ルンベルにて
俺はニコニコしているワタルの方へと近づく。
「やぁ、咲太。随分時間が掛かったんだね」
「別に言い訳はしたくないけど、途中でこの人達が魔物に襲われていてな」
俺がダレン達に視線を移すと、ダレン達はワタルに向けてペコッと頭を下げる。
「ふふふ。勝負の最中に人助けとは、流石だね。なら、今回の勝負は引き分けにしようか?」
「いや、どんな訳があろうと、敗けは敗けだよ」
「僕は君のそういうところが凄く好きだよ」
「男に好かれたって嬉しくねぇからな?」
俺とワタルの間にカイテルが「あの!」と入り込んできた。
「うん? どうしたんだい、剣士君」
「サクタさんがいなかったら、俺達は三人ともデビルモンキーの餌になっていましたっ!」
カイテルが焦りなから俺の弁明をしてくれる。
「気にするな、全部俺が決めてやった事だからな。まぁ、ヤツに敗けるのは悔しいけど、お前らを見捨てるよりマシだよ」
「うっ……ありがとうございます!」
俺の言葉にカイテルは涙ぐみながら頭を下げる。
「敗者に対する罰ゲームはなんだ? 決めてなかったよな?」
俺は視線をカイテルからワタルに戻す。
「はぁ~君はこの状況でそれを言うのかい? もちろん無しだよ」
ワタルはやれやれと言わんばかりに、大袈裟にため息を吐き出す。
「いいのか? 俺に勝つ機会なんてもう二度とはないと思うぜ?」
「言うね……なら、なおさら無しだよ! 君にはいつでも勝てるからねっ!」
端から見れば、俺とワタルの間に火花が散っているだろう。
カイテルとジルは俺達の火花にあわあわしている。
そんな中「ほら、そろそろ街に行かないと日が暮れちまうぞ?」とカイテル達とは打って変わって呆れた表情のダレンは一足先に森を抜け、火花を納めた俺達もダレンに続く。
「サクタさん達は、どこから来たんですか?」
森を抜け街道を進んでいると、魔法士のジルが俺とワタルに問いかけてくる。
「ユーヘミアからだよ」
事前に打ち合わせした通り、ワタルはユーヘミア王国の王都から来た事をジルに伝える。
「そうなんですね! もしかして、お二人は貴族様ですか? なんといいますか、高そうなお洋服を着ているので」
俺はジルの言葉にチラッと着ている服に目を落とす。
あっちの世界の服装だと、明らかに目立ってしまうので、小屋にあったワタルの服を借りたのだ。
まぁ、ワタルは名家の出だし、本人も宮廷魔導師の長と言う立場だったので、着る物にもお金をかけていたと思う。
ジルは、俺達が王都から来たのと高そうな服を着ていた事で俺達が貴族かも知れないと考えたのだろう。
「ただの平民だよ。自分で言うのもなんだけど、これでも僕達はかなり腕が立つからね、お金には不自由してないのさ」
そう言ってワタルは魔石がパンパンに詰まった布袋を自分の顔位まで持ち上げるとジルは「確かに……」と何か納得したように呟いた。
「まぁ、お金も身分を証明するものも全て無くしたけどね……咲太が」
……うん? 俺っ!?
「困ったもんだよ咲太は……よりによって荷物を誤って崖から落としちゃうんだからね。無一文になってしまったよ」
「ワ~タ~ル~いつの間に俺はそんなおっちょこちょいキャラになったんだ~?」
「ははは、そう言うわけで僕達はハンター協会に登録して魔石を買い取って貰おうと思ってね」
こいつ、笑って誤魔化しやがった!
「そうだったんですね! ハンター協会ルンベル支部は私達のホームですので、案内させてください!」
「うん、よろしく頼むよ」
ワタルがニコッと返すと、ジルの顔が忽ち赤くなり惚けていた。
田宮は美少年の部類に入る……そんなヤツに笑顔を向けられたら女性は堪らないだろう。俺? 田宮の顔が十点なら俺は五点位だろう。あぁ……自分で言って悲しくなってきた……いいんだよ俺は! 紗奈にだけモテればっ!
「あっ、見えてきましたよ! あれがルンベルですっ」
上り坂から下り坂の境目で、ジルが前方を指差す。
「へぇ~想像していたよりでかいんだな?」
まだ少し街まで距離はあるが、ここからでもその大きさがハッキリと分かる。
街は十階建てビル位の高さの壁に囲まれており、中心部には白を基調にした城が建っていた。そして、その城を中心に様々な建物が渦の様に建ち並んでいる。渦の様に見えるのは、城までの道が上り坂になっているからだろう。
「僻地にあるけど、このルンベルはユーヘミア王国の中で王都を除けば五指に入る位に大きい街なんだ。そして、この街を治めているのは、武の将軍グレン・アルパトス伯爵さ」
「将軍って、お前のじいさんも将軍だったよな?」
俺は、ジル達に聞こえない位の声でワタルに確認する。
「そうだよ。アルパトス伯爵は、僕のお祖父様が亡くなってその地位を継承したんだよ。お祖父様が最も可愛がっていた部下でもあるんだ」
なるほど……今度は声のトーンを戻す。
「因みに、将軍はもう一人ミラ・マギウェル侯爵というユーヘミア王国の全ての魔導師を束ねる長がいるんだ。魔の将軍と呼ばれているよ」
ワタルは小声で「マギウェル侯爵は、僕の元上司でもあるんだ」と付け加える。
魔の将軍ミラ・マギウェル侯爵は、ワタルの祖母の弟子で幼い頃からワタルは彼女の事を姉の様に慕っていたらしい。
こいつの祖父母凄すぎだろ……。
そんな話を交えながら歩いていると、気付けば俺達はルンベルの正門に辿り着いた。
入門の際、身分証明書を持たない俺達は、カイテル達が保証人になってくれる事で仮の身分所を発行してもらい街中に入る事が出来た。
まぁ、三日以内にちゃんとした身分証を持っていかないと不法滞在の罪で罰せられるので、早いところハンター協会でランクカードを発行してもらわないといけない。
今日の宿代もないし……。
という訳で、協会に報告に行くというカイテル達と一緒に俺達はハンター協会に出向いた。
「それにしても凄く賑やかな街なんだな、いつもこんな感じか?」
ハンター協会に向かう道中、街中がまるで祭りの縁日みないな雰囲気で賑わっていたのでジルに聞いてみる。
「あ、えっとですね。五日後に領主様の長女で在られますシエラ・アルパトス様の結婚式が開かれるんです」
「えっ?」
ジルの言葉に、ワタルの足が止まる。
「うん? どうしたんだ? ワタル」
ワタルの様子がおかしい……。
「そう言えばワタルさんって、シエラ様の元婚約者と同じ名前ですね? 我が国の英雄であられるカケル様のお孫様で、この国史上最年少で宮廷魔導師団長になった天才ワタル・タマキ様……。戦死されたと聞いた時は、この国全土が悲しみに覆われたと聞きます。実際シエラ様もワタル様の訃報を知らされた後、何も口にできず命を落とされかけたと聞いています」
「ワタル、お前……」
ワタルは、俺に何も言うなと言わんばかりに指を口元に近づける。そして、ジルに向けて「シエラ……様のお相手はどんな方なんだい?」と冷静沈着に問いかける。
「たしか、マングース商会長の長男、カルロス・マングースだったはずです」
ジルから返ってきた言葉によって、ワタルの頬に一筋の汗が流れ落ちた。




