心の棘
「よしっ、戻るか!」
一頻り悩んだ後、俺は三上の亡骸を持って紗奈達の待つ一階に戻った。
俺の姿に気付いた紗奈は、俺が手にしている三上に一度目線を落とし、戦いが終わった事を確信したのか「お疲れ様です、サク」と労いの言葉を掛けてくれる。
「あぁ。本部に連絡は? あの二人、早く治療しないと危ないんじゃないか?」
「もちろん、終わってます。ヘリで向かってるとの事なので、そんなに時間はかからないと思います」
「そうか」
「サク……どうしました? あのオジサンと何かありましたか?」
俺の様子がおかしいとおもったのか、紗奈は心配そうな顔で俺に訊ねる。
「な、何でもないよ!」
紗奈に弱いところは見せなくないので、俺は今作れる精一杯の笑顔で返した。
「そうですか……」
紗奈は何か察したように、それ以上俺に訊いてくる事はなかった。
「あの……」と背後から声がして振り返ると憔悴しきった様子の御堂筋課長がいた。
「御堂筋課長、終わりました。もう大丈夫です」
「ごめんなさいっ!」と御堂筋課長は俺達に頭を下げる。
俺は慌てて頭を上げるよう促すが、彼女は頭を下げたまま続けた。
「あなた方のお陰で助かりましたわ……愚かな私の見栄の所為で大事な部下を失うところでしたわ……あなた方がここにいなかったと思うと……」
御堂筋課長の足元にポツポツと涙が落ち、床を湿らす。
「頭を上げてください。確かに俺達の事をバカにされた事は多少ムカついてはいますが……」俺は一旦言葉をを切り、一課の面々を見渡し、続ける「その所為であなた達は十分痛い目にあった。みんな生きているんですから、この経験が今後のあなた達の糧になると信じています」
「はい、必ず……」
御堂筋課長は下げた頭を戻し、真っ直ぐな瞳で俺を見据える。
バタバタバタ--ーーーーー
外からヘリが近づいて来る音が聞こえる。どうやら応援が来たようだ。
彼らを誘導するため、俺と紗奈は外に出て合図を出す。
中にいた時は気付かなかったが、ぽつぽつと雨が降っており、その雨によって地面が雨色に染まっていた。
ヘリが屋敷の敷地内の空いているスペースに着陸するや否や人影が飛び出してきた。
美也子さんだ。
「加代はっ!?」
開口一番、居ても立ってもいられない様子の美也子さんは、御堂筋課長の安否を聞いてくる。
「御堂筋課長は無事です。ただ、二人ほど重傷者がいます、すぐに治療が必要です」
美也子さんは俺の言葉に軽く頷き、救護班に指示を出す。
すると御堂筋課長が、玄関付近に現れた。
美也子さんは、「加代!!」と叫び御堂筋課長の方へと走っていく。
「美也ちゃん!」
二人は距離をつめ、そして抱き締めあう。
「馬鹿加代! 私がどれだけ心配したかっ! お前は昔っから私に心配ばっかりかけてっ!」
「ううっ……美也ちゃんごめんなさいっ! ごめんなさいぃぃ……」
「無事で良かった……馬鹿加代っ! お前を行かせた事をどれだけ後悔したことか」
「うわあああん」
美也子さんと御堂筋課長のやりとりを、俺は眺めていた。
「もうっ、最初から二人とも素直になればよかったのですっ!」と紗奈はぷいっと背を向ける。頻りに目の辺りを裾で拭っている様に見え、俺は紗奈のセリフをそのまま返そうと思ったが、女々しい感じがして止める事にした。
「咲太君、お疲れ」
美也子さんに続いてヘリから降りてきた海さんが、俺の肩に腕を回してくる。
若干、寒気はするが……海さんの事を無下には出来ないので耐える事にした。まぁ、紗奈が「五秒数える内にサクから離れないと、本当の女の子にしますよ?」と凄んでいてため、五秒になる直前秒で海さんは俺を解放してくれた。さすが元レーサー。体内時計は正確だ。
「それより、何で海さんが?」
普段だったら車両担当の海さんではなく、玄さんとか、真紀とかが来るはずなのに……。
「ふふっ。美也ちゃんが君達は疲れているだろうからヘリに乗せるって言っていたんだ。そうなると、僕の可愛い子供が置き去りになってしまうからね……」
「そうでしたか。お疲れ様です」
「海さんには悪いですが、帰りもサクと二人っきりのドライブがいいですっ!」
「いやだよっ!? 僕の子は返してもらうからねっ!」
何このやりとり……めんどくさい……。
「俺はヘリで帰るから、ドライブがそんなに良いなら紗奈は海さんと戻ったら?」
「「はぁっ!?」」
えっ? 何? 二人とも怖いんだけど……。
「咲太君、それはないわ」
「取り敢えず三回程刻んでいいですかっ?」
こわっ! 刻まれるような事っ!?
