プロローグ
新章開始です。
「ふぁ~暇だ。まだ、半分くらいしか来てないんだよな?」
「まぁ、そう言うなって。君達の世界と違ってこの世界の交通網なんてこんなものさ」
俺達がルンベルを出発して、三日ほど時が過ぎた。
目的地のハーヴェストまで後二日は掛かるらしい。新幹線だったら数時間で行ける距離ではあるが、流石に馬車となるとそうはいかない。
それでもこの馬車はグレンさんのお忍びに使う物らしく、外観に家紋や華やかさはないが、内装については乗合馬車に比べれば明らかに豪華な造りだ。
そもそもワタルの転移魔法を使えば一瞬なのだが、こっちの世界に来るために使った魔力がまだ完全に回復していないのと、魔王と一悶着あるかも知れない為魔力は温存している。
「今日はカンナルって言う国境沿いの町で休むから、そこで旨いものでも食べて鬱憤を晴らそう」
「おっ? 今日は町に泊まれるのか?」
俺が嬉しそうに聞き返すとワタルは頷く。
今更野宿が苦だと思っている訳じゃない。あのくそったれな国の牢屋よりマシだろう。ただ、メシは旨いものを食べたい! 日本に戻って直ぐは、食べれるなら何でも良いと思っていた俺の思考が変わっているのだ。
世の中には様々な娯楽があるが老いたり、体が不自由でも食べる事は出来る。だから、俺は人間の最大の娯楽は食べる事だと思っている。
まぁ、食べないと死ぬんだけどね……。
ルンベルを出て三日間、毎食保存がきく乾パンみたいな物と干肉を食べて過ごした。贅沢な考えだと重々承知しているが、食文化が盛んな日本の舌に戻ってしまった俺には些か辛い食事だったので、ワタルの提案に俺は素直に喜ぶしかなかった。
「ん?」
「どうした?」
「この先に何かが待ち伏せしているね。数は十。小規模の盗賊団か何かの確率は高いかも」
「おぉっ、盗賊団殲滅イベントか!」と体を乗り出して馬車の窓から顔を出すとワタルは、「やれやれ、君というやつは」と呆れた顔を見せ御者の方へと移動する。
「カッセルさん」
「どうかされましたか?」
「えぇ、この先に何か待ち伏せています。おそらく、盗賊団のたぐいかと」
「えぇっ!? それは……進路を変えますか? 遠回りにはなりますが、一度来た道を戻って迂回するというのは……?」
馬車のスピードを少し弛める御者のカッセルさんは、心配そうな顔でワタルに迂回を提案する。
「いや、時間が惜しいですし。盗賊程度なら問題ないでしょう。それに、こんな所で待ち伏せしている盗賊を放っておいたら、僕達は助かるかもしれないけど、この後にこの道を通る人が被害に遭うかもしれない」
「そうですか……」と覚悟を決めた様な力強い表情をしているカッセルさんの肩に手をのせワタルは、
「心配しないで下さい。念のために手綱は僕に預けて、カッセルさんは後ろで隠れていて下さい」
「いいえっ! この手綱をお客様に預けることは出来ません! これは私の魂ですから!」
その言葉に驚いたワタルは、一瞬アクションが止まるが直ぐに表情を戻す。
「ふふふ、分かりました。では、このまま手綱をお願いします。念のために魔法で結界を張ります。僕が死なない限り、この結界が解かれる心配はないので、安心して仕事を全うして下さい」
その言葉にカッセルさんは、苦笑いで「死なないで下さいね?」と軽口を叩く位だから大丈夫だろう。
「咲太、そろそろだよ」
「どっちがやる?」
「そんなヤル気満々な顔で……はぁ、君に譲るよ。でも、彼らが盗賊団って決まった訳じゃないけどね?」
「おいおい、あれを見てもそんな事が言えるのかよ?」
俺の目線の先には薄汚れた格好をした屈強な体格の男達が期待に溢れた卑しい顔で獲物の到着を待っていた。
「なっ?」
「ふふふ、確かにね。困って助けを求めているようには見えないね。じゃあ、君にお願いするよ。僕はバックアップと言う事で」
「おう! 早く終わらせて町に向かうぜ!」
旨い飯が俺を待っている!
◇
「こ、ここは……?」
耳障りの良い澄み通った少女の声は、自分の置かれた現状に不安を隠せないのか、やや震えている。
「うっ……」
身体を動かして体勢を変えようとするが、
身動きが上手く取れない狭い空間に、鼻をつく様なキツいアルコール臭……少女は酒樽か何かに入れられているのだろう考える。
真っ暗で身動きが取れないこの状況に、少女の控えめな唇が震える。
「誰か……助けて……」
少女は瞳を濡らし、切に願った。
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