レウィシア・トレース・ルートリンゲン ㊤
レウィシアの話になります。
もう1話続きます。
ランディスの年の設定を12才に変更しました。(21.5.15)
全ての魔族を統べる者【魔王】アーノルド・ルートリンゲンが当主である、ルートリンゲン家には三つ分家があり、家格としてはウーヌス家、ドゥオ家、トレース家の順で各々責務を全うしている。
そんな中、レウィシア・トレース・ルートリンゲンは、その名が示す通り分家の中の最下位であるトーレス家の長女として産声を上げた。
「おぉ! これは!」
「何て美しい白金色の髪なんだ! ミリシア、よくやった!」
分家の中でも最も力を持たないトーレス家にとって、限りになく白に近い髪の色で産まれた赤ん坊に希望を抱けずにはいられなかった。
それもそのはず、彼女の種族であるヴァンパイア族の髪の色は、種族の血が濃ければ濃いほど、その色は何色にも染まらない白に近づくと言われている。種族の血が濃いという事は、それすなわち高い魔力を有すると言われており、白い髪を持つ現【魔王】であるアーノルド・ルートリンゲンという存在がそれを証明していた。
分家の中で最下位である為に気が遠くなるほど永い間、他家から虐げられたトーレス家にとって、レウィシアの誕生はまさに救いの女神となったのだ。
レウィシア以上に白に近い髪を持つ者は分家の中には存在しない。其れ即ち、彼女が順調に育っていけば【魔王】に次ぐ力を持つ者になるだろう、そして、分家の格位は一変するだろうとトーレス家の面々が期待を寄せるには十分な理由なのだ。
そんな理由で、レウィシアはトーレス家の夢として大事に愛情をもって育てられた。
ただ、そんなレウィシアを彼女の兄で、トーレス家の嫡男であるランディスは良く思っていなかった。家族も、使用人も全て妹に掛かりっきりで全然自分の相手はしてくれない。全てが妹を中心に回っている毎日と、自分にはない愛情を注がれている妹が憎くて仕方がなかったのだ。それなのに、そんな事はお構いなしに自分の事を慕ってくれる妹が憎い……そんな黒い何かが小さなランディスの胸を支配するまで長い時間は掛からなかった。
そんなランディスを誘惑する者が現れる。
ギムレット・ドゥオ・ルートリンゲン。分家の中で二番目の力を持つドゥオ家の現当主だ。
ギムレットは、レウィシアの誕生に焦りを感じていた。分家の中で最下位であるトーレス家の扱いは知っている。このまま行くと、確実に自分達が最下位になると踏んだのだ。
そして、ギムレットは約九年の歳月を費やして完成させた。
ドゥオ家がその地位にいるための【呪い】を……。
――そして
「……ご用とは何でしょうか? ギムレット様」
「そんなに畏まる必要は無い。ランディス、お前に話があってな」
ランディスは、ドゥオ家に呼び出されていた。
「話とはなんでしょうか?」
なぜ僕? とランディスは困惑している様子だ。
「お前、いくつになった?」
「十二になりました」
「ふむ、では魔の儀は終えたのだな?」
「はい……二年前に」
魔の儀は魔法を使うために体内にある魔力の器を開放させる儀式だ。通常、人族は十二歳に行うのだが、人族より魔力が高い魔族は十歳に行う。
「うん? どうした暗い顔をして。めでたい事ではないか」
「……誰も祝ってくれませんでした……立ち会ったのも末端の使用人でした……」
ランディスは俯き、下唇を噛み締める。いつの間にか握られた二つの小さな拳はプルプルと震えていた。
魔の儀は子供のいる家庭では一大イベントだ。
普通は家族みんなで立ち会い祝うものなのだが、トーレス家の者達はレウィシアに掛かりっきりでランディスの魔の儀は蔑ろにされたのだ。
「なんと……」
ぽたっ、ぽたっと握りしめたランディスの拳に生暖かい雫が落ちる。
「なんと不憫な……このままだと、トーレス家の次期当主は嫡男であるお前ではなく、あの娘になるだろう」
「……はい、薄々感じていました」
あれだけ扱いが違えば嫌でも分かる。
そんなランディスの様子にギムレットは口角を吊り上げ「それで、お前はどうしたい?」と問う。
「どうとは?」
「このまま、あの娘に家督を譲っていいのかと聞いている」
「それは……」と困ったように言葉が続かない
「言い方を変えよう。あの娘を陥れる事ができると言ったらお前はどうする?」
「えっ?」
ギムレットは、ランディスとの間に置かれている木製のテーブルの上に親指ほどの大きさの小瓶を置く。小瓶の中には墨汁の様な黒い液体が入っていた。
「これは、魔力の器を封じ込める事が出来る薬だ。賢いお前の事だ、私が言いたい事は分かるよな?」
「これを、妹に、レウィに飲ませれば……」
「ふははは! その通りだ、次期当主はお前になるだろう! さぁ、どうする?」
ランディスは、考えた。
この薬を使えば、妹は魔法を使えなくなるだろう。そうすれば、自分に対する扱いも変わってくる……。
迷う事などなかった。
ランディスは、テーブルの上に置かれた小瓶を手に「失礼いたします」とその場を後にする。
そんな後ろ姿を満足そうな表情でギムレットは眺めていた。
◇
「レウィ」
何年ぶりだろう、妹の名前を呼んだのは
「はい、お兄様!」
めったに名前を呼んでくれない兄に呼ばれた事が嬉しかったのだろ。レウィシアはすぐさまランディスの元へと走り寄る。
「これを飲んでみてくれ」
ランディスは、ギムレットから預かった黒い液体の入っている小瓶を取り出す。
「なんですか? 凄い色ですけど……」
「来週、魔の儀だろ? これは魔力の器を開放しやすくする薬だ」
嘘がスラスラと口から出る。
「まぁ! ありがとうございます、お兄様!」
「ただし、僕からこれを貰っていうのは絶対に誰にもしゃべるなよ? もし、しゃべったらこれからお前のこと無視するからな?」
「いやッ! 絶対に話しません」
「じゃあ、ここでこれを飲んでみてくれ」と小瓶の蓋を開けてレウィシアに手渡す。
レウィシアは一瞬躊躇うが、産まれて初めての兄からの贈り物、無下にする事は出来ないと一気にそれを飲み干した。
「うげぇ、苦いです……」
「少ししたら少し身体が怠くなるから部屋で休むと良い。僕は行くからな」
そう言って足早に踵を返すランディスの表情は、禍々しく歪んでいた。
「お兄様! ありがとうございます!」と嬉しそうに感謝を述べる妹の声など既に兄の耳には届かない。
それから数時間後、レウィシアは高熱を出して倒れこんだ。
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