勇者ですと?
「ベルガンディ聖国が?」
予想だにしなかった情報に、先程まで忙しく皿と俺の口を往復していたフォークの動きが止まる。
「あぁ。ベルガンディ聖国は、オルフェン王国との戦争で『殺戮者』に手酷くやられてな、同盟国であるこのユーヘミア王国の助力がなかったら滅んでいただろうよ」
そう言ってゲルマンさんは、一度エールを口に含み続ける。
「それでだ。自国軍が壊滅的な状況に陥ったベルガンディ聖国の王は決意した。侵略の為ではなく自国を護るために異世界から召喚したんだ、五人の勇者を」
「え? ゆ、勇者?」
勇者ってなんだ? 奴隷じゃないのか?
「奴隷の間違いでは? 過去に召喚を行った帝国もオルフェン王国も召喚した者達を奴隷として扱っていたと聞いているけどね」
混乱している俺の代わりをしてくれるワタル。
「軍の人間じゃないのに良く知ってるじゃねぇか。我が国の英雄であるカケル様をはじめ、『殺戮者』も奴隷として扱われていた。不憫な事だよ、勝手に呼び出され、奴隷として人殺しをさせられるんだからな。俺から言わせて貰えば『殺戮者』も被害者だ」
俺はゲルマンさんの言葉に胸を熱くする。
どこでもないこの世界で、俺達の事をそう思ってくれている人かいる。
それだけで、俺は……。
「げ、ゲルマンさん!」
「うぉっ! どうしたんだ、涙なんか流して?」
「あんた良い人だな! 良い人だよ!」
「お、おう……」
「うふふふ。気持ちは分かるけど、ゲルマンさんが完全に引いているよ? あと、話もまだ終わってないしね」
ワタルの手によってゲルマンさんに抱きついた俺は席に戻される。
「ゴッホン。なぜ彼らが奴隷ではなく勇者なのか、それはベルガンディ聖国王であるカタルシア様のご意向によるものだと聞いている」
「へぇ~彼女がね」
「彼女? ベルガンディ聖国の王様は女なのか?」
「そうさ、前王と皇太子はオルフェン王国との戦争で戦死している。それから唯一残った王族であるカタルシス王女がその後を就いたんだ」
「そうか……」
俺達のせいで……。
「最初は他国と同じ様に召喚者達を奴隷として扱った方が良いと進言した者達もいたが、カタルシス様は国を護る為に身勝手に呼び出した者達を奴隷にするなんてとんでもないと言い出してな」
「それで、勇者……?」
ゲルマンさんが俺の言葉に頷く。
「じゃあ、やつらの飯は腐ったパンと泥くさい水じゃないのか?」
「ど、どうしたんだ急に? んな飯スラムの住人でもくわねーよ。まぁ、勇者様なんだから上位貴族と同じ水準の食事だろうな」
「じゃあ、寝床はトイレもない牢屋でも……病気になったりケガをしたら治してくれなかったり……しないのか……」
「何を言ってるんださっきから、そんなの当たり前だろ? 城内の客室を各自割り当てられているに決まっているだろう? 勇者様なんだぜ?」
まじか……なんだこの扱いの違いは……なんて恵まれた奴らなんだッ!
興奮冷めない俺を見て「まぁまぁ」と俺の事情を分かるワタルが俺を慰める。
それでも悲壮感から抜けられない俺の背後から、「あの~」と控えめな声が聞こえ、その声に反応して振り返ると寝ぐせ頭のレウィシアが、照れ臭そうにもじもじしながら俺達を見ていた。
「ぐっすり寝れたか? 腹減ったよな?」
俺の言葉にレウィシアは顔を赤らめて頷く。
「ゲルマンさんこの子も一緒しても?」
「おう、もちろんだ! かあちゃん、この嬢ちゃんに今日のお薦め定食をやってくれ!」
「はいよ!」
「ほら、フォークと皿だ。嬢ちゃん、飯が来るまで摘まんでな。冷めててもうめぇぞ~」
「は、はい。ありがとうございます」
レウィシアは、目の前にある肉と芋の炒め物にフォークを刺し込み、恐る恐る口の中へと運び入れる。
ゆっくりと味わう様に口を動かすレウィシアの表情は次第に幸せな表情へと変わっていく。
「美味しいです……」
「そりゃあ、良かったぜ! 嬢ちゃん、酒は飲めるか?」
確か彼女は十五歳と言っていた。この世界では酒が飲める年でもある。
「いえ、お酒は飲んだ事がないので」
「じゃあ、ジュースにしよう」
「かあちゃん! メシと一緒に嬢ちゃんのジュースとエール三つ追加!」
「あんた、明日も仕事だろ? 程々にしなさいよ!」
女将さんとゲルマンさん達のやり取りを見ていると、いくつになっても子供扱いされるのは、俺と変わらないなと染々思い、無意識で口が弛む。
「オルフェン王国が滅んだ今、勇者達の扱いはどうなんですか?」
「まぁ、微妙な立場だよな。『殺戮者』から国を守るために呼びたされたのに、その『殺戮者』は既にいない。他国からは、勇者様達が新な『殺戮者』成り得るため、元の世界に還せとの要請が殺到しているんだ」
ベルガンディ聖国が意図していなくても、他国は警戒するわな……。
「だけど帰す術がない」
「その通りだ。そして、オルフェン王国が滅んで各国の敵がいなくなった所で矛先が向いたのが」
「魔大陸だね……だから、ハーヴェストに」
カラン――。
ワタルの言葉に、レウィシアは持っていたスプーンを落とす。
「す、すみません」
一瞬三人の視線がレウィシアに集まるがすぐさま元に戻る。
「ユーヘミア王国は断固反対したんだがな……他国の勢いを止める事が出来なかった。張本人であるカタルシス様も泣く泣く従ったって話だ」
ユーヘミア王国はワタルのじいさんと魔王との関係があるため反対したのだろう。
「愚かなッ、魔王の力を知らない訳じゃないだろうに」
ワタルが憤る。
「カケル様は一人で魔王といい勝負を繰り広げた。今回はその五倍の人数、勝てると見込んだんだろう」
「ワタル、俺達のやる事はただ一つだ」
「あぁ、彼らに魔大陸の土を踏ませない」
俺達のやる事は決まった。
そんな俺達にゲルマンさんは、訝しげな表情を向けていたが気にしない事にして食事を続けた。
◇
「ふぁ~食い過ぎたぁ~」
俺は自室のベッドに横たわり、パンパンになった腹を擦る。
数日ぶりのマトモな食事は舌鼓を打つほどに満足いくものだった。
「だらしないよ咲太」
「ははは、すまんすまん」と俺は頭を掻きながら起き上がり、後ろを振り向く。
「それにしても……レウィシア、部屋移らなくても良かったのか?」
ベッドの上で俺とは正反対に、ちょこんと座っているレウィシア。
年頃の女の子が、男二人と同じ部屋でいいのか? といって別の部屋をとってやると言ったのだが……「一日だけですし。お金勿体ないですし」と言ってレウィシアは、俺達の提案を断った。
「お金なら気にしなくてもいいんだぜ?」
金は無くなれば稼げばいい。この世界は強ささえあれば食う寝るにはこまらないからな。
「ダメです! これ以上ご迷惑をお掛けできません!」
レウィシアの意思は固いようだ。
「お、おう……」
レウィシアの勢いに負けてしまう俺を尻目に、ワタルは笑みを崩さず「さて」とレウィシアに身体を向ける。
次にワタルが発する言葉が何か、俺もレウィシアも容易に予想ができる。
「君の事を教えてくれないか? レウィシア」
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