判断ミスの代償
車を走らせること一時間強。発信機の反応がある場所へと到着する。
時刻は午後五時半、普段であればまだ明るい空が、梅雨明け間近の本日の空は生憎の雨模様。
空を覆う灰色の雲は、今にも泣き出しそうな雰囲気を醸し出していた。
「こ、ここであっていますわよね?」
一課の課長である御堂筋加代子が、目の前の目的地を見ながら確認をとる。
「は、はい! 発信機の反応は確かにここを指しています」
御堂筋の質問に対して、先ほどまで車のハンドルを握っていた上尾一二三が手に持っているタブレットに目を落としながら答えていた。
見下ろせば一直線の水平線が美しい海が広がる断崖絶壁。その上に存在する発信元である欧米風の屋敷は、おそらく別荘か何かだろうと思わせるほど、生活観があまり感じられない。また、荒れ模様の天候と相俟って、ホラー映画か何かに出そうな程に奇奇怪怪な存在感を漂わせていた。
そんな雰囲気に御堂筋はやや緊張した面持ちで、ゴクリと喉を鳴らす。
今回の件は、一課だけで対処すると決めてはいる……が不安はまだ残っている。だけど、それを部下達に悟られる訳にはいかないので、一瞬で表情を戻し部下達に指示を出す。
「各自、武装着用」
御堂筋のその言葉にメンバーは車のトランクから防弾チョッキとハンドガンを取り出す。そんな中、遠藤レンだけは彼女の得意な得物である、群青の鞘に入った刀を手にしていた。
準備が整い、御堂筋は一列に並んでいる自分の部下達と向かい合う。
「敵は未知数……ですわ。だけど、私達ならいつもの様に任務を完遂出来ると信じていますわ! さぁ、行きますわよ!」
加代子が部下達に発破を掛けると、彼らはやる気に満ち溢れた表情で「はいッ!」と答え歩みを進めた。
そんな一課の面々を遠目から気付かれないように監視している者達がいた。
「おっ? 出発したみたいだぞ? 俺達も行くか?」
「え~もう少しサクと二人っきりで過ごしたかったのですが……」
咲太の右腕にしがみ付いている紗奈は、不機嫌そうな声を出す。
「そんな事していたら、あいつら死ぬぞ? 二人っきりで過ごす事なんていつでも出来るだろ?」
「いつでも……ふふふ、そうですね」
何が嬉しかったのか、先ほどの不機嫌な表情から一変した紗奈は咲太にしがみ付いていた腕を放す。
「行こう!」
咲太と紗奈は急ぎ足で、一課の背中を追った。
◇◇
一課の面々は、刀の柄に手を掛けて周囲を警戒しているレンを先頭に屋敷に向かって庭を横切って行く。
そして、年季の入っている木製の玄関へと近づくとレバーハンドルに手を掛けたレンは、ドアに施錠がされていない事を確認し、「開けます」と一言断りをいれてゆっくりとレバーハンドルを引く。
玄関を開くとそこには吹き抜けのだだっ広いホールがあり、両サイドを二階へ向かうやや曲がりくねった階段がホールを包み込むように設置されている。
そして、左右の階段の丁度中心部には所々錆付いている金属製の檻が放置されており、その檻の中には十は優に超える人達がまるで獣の様な奇声を上げ、一斉に一課の面々を出迎える。
「あ、あれが『憑依者』?」
あまりにも異様な光景に御堂筋はやや怯む。
「はははっ、何かと思えばただの気違いじゃないですか」
桂木は御堂筋とは反対で余裕といった様子だ。
鱸、上尾も桂木同様に一瞬で緊張感がとけたのか、笑みがこぼれる。
「気を抜かないで下さい!」とレンはそんな彼らに忠告を促すが、
「おいおい、遠藤君。君はなんだね? あんなのただの的にすぎないだろう? 最近、一課《我々》の最大戦力と言われて調子にのってるんじゃないか?」と桂木は、レンの忠告は聞き入れず、逆に訳の分からないいちゃもんをつくが、レンはまるで桂木の声を遮っているように反応する事はなかった。
