帰らずの森
「……さ……た……」
誰かが俺を呼んでいる……。
「さく……た……」
あぁ……この声はワタル……
だけど身体が気だるいし、鉛の様に重い……瞼も開けられない
「こんな所で寝転んでたらいくら君でも魔物に喰い殺されるよ? まぁ、しょうがないか『リフレッシュ』」
俺の身体が暖かい何かに包まれたと思ったら、先程までの気だるく重かった身体が嘘の様に軽くなり、俺はその場から立ち上がった。
「すまない、助かった。状態異常には掛かりにくい身体のはずなんだけどな……」
「多分魔力酔いだと思うよ? かなり濃厚な魔力の中を通ってきたからね。ある程度魔力を持っている者であれば大丈夫だけど、君は魔力がまだ身体に定着してないから魔力酔いになってしまうんだ。これは中々訓練できる物じゃないから免疫がないんだよ」
「なるほど。それで……着いたのか?」
「あぁ、問題なく予定していた場所にね」
俺は周辺を見渡す。
鬱蒼とした薄暗い森の中に俺達はいた。そして、目の前にはドアのない小さな小屋が建っている。
「この小屋は?」
「あぁ、生前僕が使っていた隠れ家みたいなものだよ」
ワタルはそう言ってドアに近づき魔力を流す。
すると、徐々に小屋の壁からドアが浮き出してくる。おそらく、ワタルが解除しないと入れないように結界みたいなものが施されているのだろう。
「さぁ、付いてきて」と言って、小屋の中に入って行くワタルに続いて俺も小屋のドアを潜った。
中に入ると二十畳はありそうな屋内は生活感は感じないが、綺麗に整頓がされていた。
壁一面には本がぎっしりと詰まった本棚や、部屋の中心には大きめのテーブルが置いてあって、そこにはビーカーやフラスコの様な実験道具が綺麗に並べられていた。
「君、これくらいの剣を使ってたよね?」
そう言うとワタルは、部屋の端に置いてあった長剣を俺の方へと手渡す
。
「あぁ、よく覚えていたな? 丁度良いサイズだ」
刃渡り1.5メートル位あるその剣は分厚い刃を持っており、良く切れると言うよりは壊れない事に重点をおいた剣と言えるだろう。そして、それは俺が以前こっちにいた時に使っていた剣と遜色ないサイズだった。
「何度もこの身に受けた剣だからね、イヤでも覚えてるよ」
「何度も受けてケロッとしてたくせに……」
俺は嫌味たっぷりに返す。
「あはは。それは君も同じさ。僕の自慢の魔法を受けてもその剣を振るう手を止めようとはしなかったじゃないか?」
「ははは。どっちもどっちだな」
「まったくだよ。さて、君の具合も良くなったようだし、近くの町に移動しよう」
「因みにここはどこら辺なんだ?」
「ここは、生前僕が住んでいたユーヘミア王国の最西端にある、帰らずの森の深部さ」
「物騒な名前の森だな?」
「それだけ、強力な魔物が多いのさ。僕はよく休暇を取ってこの地で、読書をしたり、研究をしたり、魔物を倒して鍛練をしたりしていたんだ。鍛練にはもってこいの場所だよここは」
ワタルは懐かしそうに部屋の中を見渡す。
「町に辿り着くまで鍛練も兼ねて路銀を稼ぐって事でいいか?」
「ご名答! 流石だね。この小屋には生憎金目の物がないんだ。この地で過ごすのにお金は要らないからね。魔物を狩って魔石だけ抜いて持っていけば、結構な稼ぎにはなると思うよ?」
ワタルの話によると、この世界に蔓延る魔物の額には魔石が埋め込まれており、それが生命源を担っている。
生命源と言っても、どういう原理か分からないがそれが魔物の弱点ではない。
魔石というくらいなので、強力な魔物になればなる程それに見合った魔力が閉じ込められている。
魔石は、この世界で生活する上で欠かせない魔道具などのバッテリーの役割をしているため、需要が途切れる事はないという。
そして、その魔石を買い取ってくれる所がハンター協会。
異世界系の物語に良く出てくる、冒険者ギルドみたいな所だが、少し違うのは彼らは魔物を狩る事を生業としているところだろう。テンプレな猫探しとか、薬草採取とかの仕事は受け持っていない。
その様な仕事は、ハローワークみたいな仕事斡旋所で引き受ける事が出来る。
ただ、魔物を狩り、魔石や魔物の使えそうな部位を集めるのがハンターの仕事だ。
まぁ、危険な場所への採取時の護衛や、商会の護衛なども受け持つがそんなに多くはないという。
「登録するのか?」
そう、これもまた良く有りがちな制度だが、ハンターギルドにはランクという物がある。
下から、F→E→D→C→B→A→Sと7段階で、ランクによって受けられる仕事に制限があり、よっぽど特別な事がない限り最初はFランクからのスタートになる。
最上位のSランクになるためには、単独でドラゴンを討伐する必要があり、この世界で数える程しかいないという。
「登録した方がいいんじゃないかな? 身分証がないと色々と不便だからね。後、登録しないと魔石の買取価格も安いんだ。ランクには興味ないけど、あって困る物じゃないから」
「じゃあ、登録しよう」
ワタルが言うなら間違いないだろう。こいつは、俺よりこっちの世界について知っている元住人だからな。
「ここからだと、ムンベルの町が一番近いからそこを目指しながら魔物を狩って行こう。全部相手にすると時間が掛かるからCランク以上の魔物だけを狩る事にしよう。ランクの区別は分かるよね?」
「あぁ、問題ない」
魔石は魔物の額に埋め込まれている魔石の色によって次の様にランクが決まっていく。
(F)白→(E)青→(D)黄→(C)緑→(B)赤→(A)紫→(S)虹
参考までにCランクの魔石で、一家(四人家族)が使用する魔道具の約1ヶ月分の魔力を補えると言われている。
因みに魔石のサイズは、魔物の大小関係なく卵位のサイズらしい。
「ただ魔物を狩るのもつまらないし、競争するのはどうだ? 森の出口までどっちがより多くの魔石を手に入れられるか」
ワタルは一頻り説明を終え、俺に提案してくる。
「いいぜ? 楽しそうじゃないか」
「じゃあ、はい」と言ってワタルは俺にスーパーの買い物袋サイズの布袋を渡してきた。ここに狩った魔物の魔石を入れて運ぶのだろう。
「負けねぇぞ?」
「そっくりそのまま返すよ」
位置について、よーい……どん! で俺達は同時に地面を蹴った。
ランクをF→Sに変更しました 20.2.6




