永遠に枯れることのない想い⑦
後、1話で終わるつもりが……まとまりませんでした。
次でこの話は終わります。
「準備はいいか?」
「うん、いけるよ」
ミラさんと再会した翌日の夕方、約束通りミラさんが俺達を迎えにきた。
「宿の外に馬車が止まっている、行こう」
宿の外には侯爵家に相応しい、豪華な作りをしている馬車が停まっていた。
「護衛とかいないわけ?」
「いらんだろ? 私に必要なのはこの馬車を操縦する御者ぐらいだ。建前上連れて来た部下達はシエラの結婚式まで自由時間を与えている」
「相変わらず無用心なんだから……」
「あはは、そもそも私をどうこう出来る者などそうはいない。しかも今日は、お前とお前の友人がいる。この三人だったら一国の軍が相手でも勝てるだろ。さぁ、行くぞ」
そういい捨て、ミラさんは馬車に乗り込む。
そして、その後ろをワタルが「はぁ~」と溜息混じりに続き、そして俺もワタルの後に続いた。
俺達が乗り込んだ事を確認したミラさんは、「出してくれ」と御者に指示する。
パチンと鞭を鳴らす音が聞こえ一拍置いた後、ゆっくりと馬車が動き出した。
「それにしても、よくそんな上等な服を持っていたな?」
そう言ってミラさんは、ワタルを上下に見渡す。
ワタルの服装は昨日までの村人仕様ではなく、華やかな装飾が施された見るからに豪華そうな貴族仕様だった。
「本当はこんな服いやなんだけどね、小屋にこれしかなかったんだ。昨日の今日で仕立てる事も出来ないしね」
「まぁ、お前は似合ってるからいいとして……」
ミラさんは、チラッと俺をみる。
「咲太……」
分かってるよ……、俺にこんな騎士みたいな格好似合うわけないだろ……。
そう、俺はワタルの護衛という事で、ミラさんの部下の服を借りて着ているのだがお世辞にも全然似合っていなかった。
「言いたい事は分かってるから、それ以上は……」
俺の言葉に不憫に思ったのか、それ以上の突っ込みはなかった。
ミラさんがワタルの手元に視線を向ける。
「その指輪が?」
ワタルの右手の人指し指には、昨日までしていなかった水色の宝石が六つ埋め込まれているシルバーリングが嵌められていた。
「そう、これで白黒ハッキリする」
ワタルは、シルバーリングを眺めながらそう言った。
馬車に揺られ、体感的には一時間もしない内に馬車の足取りが止まる。
「さぁ、着いたぞ」というミラさんの言葉に俺とワタルは馬車を降りる。
俺達の眼前には、四谷付近にある迎賓館に似た屋敷が建っていた。
「すごいなぁ……」
庶民代表の俺としては、中々足を踏み入れる事の出来ない場所に若干二の足を踏んでしまうが、「何してるの? 行くよ」といつもと変わらないワタルの声が俺の背中を押してくれ、おぼつかない足取りでワタルの背を追う。
屋敷に入った俺達を、壮年のメイドさんが出迎えてくれた。
ミラさんの方が、爵位が上なので普通は主が出迎えるのではないのかと思っていると、ミラさんが俺の疑問に気付いたのか「毎日この屋敷で寝泊りしているんだ、いちいちグレン殿に出迎えてもらうのも悪いから、遠慮してもらったのだ」と俺の疑問に答えてくれた。
食事の席という事で、俺達はそのままダイニングに案内される。
ダイニングに入ると、既に席に何人か座っており、俺達の姿が見えるや否や、体格の良い白髪交じりの男が立ち上がる。
「おぉ、ミラ殿」
「グレン殿、お待たせした」
「いやいや、我々も今集まったところですぞ。さぁ、お席に、お客人も」
「えぇ、フミトも」
「はい」
流石にこの場でワタルという名前を使う事はできないので、田宮の名を借りる事にした。
俺は一応ワタルの護衛という事で席には着かず、ワタルの席の後ろ側の壁の前に待機している。反対側の壁には案の定ガイエンさんが立っており、俺達の姿を見て面白いくらい目が大きくなっていた。
「紹介するわ、家名を明かす事は出来ないが、この子は私の友人の息子で、名前はフミトよ」
ミラさんの紹介で、一度席についたワタルが立ち上がる。
「本日は、お招きいただき誠にありがとうございます。フミトと申します。家名を明かす事が出来ない事を何卒ご了承いただきたく存じます」
と一言延べ、流石というか優雅に礼をする。
「おぉ、ようこそいらしてくださった。私がこの家の主、グレン・アルパトスと申します。そして、こちらから妻のクレア、次女のシエラ、そして、シエラの婚約者であるカルロスでございます」
グレンさんがシエラさんを紹介した際、ワタルのアクションが一瞬とまっていた。その短い時間にワタルの中ではシエラさんと過ごした思い出が頭の中を駆け巡ったのだろう。
「シエラ? どうしたの?」
クレアさんの声でシエラさんの方を見ると、彼女はワタルの事をじぃっと見ていた。
「ふふふ、どうしましたか? 僕の顔に何かついていますか?」
とワタルがシエラさんに向けて優しく微笑むと、シエラさんは顔を赤らめて「い、いいえ……」と俯くと、その様子が気に入らなかったのか