無視された事によって怒りが積もる桂木は、レンに突っかかろうと手を伸ばすが「やめなさい」と御堂筋に注意され、舌打ちをして伸ばした手を引っ込める。
「何かいます!」
レンは二階を指差し言い放つ。
二階には影が三つ。
紗奈と対峙したパンクファッションを身に纏ったバッカスとローリー、そして制服を着ている高校生くらいの少年だった。
制服の少年が口を開く。
「どちら様ですか? 今日は来客の予定はなかったはずですが」
「我々は、防衛省所属国家防衛本部第一課の者達だ。そっちの二人を大量誘拐殺人事件の重要参考人として、我々に渡してもらいたい」
「と、言っていますがどうですか? お二人さん」
「知らないな、人違いだ」
「いひひひっ」
バッカスとローリーはワザとらしいく否定する。
「この通り違うと言っておりますので、どうぞお引取りを」
「ふっ、ふざけるなっ! 我々はその二人についている発信機を追ってここまで来たのだぞ! それになんだあの気違いの者達はっ!」
桂木は唾を飛ばしながら怒鳴り散らす。
「発信機? ローリー、バッカス。そんなもの付けられていたのですか?」
「わ、分からないのさ! 信じてほしいのさミカエル!」
「ちっ、あの殺戮者が簡単に俺達を見逃したのはそう言う事か……」
バッカスは心辺りがあるようで、忌々しい顔を浮かべていた。
「つまり、彼らは服部達の仲間と言う事かな? なら、お帰りいただくのは無しですね」
「元々、タダで帰ろうとは思っていない!」
「とりあえず、彼らの相手をしてもらいましょう」
桂木の言葉をスルーしている制服の男が天井にぶら下がっている輪っかのついた鎖を引っ張ると、檻の扉が上に上がり、中にいた者達が我先と一課の面々に襲い掛かる。
「来ます! 速いっ!」
レンの声に、各々気を引き締めるが、迫り来る『憑依者』の人間離れしたしたスピードに驚愕する。
「なんだよ! この化け物じみた速さは!」
向かってくる『憑依者』達に向けて発砲する鱸は、彼らの速さに命中させる事ができない。
「くそっ! くそっ! 何なんだこいつらは! 何なんだ『憑依者』ってのはっ!」
先ほどまで余裕のだった桂木でさえ、眼前に起きている事に理解が追いつかずパニック状態に陥っているが、それでも生存本能が働いなのか、自分に迫り来る『憑依者』に向けて発砲し、それが命中する。
「やったか!」
着弾した『憑依者』は、一瞬怯むが何事も無かったように体勢を持ちなおし桂木の腕に粗暴に食らい付く!
「ぎゃあぁぁっ! 離せ! 離せ!」
桂木は自分の腕をぐちゃぐちゃと音を立てて貪っている敵を何とか引き離そうと殴ったり蹴ったりとあらゆる手を尽くすが、ビクともしない。逆に身動きが取れない桂木の太股にまた別の『憑依者』が、食らい付く。
「ぐあぁぁっ! 痛い! 痛い! 助けてええぇっ!」
「桂木君!」
御堂筋の目には、苦戦しながらも『憑依者』を相手にしているレンと上尾よりも、全身から血を流しながら『憑依者』達に喰われている桂木と鱸の方が鮮明に映る。泣き叫ぶ彼らの様子はまさに阿鼻叫喚といった様子で、御堂筋加代子の心を折るには十分な地獄図だった。
「あ……」
(こんなはずでは……いつも通り余裕で完遂できるはずでしたわ…………いいえ 本当は分かっていたのでは? 美也ちゃんがあれだけ言っていましたわ、服部君と室木さんの尋常ではない身体能力に、彼が言った一分も持たないという言葉……私は分かっていましたのに……下らない自尊心のために部下を死地に追いやって……私のせいで、私のせいでッ!)
御堂筋の頭の中では様々な単語ががぐちゃぐちゃになってグルグル回っていた。
パンッ!
