永遠に枯れることのない想い⑥
俺とワタルは街に着いた後、ミラさんと別れた。
あの若さで、しかも女性で侯爵家の当主として君臨しているミラさん。
普通だったら護衛の一人や二人ついているものだろうが、誰一人つけずあんな森の奥まで……まぁ、ワタル以上の魔法の使い手なら、逆に護衛がついていた方が足手まといなのかもしれない。
ワタルの話によると、彼女は私的な用件に部下を連れて歩かない。それ以外だと、侯爵家という肩書きの元、他の貴族に舐められないように嫌でも連れて歩いているらしい。
「よう! お二人さん!」
「よっ! ダレン。今日は一人か?」
俺とワタルは街に戻るまでに狩った魔物の魔石を換金するために向かっていたハンター協会の前でダレンと会う。
「あぁ、換金は俺の仕事だからな」
「そっか、昨日は俺達の所為で換金できなかったからな。すまないな」
「バーカ。お前らの所為じゃねーよ! 俺が早く飲みたかったから今日に回したんだから、お前が気に悩む必要ねーよ!」
ちょっと話し方はぶっきらぼうな奴だけど、やっぱりいい奴だな。
「なんか協会の方が騒がしいね」
「うん? どれどれ?」
協会の入り口に目をやると人だかりが出来ている事に気付き、何事かと近づいてみる。
野次馬の壁を掻い潜り協会内に入ると、数名の屈強な男達が凄い剣幕を一人の男に向けていた。剣幕を向けられている男は、長身にぴっちりとしたダークグレイの皮製のコートを羽織っており、コートと同じ色の長い髪を後ろで一つに結んでいた。
「おいおい、ガイエンじゃねーか」
ダレンは長髪の男を知っているようだ。
「ガイエン? 知ってるやつか?」
「Sランクハンターだよ、しかもソロのな」
「へぇ~ソロのSランクかぁ」
Sランクはこの世界に数えるほどしかいないって言ってたな。
「どうやら、彼の足元に転がっている人達がこの喧嘩の発端らしいね」
ワタルの言葉で、ガイエンの足元を見ると数人の男達がうめき声を上げながら倒れている。
「あ、ミアだ」
「やめて下さいっす! ハンター協会内での喧嘩はご法度っす!」
俺達の専属であるミアは両者の間に入って、必死に止めようとしている。
「黙ってろ小娘! こっちは、仲間が三人もやられてるんだ! いくら相手がSランクハンターだからって黙って引けるかっ!」
「先に手を出したのはそっちだ、野蛮人共が……これだからハンターは嫌なんだ」
「「「お前もハンターだろうがっ!」」」
その場にいたハンター諸君の心が一つになった。
「あんたらと一緒にするな! 某は、ただ獣を狩るしか脳のないハンター共と違う!」
「うるせえええ! 野郎共やっちまえ!」
「やれやれ、今の何に怒る要素があったのか……これだからハンターは……」
ガイエンは溜息を吐き、怒りを露にして向かってくる屈強な男達をその細い目で見据える。そして、ガイエンの目が開かれるや否や「うぎゃっ!」「うぐっ!」「ぐぼっ!」と綺麗にハモリながら、ガイエンに殴りかかった男達は、瞬く間に無力化され、残るはリーダー格のみとなった。
「ふん、弱い犬ほど良く吼える」とガイエンは鼻を鳴らし、リーダー格の男に視線を移す。
「く……っ」
「あんたは掛かってこないのか?」
ガイエンが一歩を踏み出す毎に、リーダー格の男は後ずさりする。
「ガイエンさん! やめて下さいっす!」
「どけ、そいつには教育が必要だ」
「いいえ! どかないっす!」
よく見るとミアの足は震えていた。怖いのだろう。
「クッソー! 死ねっガイエン!」
追い詰められた男は何をとち狂ったのか、ガイエンに向かって槍を突きだす。
ガイエンも応戦するかの様に「先に抜いたのはそっちだ」と呟き、背中に背負っているロングソードを引き抜き男に向けて振り下ろす!
バカ共がっ! 間にミアがいるだろうがっ!
