ベルガンディ聖国の勇者達 ①
「こ、ここは……?」
制服姿の少年がゆっくりと起き上がる。
少年の名前は片瀬右京。首都圏の高校に通う高校二年生だ。
百八十センチを越える長身にモデルの様なスラッとした体型に整った顔。成績は常にトップクラスで、所属しているバスケ部で主将として活動しており、校内外の女子生徒に絶大な人気を持っており、校内の男子生徒には絶大な信頼を得ている所謂人気者だ。まぁ、校外の男子生徒には恨まれてたりするが……。
「うっ……頭が割れそうだ……」
「うぅ……ん」
「奈々……」
先程まで校庭のベンチで、いつもの様に一緒にお昼ご飯を食べていた幼馴染である柚木奈々の声に気づいた右京は、襲い掛かる眩暈を我慢して辺りをキョロキョロと見渡す。
薄暗い教室程の大きさの室内には、自分以外に数名の生徒達が倒れている。
そして、右京は五メートル程先にお目当ての人物を見つける。
「いた!」と他の生徒には目もくれず、右京は幼馴染が倒れている場所へと足を急がせるが、今までにない倦怠感と眩暈によって、その足取りは逸る右京の心に追いつく事が出来ない程ゆっくりとしたものだった。
「奈々ッ!」と右京は幼馴染の身体を起こす。
「うぅ……うっちゃん……おはよ」
可愛いらしいクリっとした瞳が徐々に開かれると、自分の幼馴染の姿が見えた奈々は取り合えず寝起きの挨拶をする。
「おはよって……。それよりも大丈夫か?」
「なんか凄く世界がぐるぐる回ってて気持ち悪い……身体に力も入らない……」
「俺も同じだ。とりあえず、もう少し横になるとしよう」
そう言って右京は抱き上げた奈々を地面に下ろし、そのすぐ隣で寝転がる。右京も限界なのだ。
「ここ……どこ?」
「分からない……俺達は校庭のベンチにいたはずだったんだが」
「そうだよね? なんか……黒い渦みたいのが突然現れて」
「そうだ、渦……それに吸い込まれたんだ」
二人が先程までの光景を思い浮かべていると、辺りから他の生徒達の声が聞こえてくる。彼らも声は出せるが、動けないのを見ると自分達と状況は同じだと思い、今の所は声は掛けずそっとしておく。
しばらくすると、ゴゴゴォという音と共に薄暗い室内に光が差し込む。
この部屋の扉が開かれた、つまり自分達をこの場所に連れ込んだ者達がこっちに向かっていると思った右京は鉛の様に重い身体に鞭を打ち、奈々を背に身体を起こす。
コツコツコツと数名の足音と鉄がぶつかる音が静寂に包まれている室内に響く。音のする方へと視線を移すと、西洋風の鎧を纏い槍や剣を携えた騎士の様な者達がこちらへと向かってくる。
右京は立上がる。それは、決して頭で考えたのではなく、“奈々を守らないと!”という本能がそうさせているだろう。
弱味を見せてはいけないと、吐き気を我慢しながら、それでも何事もないように達振る舞う右京の耳に「婆や、成功したのか?」という少し低く、凛とした女の声が聞こえる。
右京は声の主を探してみると、騎士達の後ろから腰の曲がった白いローブ姿の老婆を連れた深紅のドレスアーマーを見事に着こなした女が現れる。
ドレスアーマーと同じ深紅の美しい艶のあるポニーテールに、鋭く横に伸びた眼。つまみ上げた様な西洋人特有の高い鼻とやや大きめの口。
街を歩けば誰でも振り返るような美しい容姿を持ったその女に向かって老婆は
「ふぉふぉふぉ、成功の様ですじゃ。人数は…ひぃ、ふう、みい……五人。あれだけの贄でこの人数。オルフェン王国のバカ共は何人を犠牲に……」
「それを言ったら妾も同じだろう。いくら戦犯とは言え、奴らの命を使ったのだからな」
「それは、我が国をあの者達から守るため。必要な事だと割り切るのですじゃ」