「あまり私の婚約者に色目を使わないでいただきたい」と不機嫌そうな顔でカルロスが口を挟む。
昔は太っていたと聞いていたが、今は然程それを感じさせない。
「僕は色目を使った覚えはないんだがね」
「何を言っている! シエラに色目を使っていたではないか!」
「やめんか! カルロス!」
「いや、しかし!」
グレンさんがカルロスを咎めるが、カルロスは納得のいかない様子だ。
「ねぇ、カルロス君だっけ? 君は何様のつもりだい?」
「な、何様? 私はアルパトス家の次女を娶る男として」
「君は何も分かっていない……僕は誰の客人だい? そこにいるマギウェル侯爵の客人なんだ。しかも、彼女が僕の家名を隠したがっている、これが何を意味しているか分かっているかい?」
ワタルは元々権力をかざすタイプでは決してないが、恐らくシエラさんの事を呼び捨てにしている事や、私の婚約者と言う言葉に腹を立てているのだろう。なんとまぁ分かり易い。
ワタルの言葉で、カルロスの顔が真っ青になる。
いくら自分が伯爵家の娘を娶ると言っても、自分が貴族になったわけでもない。しかも、相手は伯爵家より爵位の高い侯爵家の客人で、家名を明かす事が出来ないという事は、それ位の地位にいる者……でなくても、ミラさんの客人に対しての不敬について今更気付いたのだろう。
「た、大変申し訳ございませんでした……、何卒ご無礼をお許しください」
カルロスは立ち上がり、深々と頭を下げる。
「謝罪を受け入れるよ。折角の楽しい晩餐を台無しにしたくないからね」
「感謝いたします……」
そう言って頭を垂れるカルロスの表情は、言葉とは裏腹な表情をしていた。
「はぁ。フミト殿、申し訳ない。まさか、これ程場を読めない男だったとは……」
「いいえ、謝罪の言葉は貰いました。そもそも、伯爵様が謝罪する事ではないでしょうに」
「それでも、奴はこの家の婿になる者。当主として下の者の過ちは即ち私の過ちと思っている」
「ふふふ、もう止めにしましょう。せっかくの料理が冷めてしまいます」
「そうであったな。おい、食事を出してくれ!」
グレンさんの言葉で、次々と食事が運ばれてくる。ちっきしょう! 旨そうだ!
雑談を交えながら、和やかな雰囲気で晩餐会は進む。
シェラさんというと、ワタルの事が気になるのか、チラチラとワタルの方を見ており、ワタルと目が合う度に顔を紅くし、急いで目線を逸らす仕草が見ていてほっこりする。
まぁ、隣に座っているカルロスはその様子が気に入らないが、シエラとワタルを咎める事が出来ない故に、気付かない振りをして黙々と料理を口に運んでいた。
「似ているな」
グレンさんが食事の手を止めワタルを真っ直ぐに見る。
「似ているとは?」
「姿は違う……が、表情、話し方、どれを取っても似ているのだよ。ワタルに」
「あら? 貴方もそう思っていましたの? 私もフミトさんがワタルちゃんに似ていると思っていたところでしたの!」
それは本人ですからね! とは口が裂けても言えない
「だから……ワタルって誰……?」
事前にミラさんから、シエラさんがワタルの事を忘れていると聞いてはいたが、実際に本人の口からその現実を突きつけられたワタルの表情は沈痛なものに変わった。
それでもワタルは表情を戻し、シエラさんに伝える。
「ワタル・タマキ。この国の英雄カケル・タマキの孫で僕の大親友なんだ」
「なんと!」
大親友という言葉に、ミラさんとシエラさん以外の者達が過剰に反応する。
「カケルじい様に……孫なんていましたっけ……?」
「カケル様の事は覚えているんだね?」
「もちろん……父に連れられよく遊びにいきました……ただ、その時私と良く遊んでくれた男の子がいて……顔は思い出せません……それが、ワタル? ワタルという名を聞くと……胸が締め付けられるように痛い……けど、それ以上に愛しい気持ちになる……」
そういうとシエラさんの頬に一筋の雫が伝う。
「もう、止めていただけませんか! シエラが悲しんでいる!」
慌ててこの話題を止めようとしているカルロスにワタルは冷たい視線を向ける。
「僕が今日ミラさんに無理を言って連れてきてもらったのは、カルロス、君について確認したい事があったからだ」
「私の何を……」
蛇に睨まれたカエルの様に、カルロスは固まっている。
「僕はワタルから聞いているんだよ、君が学園時代にシエラさんに仕出かしたことをね!」
カルロスの顔からは滝のように汗が流れる。
「何の事だフミト殿?」
「カルロスさんが……? 私に?」
どうやら、シエラさんはあの事も記憶から消されているらしい。
「私は何もしていない!」
「カルロス、学園二年目に君が街のごろつきを雇ってシエラさんを誘拐した事と言えば分かるかな?」
「――ッ!?」
「なんだとっ!?」
予想だにしなかったのか、ワタルの言葉にグレンさんが勢い良く立ち上がる!
