永遠に枯れることのない想い 終
「ワタル様……ワタル様……」
シエラさんは、ワタルに抱きつき涙を流しながらワタルの名前を連呼する。
ワタルはというと、シエラさんの身体を左腕で柔らかく包み込み、右手で彼女の頭を撫でていた。
「わ、ワタルだと……?」
「うそ……だって、ワタルちゃんはもう……」
俺とミラさん以外の者達は、シエラさんが口ずさむその名前に驚愕していた。
「すまないね、君にこんなに辛い思いをさせてしまって……」
「うぅっ、本当に……辛すぎた……沢山泣いたし……何度も死のうとした」
ワタルの胸に蹲ったまま、シエラさんは思いの限りを語った。
「うん、聞いているよ。そんな君に僕は謝る事しかできない、こうやって君の頭を撫でる事しかできない。……そして僕はまたすぐに君の前から去らないといけない……」
ワタルの言葉にシエラさんは、パッとワタルの顔を見上げと、ワタルの表情は酷く悲痛なモノとなっていた。
「それは……何となく分かっていた……その姿は、やっぱり、死んでしまった……」
「うん、僕は魂だけの存在になって、爺様の故郷である日本に渡ったんだ。そして、その国でこの身体の持ち主の文人と出会って一つになった」
「……」
シエラさんはワタルの話を黙って聞いている。
「この世界に戻ってきたのは、目的があるから。目的が達成したら僕達は日本に戻らないといけない……」
「そんな……このままここに……」
「ダメだよ、僕も君と一生一緒にいたいけれど、文人に迷惑が掛かる。君を一目見れて良かった……君をまた抱き締められて良かった……」
「うぅ……っ」
シエラさんの両目から更に大粒の涙が流れる。
シエラさんがそれ以上何も言わないのは、ワタルという人間を知っているからだろう。
「泣かないでおくれ、僕のお姫様」
「ワ、ワタル様だって……涙……」
「あれ? ふふふ、おかしいね」と言ってワタルは裾で目の辺りを拭う。
「ねぇ、シエラ。サクラって覚えてる? 昔から僕が言っていた爺様の故郷である日本の国花の事さ。爺様の話通り、君の髪と同じ可愛らしい桃色だった。その花は春の始まりに咲き、数日したらすぐに散ってしまうんだ。凄く儚くて、美しい……君にそっくりだった」
ワタルは続ける。
「ねぇ、シエラ。僕は君に幸せになってほしいんだ」
「無理! ワタル様がいない世界で……幸せになんてなれない……」
「無理じゃない、君は僕のいないこの世界で幸せにならなくちゃいけないんだ」
「ワタル様を……忘れるなんて無理……」
「誰が僕の事を忘れてほしいなんて言ったんだい? 君がカルロスのせいで僕を忘れて、僕がどれほど悲しかったか……」
「ごめん……なさい……」
「僕は君の事を忘れない、遠い地でいつも君の幸せを願っている。そして、生まれ変わりがあると言うなら、僕は必ず君を探し出して、今度こそこの手で君を幸せにしてみせる!」
生まれ変わりなんてあるかどうかなんて解らない。
だけど、ワタルの目は真剣そのものだった。
決してこの場限りの慰めの言葉ではなかった。
「絶対忘れない! ワタル様の事ずっとずっと、死んでも、生まれ変わっても忘れない! 私はワタル様のいないこの世界で幸せになってみせる! だから、約束して! 生まれ変わって私を探し出して、今世より何十倍も幸せにしてくださいっ!」
感情が爆発したのか、消極的で歯切れの悪い話し方のシエラさんが声を荒げる。
その様子に面を喰らったワタルだが、すぐさまシエラさんの前に肩膝をつき「姫様の仰せのままに」と、シエラさんの手をとりそのまま、手の甲に優しく口付けをする。
その光景をアルパトス家の者達は、誰もが涙を流しながら見守っていた。
「なんだこれは? 意味が解らん」
先輩はあきれた顔をしている。
俺も先輩も既に剣をしまい、床に座ったまま事の成り行きを見守っていた。
「まぁ、色々あるんだよ」
「ふん、そうかよ」
「なぁ、先輩。カルロスとどんな契約を結んだんだ?」
こんな状況になっても最期までカルロスの護衛と言う立場を放棄できなかった様だったので、何かしらの契約で縛られているんじゃないかと勘ぐってしまう。
「それは言えない事になっている」
「ろくでもない契約なんだろうな」
「あぁ、全くその通りだ。給金三倍出すって言うんだぜ? 悩みはしたんだがよ……そもそも、カルロスは名のある商人だ。信用第一のこいつらが、まさか貴族様相手にこんな馬鹿な事を仕出かすなんて思わないだろ?」
「内容は解らないけど、いくら給金が良くたって、俺ならそんな危なそうな契約は結ばないね」
一つ間違えれば自分だけじゃない、自分の大切な者達まで巻き込んでしまう。
ガイエンもそれが解ったのか、「次から絶対こんな契約結ばねぇよ!」と苦虫を噛み潰したような表情になる。
「それにしても、カルロスはどうなるんだろうな」
「ふん! 死刑に決まってるだろう。昔の事とは言え貴族の娘を誘拐し、今度はこの家の跡継ぎを暗殺して乗っ取る計画までしていたんだ。一家全員打ち首だろうな」
まぁ、そうだよな。
この世界は、物事の白黒がハッキリしているからなぁ
そんな事を考えていると、グレンさんが尻餅をついて色んな液体でぐちゃぐちゃな顔のカルロスの元へと近づく。
「貴様っ! よくも!」
「ひぃっ!」
グレンさんは鬼の形相で、剣先を振り上げひと振りでカルロスの首を刎ね飛した。
胴体と切り離され、コロコロと転がるカルロスの表情は酷いものだった。
その首が一つのピリオドの様に、ワタルの元婚約者であるシエラ・アルパトスを取り巻く一連の騒動に終止符が打たれた。
次に閑話1話挟んで、新章に入る予定です。
修正しました。(20.9.22)
修正前)「うん、聞いているよ。そんな君に僕は謝る事しかできない、こうやって君の頭を撫でる事しかできない。そして僕はまたすぐに君の前から去らないといけない」
修正後)「うん、聞いているよ。そんな君に僕は謝る事しかできない、こうやって君の頭を撫でる事しかできない。……そして僕はまたすぐに君の前から去らないといけない……」