「へ?」
御堂筋の頬っぺたに熱を感じる。そして、ジンジンとした痛みも。
「しっかりして下さいっ!」
「レンさ……ん?」
「しっかりして下さい! 死にますよ!?」
「ご、ごめんなさい……貴女の言う通りでしたわ……私は愚か者ですわ」
「ふざけないで下さい! 今更そんな事言ってもしょうがないでしょっ!」
「でも……いえ! レンさんと上尾君は桂木君達を助け出してください! 私は本部に応援を要請しますわ」
「承知いたしました!」
レンはそう言って、桂木が襲われている場所に向けて駆け出す。
咲太達程ではないが、常人離れしたスピードで一気に距離を縮め、夢中で桂木に食らいついている『憑依者』達のクビを落とす。
「立てますか? 桂木さん」
「いや……だ……た、食べないで……」
桂木は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で呪文の様に同じ言葉を繰り返す。
「ちっ」と軽く舌打ちをしたレンは、桂木を左手に持ち、鱸を助けようとしている上尾の所へと足を急がせる。
そして、桂木同様に鱸を助け出し、一度御堂筋のいる場所まで後退する。
「酷い……」
桂木と鱸の食われた腕と足には殆ど肉は残されておらず、白い骨が露になっていた。
パチパチパチ
「君達、ただの人間の癖にやるじゃん! いくら雑魚の壱式でも普通の人間には驚異なんだよ? 特にそこの刀のお姉さんは素晴らしかったよ」
制服の少年、ミカエルが嬉しそうな顔で拍手をしていた。
だが、一課の面々はミカエルの言葉に戦慄したのだ。壱式が何を指すかは大体予想はできる、あの自我を失った獣の様な人達の事だろう。ミカエルは奴等の事を雑魚といっているのだ。
瞬く間に自分達の戦力の半分を削ったあの化け物達を。
「さて、バッカス。君が行ってきて終わらせてきなよ? あ、あの刀のお姉さんはいかしておいてね、使い勝手が良さそうだから」
「分かった」
バッカスは2階から飛び降り、そして、レン達の前に立つ。
「私が行きます。上尾さん、後ろは頼みました」
「は、はい!」
シュン! っと刀を縦に振り血糊を落とす。
「では、行くぞ?」
バッカスは一瞬でレンの目の前に現れ、右腕を振り下ろす。
目では追えないが、殺気を感じ取ったレンは紙一重でその攻撃を避ける。
「へぇ?」
まさか避けられるとは思っていなかったのか、バッカスは少し驚いた顔をした後に口角をあげる。
「ほら、どんどん行くぞ?」
バッカスは更に拳を繰り出す。技術もクソもない相手を舐めきった単純パンチを繰り出すのだが、それでもレンにとっては今まで対峙したどんな強者の拳よりも強力だった。ガードしている腕が痺れてくる。このままでは……。
「しまった!」
拳ばかりに気をとられていたレンに、バッカスの鞭の様にしなやかな回し蹴りが襲う!
「きゃっ!」
ガードの上とはいえ、人間離れした男の蹴りを食らったレンは壁に吹き飛ばされ、立ち上がる事が出来ずにいた。
「そんな……レンさんがあんなにあっさり……」
目の前の光景を信じられない様子で眺めている御堂筋は、この男が先程の『憑依者』達とは明らかに違うと嫌でも気づかされる。
あの二人がいれば……と、やはり自分の判断は間違いだったと改めて思い知らされる。
(皆さん、ごめんなさい……)
自分の置かれている絶望的な状況に、御堂筋加代子の両目には涙が溢れ出していた。
「ミカエル他の奴等は殺しちゃっていいんだよな?」
「はい。生かしておいてもそんなに使い道が無さそうですし」
「というわけだ、悪いがお前らはここで死んでもらう」
御堂筋は心ここにあらずと言った感じでぼーっとしており、上尾は全てを諦めた顔で両ひざを地面につける。
バッカスは御堂筋の細い首を掴むあげる。
「うっ……ううっ……み、美也ちゃん……」
御堂筋は涙を流しながら美也子の名前を呼ぶ。物心ついてから長い時間を一緒に過ごした美也子との思い出が彼女の目に走馬灯の様に過ぎていく。
「美也ちゃん……ごめんなさい!」
と御堂筋が死を覚悟したその時――
ドカッーン!!
轟音を立てて重圧な玄関の扉が吹き飛ぶ!
「なんだ!?」
全員の視線が玄関に向く。
「すみません、遅れました。大丈夫……じゃなさそうですね?」
「最初っから、アタシ達に任せればよかったのです。そうすればこんな痛い目に逢わずにすみましたのに」
「まぁ、そう言うな紗奈。それより」
咲太は一瞬でバッカスに詰め寄り、御堂筋の首を掴んでいる手首を握り絞める。
「なぁ、その人から手を離してくれないか? 俺の上司の大事な妹分なんだよその人」
「ぐっ、は、離せ……」
「お前が離せよ」
咲太は更に力を込め、そのまま手首を握り潰した。
「ぐあぁぁっ!」
手首を抑え蹲っているバッカスを咲太はラグビーのフリーキックの要領で二階に向けて蹴り上げると、バッカスは弾丸の如きスピードで二階に備え付けてある扉に突き刺さる。
「――ッ!?」
咲太はバッカスの行く末など気にせず、御堂筋の元へと腰を落とす。
「遅くなってすみません、室木課長の指示により助太刀に来ました!」
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