い、目を奪われる。


「想像を遥かに越えています……百聞は一見に如かずとは良く言ったものです!」


 ついさっき程とは打って変わり、今度はかなり興奮した面持ちだ。

 物静かで控え目なお嬢様なのかと思っていたが、元来、レウィは感情豊かな活発な性格なのかも知れない。

 それも出会って数日しか経っていない俺達に心を開いてくれている証拠だろう。


 はしゃぐレウィの質問責めに答えながら俺達は時間を潰す。


「皆さん、ハーヴェストが見えて来ましたよ!」とカッセルさんは、前方に指先を向ける。


 カッセルさんが指差した方向には、ハイビスカスの様な濃いオレンジ色の屋根が一面に拡がるその光景は、青々と輝く海と凄くマッチしている。


 町の建物の屋根はオレンジ色で統一されているが、建物自体は白、レモン色、水色などなっており、前にテレビで見た事のある、地中海の美しい港町の風景そのものだった。


「ほぇ~」

「見事なもんだな、テレビで見るのとは大違いだ」

「数少ないハーヴェストの二大名物の一つだからね、初めてここを訪れる人達は揃って同じ様な反応をするんだ」


 因みにもう一つの名物は、港町ならではの新鮮な海の幸を素材にした海鮮料理らしい。実に楽しみである。

 山育ちのレウィは、海鮮料理って言われてもピンと来ないらしい。

 レウィの驚く顔が見れると思うと楽しみだ。


 町に着いた俺達は、入門手続きを行うのだが、国が違うのかカンナルと比べれたら随分と物々しい雰囲気で、それなりに時間が掛かった。

 何か兵士達が俺達を見て酷く警戒している様子だったのが気になる……。


「さて、今日の宿を取る前に船着場に行って、船のスケジュールを聞きに行こう。カッセルさん、いいですか?」

「任せて下さい。ご当主様からは皆さんの船が無事出発した事を必ず確認してから戻るようにとのご指示を承っていますので、何でも仰って下さい」

「僕達は助かるけど、下手したら一週間は掛かるんですよ?」


 流石に気が引けている俺達に、カッセルさんは、「問題ないです!」とワタルに向けて親指を立てる。


 俺達はカッセルさんにお礼を告げて、船着場に向かってもらう。


 船着場は町の正門からそれほど掛からずに辿り着いた。

 ハーヴェストは、魔大陸以外にも様々な国に向かう船が出ているため、船着場はこの町で一番人口密度が濃く、賑わいを見せていた。


 俺達はカッセルさんを残してチケット売場に向かう。


「魔大陸に行く船は次いつありますか?」


 窓口は一人ずつ並ぶようになっており、俺が代表で窓口に行き受付のおばさんに船のスケジュールを聞くと、おばさんは「次は三日後の正午に出港する便があるわよ」と親切に答えてくれる。


「そうですか、チケットはいつまで買えばいいですか?」

「出港する前まで買ってもらえればいいわよ」

「分かりました、ありがとうございます!」


 俺が窓口のおばさんにお礼を言って、ワタル達の方へと振り向くと――


「何を言っているのか、全然分からないね。それより、初対面の人に向かって失礼だと思わないのかい? いきなり人攫い呼ばわりする何て」


「うるせぇ! てめぇが、その女の子を誘拐したって、その女の子の本来の主人が言っているんだ!」


 うん? あれ? なんか揉めてないか?

 

 俺の目に映るのは、金髪ツンツン頭の少年にワタルが絡まれている光景だった。


「あの金髪ツンツン君……何て命知らずな……」


 大惨事にならない様に、俺は急いでワタルとレウィの元へと戻った。

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