永遠に枯れることのない想い④
「ここに来るのも久し振りだな」
燃え盛る様な真っ赤なローブに身を包んだ長身の女が、帰らずの森最深部にポツンと建っている、簡素な造りの小屋の前に佇んでいる。
腰まで伸びている長い紫色の髪は、おでこが見える程に切り揃える事で勝ち気につり上がった目尻が余計に際立つが、それを上手く金縁の眼鏡で和らげている。
「アイツらと良くここで過ごしていたな……」
ふと目を瞑ると、然程昔ではないが、懐かしい日々が走馬灯の様に流れていく。
自分の事を姉の様に慕ってくれた弟弟子とその婚約者……二人と過ごした楽しく充実した日々。
マギウェル侯爵家現当主であり、この国の全ての魔導士を纏める『魔の将軍』ミラ・マギウェルの胸に言葉では言い表せない感情が溢れてくる。
昨日、ルンベルに到着したミラは、アルパトス家で寛大にもてなされた。
従来、結婚式の招待客は、早くても式の二日前に到着するものだが、このミラに関しては、大好きな妹分を祝福するためにそれより早くこの街に到着した。
そして、この場所を訪れるために。
ワタルが戦死した――。
その言葉を自らの口でシエラに告げてから大分時間が経つ。
当初、最愛の婚約者を亡くしたシエラは絶望にうちひしがれ、見るに堪えなかい程に憔悴しきっていた。出来る事ならシエラが立ち直るまでずっと側に居て上げたかったが、ミラの立場がそうさせなかった。
それからいつもシエラを気にしつつ、役目を果たしている内に時間が過ぎ、シエラが立ち直った報せを耳にした事でミラの中での一番の心配事が解消された。
それから然程しない内に、シエラの結婚式の招待状が届いた。相手がワタルでないという残念な気持ち半分と、妹分が悲しみを乗り越えて新たな幸せを手にしたという嬉しさ半分という複雑な想いを胸に、ミラはルンベルにやって来た。
久し振りに顔を合わせたシエラはミラの記憶にある、彼女そのもの……ミラは胸を撫で下ろした。
「これでワタルも成仏できるな?」
その場を盛り上げるための何気ない一言だった。
だが、ミラがその言葉を口にした瞬間、笑いはおろか、その場にいたシエラ以外の者達は各々複雑な表情を浮かべていた。
一瞬、何事か?
と思ったのだが、シエラの次の一言ですべての謎が解ける。
「だから……ワタル? って誰……?」
「はぁ、まさかワタルの事を忘れてしまうとは……」
その後、グレンからシエラを救う為に遺物が使われた事、そのせいでワタルとの記憶が封じられた事を聞かされ、納得せざるを得なかった。
「ワタル……」
そう呟き、ミラは小屋に手をあてる。
ワタルがいない今、この小屋の中に入る事は出来ない。
「ふぅ」と深く息を吐いたミラは、後ろを振り向き、強い口調で「誰だ? そこにいるのは分かっている。私と敵対するつもりがないなら、素直に姿を見せなっ!」と鋭い視線を林の方へと向ける。
すると、「流石にバレるかぁ」と林の中から黒髪の中性的な顔立ちの少年がニコニコしながら姿を現す。
「なんだお前は? 私を狙った刺客か?」
ミラはそう言いながらも、肉食獣の様な好戦的な表情を少年に向ける。
「そんな命知らずではないよ、僕の事分からない? 名高い魔の将軍様なら、すぐ気付くと思ったのだけど」
その言葉にミラはある行動を取る。
それは、相手の魔力を読み取る事。
魔力というものは、魔力の器が形成された後、各々の身体に定着するため十人十色といった特徴を持っている、ミラの様な高名な魔導士であれば、魔力で人を区別したり特定したりできるのだ。
「ま、まさか……」
先程までの好戦的な表情から驚愕の表情に様変わりする。
「ふふふ、そんな幽霊でも見たかの様な表情をしないでほしいね。ミラねぇ」
自分に対する呼び方、喋り方、笑う仕草……全てアイツと重なって見える。
弟のように可愛がっていた、ワタルに……。
「アイツは死んだハズだ……亡骸もこの目で確認した……」