「あぁ……分かっている。――さて」
赤髪の女は気を取り直し、右京の元へと向かう。
右京の元へと向かったのは、五人の中で唯一地に足をつけて立っているからだ。
「あ、あなた達は……?」
右京の言葉に、一人の騎士が右京の首元へ剣を向け「無礼者が! 王の御前だぞ!」と鬼の形相で右京を睨み付けるが、その刹那「やめんか!」という赤髪の女の叱咤により「申し訳ございません……」と膝をつき頭を垂れる。
右京は思う、騎士がこの赤髪の女を“王”と呼んだ。
つまり、この女が自分達をこの境遇に陥れた張本人。機嫌を損ねれば自分だけではなく、奈々が危ないと未だに冴えない頭で考え、叱咤を受けた騎士を真似て膝をつき頭を垂れる。
「その様なご身分とは知らず、申し訳ございませんでした」
「そなたはそんなに畏まらなくても良い、謝らなくてはいけないのは妾の方だ。それよりも顔色が優れないようだが?」
「カタルシア様、恐らく魔力酔いなのですじゃ。あちらの世界の者達は魔力を持たないと聞いておりますのじゃ」
「なら……そなたは平気なのか?」
カタルシアと呼ばれた王の視線は、老婆から再度未だに膝をついている右京に
向く。
「……はぁ……はぁ、実は限界です……インフルエンザに掛かった時よりもキツイ……です」
無理をし続けた右京の顔からは血の気が無くなっており、今にも倒れそうな様子だ。
「ふむ。イン、フルエンザ? が何かは分からぬが大分辛そうだな。婆や、彼らを治してやれ」
「はいですじゃ――『リフレッシュ』」
老婆の手が白く光ると同時に暖かい何かが右京の身体を包み込み、右京の顔に血の気が戻る。
「辛く……ない?」
(なんだこれは? そもそもあの老婆は俺達は魔力酔いだとか言っていた。じゃあ、老婆が俺に施したのは魔法なのか?)
「『リフレッシュ』」
正常に戻り冴えてきた頭を使って考えている間、老婆は次々と倒れている者達を治していく。
「うっちゃん、気持ち悪いの治ったよぉ!」
奈々は自分の回復を幼馴染みである右京にアピールするかの様に立ち上がる。
倒れていた時は分からなかったのだが、奈々の背は右京とは正反対に低く、保護欲を掻き立てられそうな幼さの残った容姿と、それにそぐわない胸のボリューム……その実、それらに魅せられた隠れファンが校内に多数いるという。
「あぁ、よかったな。それよりも俺の真似をしてくれ」
「うん? まねぇ? そういえば、うっちゃん何でそんな格好してんのぉ?」
どうやら奈々は未だに状況が分かっていない様子だ。
「良い。そなたも立ち上がってくれ」
カタルシアの言葉に右京は素直に従う。
「ねぇ、うっちゃん。この物凄い美人さんだれぇ?」
「この国の王様だ! あまり余計な事をしゃべるな」
(こいつは、いつもいつも警戒心がなさすぎる!)
「くっくっくっ、美人さんか。ありがとう素直に誉め言葉として受け取ろう。全員回復した所で場所を移そう。自己紹介はそれからだ」
いつの間にか他の三人も俺達のカタルシアの方へと近づいてきているのだが、カタルシアは逆に踵を返し、部屋の外へと出ていく。
その背中を追うように、右京達は騎士に囲まれる形で薄暗い部屋から抜け出した。
いつも読んできただきありがとうございます。
次話は、咲太の話に戻ります。右京達の話は今後の話の合間に入れる予定です。
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作者のやる気メーターがぐんぐん上がりますw
また、止まっていた他の作品も今後更新してく予定ですので、こちらも宜しくお願い致します。