「君は昔からシエラさんに気があったんだよね? 颯爽と現れ誘拐犯から彼女を救いだして良いところを見せたかったんだろう。子供の浅知恵だね」
「本当かっ! カルロス!」
「いいえっ! 滅相もありません、デタラメですっ! そ、そうだ、当事者であるシエラに聞けばいいっ!」
カルロスの汗は止まらない。
そして、全員の視線がシエラに向く。
「そんな記憶ない……」
シエラの言葉に、カルロスは勝ち誇った顔をワタルに向ける
「シエラ、本当にそんな事はなかったのか?」とグレンさんが問いただすが、シエラさんは「はい……」と返す。
「ほ、ほら! 当事者が記憶にないって言っているんだ! いくら侯爵様の客人だからってこんな濡れ衣許される事ではないっ!」
「ふふふ、その口で良く言うね。じゃあ、もう一人の当事者に聞いてみよう」
「もう一人の当事者?」
「そうさ、カルロス。君の口から真実を教えておくれ」とワタルはカルロスに向けて指を指す。指輪をしている右手の人指し指だ。
カルロスは何を言っているんだ? 喋るわけないだろうといった表情していると、指輪に埋め込まれていた水色の宝石が一つ砕ける。
「私がシエラを誘拐するように仕向けた!」
その場が静寂に支配される。
「な、な、な、嘘です! デタラメです!」
「さぁ、なぜ彼女を誘拐するように事をしたんだ?」
またもや、宝石が砕ける。
「そっっっ、れはシエラを誘拐犯から助け出して私にホレさせようと!」
カルロスは必死に口を両手で塞ぎ喋れないようにしているが、何かの抑止力が働いているようだ。押さえきれず、ワタルに聞かれた事を話してしまう。
「きっさまっ!」
グレンさんが鬼の形相でカルロスに近づこうとしたが、それを「少し待って下さい」とワタルが制す。
「君に聞きたいことはまだある、その時罰としてワタルが施したの呪いをどうやって解いたんだ?」
女性に触れても触れられても激痛が身体に走る呪いをと付け加える。
宝石がまた砕ける。
「そ、れは、遺物の効果を一度だけ無効にできる遺物を使った……」
「そう、そんなものが……これも君の大好きな遺物でね、『尋問の指輪』と言って、この宝石の数だけ指を差した相手に真実を聞き出せる効果があるんだ。じゃあ、続けよう」
宝石の残りは後、三つ。三度尋問できる。
「君はなぜシエラを妻に? まさか、まだ彼女を思っていた訳じゃないよね?」
「バカをいうな! こんなネクラの行き遅れを未だに思っていたわけないだろっ! 私の商会は今ではこの国で三本の指に入る程の大商会になった! シエラよりいい女なんて腐るほどいる! 私が欲しかったのは伯爵家だ! 次期当主である、バロンさえ暗殺すれば、次期当主はシエラになる。長女は他家に嫁いでいるからな! この女を裏で操り、私の商会をこの国一にしようと思ったんだ!」
いくら口を閉ざそうとしても、出てくる言葉に「クズが……」とついつい、声が出てしまった。
グレンさんも、ミラさんも怒りを通り越して呆れ返っていた。
あっ、反対側に立っている先輩がやばくね?って顔してる。
「そう、そんな事を……グレンさん、ミラねぇ、まだ聞き出したい事があるので、堪えてくれると助かります。正直、シエラの事を貶されて今すぐにでもこのクズを焼き捨ててしまいたいが、まだ聞く事があるので」
魔法で剣を具現化しているミラさんと、既に剣を抜いているグレンさんは今にでも飛び出してきそうだ。
シエラさんは、ペタッと地べたに崩れ落ち、クレアさんが両肩に手を置いてシエラさんを案じている。
「続けよう」
ワタルの表情から笑顔が消える。
かなり怒ってるな……それはそうか、自分の最愛の人を貶されて、挙げ句の果てに道具扱いしているんだからか
「や、やってられるか!」
涙で顔を濡らしているカルロスが立ち上がり、その場から逃げようとする。
「おい、ガイエン! 高い金を払っているんだ! 私を全力で逃がせ!」