「ごめん、何か色々と疲れているんだ」
「そうですか……ごめんなさいアタシったら自分の事ばっかりで」
「いや、紗奈は悪くないよ」
「ドライブはお預けにします、海さん、すみませんが車をお願いします」
「了解! 僕の子供はどこかな?」
俺は、車を停めた場所を海さんに伝える。
「わかった、またね二人とも」
海さんは手を振りながら車が停まっている場所へと向かった。
「いいの? 俺と一緒で……」
「サクと一緒がいいんです! さぁ、ヘリに乗り込みますよ?」
俺は紗奈に手を引っ張られヘリに乗り込んだ。
横並びの席に紗奈と並んで座る。
窓から外を見ると、ちょうど桂木達をタンカに乗せて運んでいた。
そして、美也子さん達がそのタンカと同じ歩幅でヘリに向かっている。
そんな俺の手に温もりか伝わってくる。
「紗奈……」
「辛いですか?」
だめだ、紗奈には弱いところを見せたく無かったのに……。
「少し分からなくなったんだ」
俺の手を握る紗奈の手に少しばかり力がこもる。
「あっちで散ってしまったみんなの為に何か人様の役に立てる事をしようと思ってたんだ」
紗奈は静かに頷く。
「別に三上の事が好きだったわけじゃない、寧ろ嫌いだった。だけど、そんな三上も俺の中では“みんな”の一人だったんだ。そんな“みんな”の一人をこの手に掛ける事が、人様の役に立つなんて少しやるせなくて……あっ……」
紗奈が俺の頭を包み込む様に自分の胸元に引き寄せる。
女性ならではの柔らかさから、紗奈の忙しく響く鼓動が俺の頬に伝わる。
「ちょっ、紗奈さん?」
俺はチラッと紗奈に視線を移すと、紅潮した顔で口を開く。
「サクは馬鹿です!」
「ーー!?」
「サクが生き延びて日本に帰ってこれたのはサク本人の力です。アタシは今こうしてサクの隣にいれますが、もし、そうでなかったとしても、アタシのために何かして欲しいとは思いません」
「だけど……」
「舐めないでくださいっ! アタシはサクのために戦い抜いた訳じゃないですし、あっちで散って逝ったみんなもきっと同じハズです。あなたが勝ち取った人生です、サクはサクの好きな様に生きればいいんです。他の人は分かりませんが、少なくともアタシはサクが好きな事をやったからってサクを恨んだりはしません。これはサクが頑張って勝ち取った権利なのだからっ!」
「紗奈……」
「だから、サクがあのオジサンのせいで心を痛めるのはアタシが許しませんっ!」
心に刺さっていた棘が抜けていく感じがした。
「ありがとう紗奈……凄く楽になった」
「ふふふ。良かった」
紗奈は花が開いた様な笑顔を俺に向ける。
その後、負傷者を乗せたヘリはその場を離れた。
雨足は段々と強くなっていくが、俺の心は反対に少し晴れた気がした。
いつも読んで頂き、ありがとうございます!
感想・評価・ブックマークよろしくお願いします!
評価は最新話の下部からできます。
セリフを一部変更しました。2019-12-22
「誰がサクにそんな事頼んだのですか? サクが生き延びて日本に戻ってきたのは、サク1人の頑張りです。少なくともアタシはサクにそんな生き方してほしくないっ! あなたが勝ち取った人生です、好きに生きてほしいです」
↓
「サクが生き延びて日本に帰ってこれたのはサク本人の力です。アタシは今こうしてサクの隣にいれますが、もし、そうでなかったとしても、アタシのために何かして欲しいとは思いません。」
「だけど……」
舐めないでくださいっ! アタシはサクのために戦い抜いた訳じゃないですし、あっちで散って逝ったみんなもきっと同じハズです。あなたが勝ち取った人生です、サクはサクの好きな様に生きればいいんです。他の人は分かりませんが、少なくともアタシはサクが好きな事をやったからってサクを恨んだりはしません。これはサクが頑張って勝ち取った権利なのだからっ!」