「そうだね。ミラねぇの言う通りだよ。確かに僕は死んだんだ、あの戦場でね」
少年は表情を崩さす、小屋の方へと近づく。
ミラは、近づいてくる少年に少しばかりの警戒を向ける。
小屋に手をあてている少年に対して、ミラは「何をする気だ……」と詰め寄ろうとするが、言葉とは裏腹にその表情は何かを期待している様なモノだった。
――ワタルはもうこの世にいない。
だが、目の前の少年は、容姿はワタルのものとは全く違えど、話し方や所々で見せる仕草……そして、何よりも魔力そのものがワタルなのだ。
この小屋に入るための鍵は、ワタルの魔力だけ……。
あの少年は、自分がワタルである事を証明するために、小屋に魔力を流そうとしているのだろう。
「あ……そ、そんな……ワ、タル……」
ミラのつり上がった目尻に涙が溜まる。
一瞬だった。
少年が魔力を流すと、一瞬で小屋の壁からドアが現れたのだ。
少年は身体をミラに向き直す。
「さぁ、中で話そうか」
「あぁ……」
ミラは裾で目を拭い、ワタルに続いて小屋に入っていった。
◇
「ミラねぇは、少し渋みがあった方が好きだったよね?」
「あぁ、そうだな」
「はい、どうぞ」とワタルはミラの前に色味の強い紅茶の入ったカップを置いて、ミラの正面に座る。
ミラは静かにカップを傾け紅茶を口に含む。
「うん、ワタルの味だ」
「小さい頃からミラねぇの紅茶当番だったからね」
「ワタル……本当にワタルなんだな……?」
「うん、姿は違うけど、僕は正真正銘ワタル・タマキさ」
「私が聞きたい事は分かっているな?」
「うん、今から説明するよ。あの戦場で僕は間違いなく死んだ――」
ワタルは戦死してから現在に至るまでの出来事をミラに説明する。
「そんな事が……」
ミラは、難しそうな顔をして俯く。
「信じてもらえるかな?」
「本来であれば信じられぬだろうな。ただ、お前の喋り方、仕草、魔力、そしてこの紅茶の味……お前じゃないって言う方が難しい」
既にミラの表情からは警戒はなくなっている、生前いつもワタルに向けていた笑顔がそこにあった。
「ミラねぇ……」
「それで? ワタルとしてこの世界に関わる気の無かったお前が、私の前に現れたのは……やっぱり、シエラの件か?」
相変わらず話が早いとワタルは感心する。
「うん、話が早くて助かるよ」
「今更シエラを他の男にやるのは嫌とか言わないよな?」
「シエラが僕以外の男と幸せになるの構わないと思っている。いや、そもそもこの世界に存在していない僕がとやかく口を出すものではないと思う」
シエラを残してこの世を去ったワタルにとっては、ただ、シエラに幸せになって欲しいだけだが……。
「だけど、相手がカルロス・マングースというなら話は別さ」
「どういう意味だ?」
「本当は墓場まで持っていくつもりだったけど……いや、もう死んだからいいのか? あはは」
ミラは、ワタルのふざけた様子に目を細める。
「冗談だよ、そんなに怒らないで」
「はぁ、続きを話せ」
「僕達が学園に通っていた時、カルロスは街のゴロツキを雇って、シエラを誘拐したんだ。彼は元々シエラに気があってね、囚われている所を助け出して好感度アップを狙っていたんだろう。子供の浅知恵さ」
ミラの表情がどんどん険しくなる。
「何でその事を公表しなかった?」
「僕がカルロスの事を友と思っていたからさ……」
「だからと言って、貴族の子息を拐っといて無罪放免なんてありえないぞ?」
「うん、だから彼には呪いを掛けた。一生女性に触れられることも、触れることも出来なくなる遺物を使ったんだ」
「甘すぎだ、私だったらその場で首をはねてた」
「まぁ、ミラねぇは容赦がないからね」
「それで、どうするつもりだ? 私に接触したと言う事は何か考えがあるのだろう?」
ワタルはこくりと頷き真剣な面持ちでミラを見据える。
「カルロスと接触したい」