「くそっ! とんだ貧乏クジだぜっ!」
「ふははは! このガイエンは、この国に数名といないSランクハンターなんだ! ここにいる者を全て亡き者にして、この事を隠蔽してやる!」
「おい、勘弁してくれよ! この国の二大将軍様を始末しろって、頭おかしいんゃねえのか?」
「うるさいっ! 私を守らないと契約違反という事を忘れたのか! さっさとしろ!」
「くっそ!」
ガイエンが盛大に舌打ちをして、俺達に向けて走り出す。
「咲太っ!」
「おうっ!」
ワタルが俺を呼ぶ、そして、俺が答える。
俺が動き出してからその間わずかコンマ数秒で、俺は先輩との距離を肉薄にする。
「なぁ、先輩。危険な仕事はやりたくないんじゃなかったのか?」
「くそっ、その筈だったんだよ! ドラゴン相手にするよりずっと楽で、安全で金もいいハズが……くそっ!」 自分の首に当てられた、俺の剣の刃を見ながらガイエンはなんとも言えない表情をしている。
「なぁ、先輩ここは大人しくしてくれ、これ以上事を犯したら、ただ雇い主の命令では済まされないって事は解るよな?」
「……」
俺の言葉にガイエンは黙り込む。
「先輩の考えは、共感できる。ハンターの矜持なんて関係ない。安全に稼ぎたい事に何の間違いはない、特に先輩の様に大事な人がいるならさ」
そう言って俺はガイエンの左手の薬指に視線を向ける。
「見ろ、奴はもう終わりだ。ハンターの矜持を捨てて護衛になった賢い先輩ならわかるだろ?」
俺はダイニングルームの入口に指を差す。
入口では、氷で覆われたドアに絶望した顔で佇んでいるカルロスがいた。
そして、俺の説得は続く。
「Sランクハンターの先輩なら、ミラさんとグレンさん相手でも何とかやり過ごすことは出来るかもしれないが、俺が相手では無駄だ。それはわかってるよな?」
「くっそ! 分かったよ! 某の負けだ! 何であんたみたいな化物がこんな所にいるんだよ! 何が先輩だっ! くそっ!」
「化物とは失礼だな。そうだな、友の為と言ったらおかしいか?」
俺は笑顔でガイエンの問いに答える
「ふん、全然おかしくねぇよ!」
と、少しばかりの強がりを見せて、ガイエンは自分の剣を地面に置いた。
「さて、カルロス。君にはまだ聞きたい事が残っている」
「ひぃっ!」
氷付けになったドアの前で佇んでいるカルロスにワタルが近づく
。
「どうやってシエラの記憶をいじったんだい?」
ワタルの問いにカルロスは力なく答える。
「……催眠術士を雇って、彼女の記憶を改竄した。ワタルとの記憶と私に対しての嫌な記憶の改竄だ……」
「そぅ、それで? 彼女の記憶を戻す方法は?」
最後の宝石が消滅する。
「“グリムエルガラサコラス”というまじないの言葉を彼女に向けて発すれば、彼女に対しての記憶改竄は解除される」
「そぅ」と言って、ワタルはシエラがいる方向へと歩き出す。
「ま、まて! シエラはワタルの死で何度も命を落とそうしたくらい弱っていたのだぞ!? お前はその状態のシエラに戻そうというのかっ! せっかくこの私が奴との過去を閉じ込めて楽にしてやったのに!」
ワタルはシエラさんに向けた身体のまま、カルロスに向かっていい放つ。
「僕は昔、君に言ったことがあるよね? お姫様の危機に現れるのはいつの時代も騎士の役目ってね」
「なっ、なんでお前がそれを……はっ! お、お前は、まさか……」
「それは、今も同じ……お姫様が心を痛めているなら、それを癒すのも騎士の仕事……そう、僕の仕事であって、君の仕事ではないよ! “グリムエルガラサコラス!”」
ワタルが口ずさむ言葉によって、すぐさまシエラさんの全身が光に包まれる!
光が収まった後、地べたに座っていたシエラさんが立ち上がり、ワタルの元へと近づく
「遅い……でも、お帰りなさい……」
そう言って、シエラさんはワタルの胸に飛び込んだ。