俺は咄嗟にミアの前まで移動し、二人の得物がミアに当たる前に、男の槍を蹴り飛ばし、ガイエンの剣を素手で受け止める。
「――ッ!?」
ガイエンと槍の男は、まさかの乱入者の出現と自分達の攻撃を止められた事に驚きを隠せずにいた。
しばし協会内には沈黙が支配するのだが、ダレンの言葉で沈黙が打ち破られる。
「おいおい、あの酔っぱらいの槍はともかく、Sランクの剣を素手で受け止めるって……やっぱりお前は規格外だぜ!」
その言葉を皮切りに、野次馬共のざわつきで辺りが染まる。
俺はミアが無事な事を確認し、ガイエンへと顔を向ける。
「なぁ、あんた。もう、それ位にしたらどうなんだ? 教育って言ったって、無駄だろ! そんなオッサンの脳みそじゃさ!」
「フフフ、確かにもう手遅れだけど、もう少し言葉を選んであげなよ~可哀想じゃないか」
俺の言葉にワタルも相槌を打つ。
俺達の言葉に周りザワメキが笑い変わる。
「サクタさん! ワタルさん!」
「頑張ったなミア。怖かったろ」
俺の言葉にミアへなへなとその場に尻餅をつく。
「なんだ、あんたは?」
「俺は、昨日ハンターになったばかりの新人さ」
「新人?」
「そうだ、先輩。ここは、昨日ハンターになりたての俺に免じて終いにしてくれないか?」
俺とガイエンは睨みあったまま少しばかりの時間が過ぎる。
「……ふん! 興がそれた」と先に沈黙を破ったガイエンは、踵を返して協会から出て行く。
ガイエンの後姿を眺めていると、「サクタさん、本当に助かったす! 怖かったす!」とミアが涙目で抱きついてくる。
「サクタ、公衆の面前でそういうのはどうかと思うよ?」
「ち、ちげーよ! これは、ミアが!」
「知っているよ、少しからかっただけさ。それで、ミア、何があったんだい?」
ミアは俺に抱きついたまま、「ガイエンさんが、当分ハンターの仕事が出来ないと報告に来たんす。訳を聞こうとしたら、この倒れている人達がガイエンさんは、飼い犬になったとか、ハンターの風上にもおけねぇとかガイエンさんを煽るような事を言い出したんす。ガイエンさんも最初は無視してたんすけど、この人達の内の一人が無視された事に腹を立ててガイエンさんに殴りかかったんす。それでこんな事に……っす」
先輩、全然悪くないじゃん。こいつらがアホなだけじゃん。
「ところで、彼はなんでハンターの仕事が当分できないといったんだい?」
俺が心の中で突っ込んでいると、ワタルは質問を続ける。
「何か、ある商会の跡継ぎの専属護衛になるそうっす」
「商会の跡継ぎ?」
「はいっす。たしか、マングース商会の跡継ぎ、シエラ様の婚約者のカルロス・マングースっす」
「――ッ!?」
「へぇ~これは面白くなったね。彼とやりあうのは意外と近いかもね」
ワタルが言わんとする事は大体想像がつく。「まぁ、何とかなるだろ」と俺は適当に流した。
「ガイエンめ、Sランクハンターの癖に飼い犬になるなんて見損なったぜ!」
急にダレンが鼻息を荒くする。
「なぁ、ダレン。それって間違っていることか?」
「あぁん? 何言ってんだよ、当たり前だろ? 俺達はハンターなんだぜ? 魔物を狩ってなんぼなんだよ!」
ダレンは、こいつ何言ってんの? みたいな表情を俺に向ける。
「いや、おかしいだろ?」
「何がおかしいんだ?」
「Sランクのハンターがどれ位稼げるか、ガイエンさんが商会に幾らで雇われているか知らない。だけど、稼ぎが同じ位であれば、魔物を狩る危険な仕事より商会に雇われた方がずっといいんじゃないか?」
「バカ、お前にはハンターの矜持と言うものがわかってねーんだよ」
「矜持で飯が食えるのか? もし、お前に養うべき家族がいても同じ事が言えるのか?」
「それは……」
「今更過ぎた事を言うのも嫌だけど、お前らこのあいだ死にそうになったよな?」
「うっ……」
「それで、同じ事が言えるのか?」
「………」
ダレンは完全に黙り込む。
「それ位にしてあげなよ。彼も彼なりに自分の仕事に誇りをもっているんだ」
ヒートアップしてきた俺達の間にワタルの柔らかい声が入り込む。
「ごめん、少し熱くなった」
俺が謝罪すると、ダレンは「いや、俺こそ……考えを改める事にするよ」と返してくれる。
「とりあえず、魔石の換金に行こうか? ミア頼めるかい?」
「はいっす!」
魔石を換金した後、軽く食事をし俺達は宿に戻ると、「明日の夕方迎えに行く」というミラさんからのメモを手渡された。




