課長 室木美也子の憤り
福島から戻った俺は、報告のために六課に向かった。
「ただいま戻りました」と声を発しながら俺は一人事務室に入って行く。海さんは車のメンテをすると言って駐車場に残っている。
「ご苦労だったな咲太」
美也子さんから労いの言葉をいただく。事務室には鈴さん、玄さん、東城さんがいた。
「お帰りなさいませ……」「ご苦労」と鈴さんと玄さんは美也子さんに続き労いの言葉を掛けてくれる。
東城さんだけは、チラッと俺の方を見たと思ったらすぐに、パソコンのモニターを気だるそうに眺めていた。
まぁ、東城さんは俺だけじゃなく誰にでも同じ様な反応なので、そんなに気にはならない。
俺が美也子さんの座っているソファーの前に腰掛けると同時に鈴さんがコーヒーを出してくれる。
俺は「ありがとうございます」と一言鈴さんにお礼を言い、コーヒーを一口飲み込み『ふぅ』と息を吐く。
「電話で簡単に話は聞いたが、報告を頼む」
「はい」
俺は順を追って昨日の出来事を美也子さんに報告した。
「ふむ、そうか。無事に帰って来て何よりだ」
「えっ? 俺の事心配してくれてたんですか?」
美也子さんが珍しく優しい! こ、これは旦那さん効果なのか!?
「ば、バカもん! 上司が部下の心配をするのは当たり前だろ! まったく!」
美也子さんは顔を真っ赤にして顔をぷいっと背ける。うん、いつもの酷い美也子さんとのギャップが凄すぎる!
「ごほん!」とワザとらしい咳をした美也子さんは、俺に顔を向けて再び口を開く。
「実は、紗奈たんも昨日『憑依者』と一戦交えた」
「そうですか」
「うん? それだけか? 紗奈たんの事が心配にならないのか?」
美也子さんは、意外そうな顔で俺を見る。
「え? 紗奈が戦ったんですよね?」
「あ、あぁ……」
「なら問題ないですよ。紗奈の強さは俺が良く知っているので。伊達に戦場で背中を預けていませんからね。ははは!」
紗奈は強い! 俺が戦っても苦戦するだろう。特に紗奈の本気のスピードは俺でも捉えるのが難しい。
目で追えないスピードで的確に急所を狙う紗奈の斬撃は舌を巻く程に見事なもので、紗奈を除く他の仲間達に同じ事をやれと言っても、真似できる者はいないだろう。
「ふん! その余裕が気に喰わないが、その通りだ。昨日三体のカテゴリーBと対峙したが二体は逃がしたらしい。本当はその場で退治できたと言うのだが、そのタイミングでその部屋に放置されていたかなりの数の死体がカテゴリーAへと変異しようとしたため、そっちの対処を優先したらしい」
「まぁ、俺達に取っては大した事ないですけど、カテゴリーAだって十分人々の脅威ですからね、それもかなりの数ともなれば……紗奈の判断は正しいと思います。ただ、逃がした奴らを早く探さないと……」
美也子さんは軽く頷き、ニコッと笑う。
「そこは、流石の紗奈たんだ! 奴らに発信機を付けていたんだ! 恵美たん、奴らの居場所はつかめているんだろうな?」
「メンドイけど……」
東城さんは、言葉通り面倒そうに大型モニターに地図の様なものを映す。そこには、赤く点滅している点が二つあった。
「咲太! 戻ってきて早々に悪いがこの場所に向かって対処してほしい。万が一のため紗奈たんにも同行してもらう。紗奈たんには学校が終わり次第、準備してこっちに来るよう指示してある」
「了解しました!」
美也子さんは、俺の返事に頷き「紗奈たんが来るまでゆっくりしてろ、私は定例会議に出席してくる」としかめっ面で事務所から出て行った。
よっぽど会議に出たくないんだろうな……。
◇◇
「はぁ~めんどくさい……」
咲太の上司であり、六課の責任者である美也子は溜め息を吐きながら廊下を歩いていた。
「よっ! 室木。辛気臭い顔してるなぁ?」
「ちっ。三瓶か……」
「おいおい、舌打ちする事はないだろう」
この男は三瓶徹。美也子の同期で二課の課長だ。
やや癖っ毛気味なツーブロックのベリーショートが見事に似合わない角ばった厳つい顔は、見るものに嫌悪感を与える。本人はかっこいいと思っているから尚更タチが悪い。
「相変わらず似合わねぇ頭しやがって! お前なんて角刈りで十分なんだよ! この筋肉ゴリラ!」
そして、この男。美也子と並んだら子供と大人と思われるくらい“デカイ”。
二メートル近い身長に彼のボディービルダー並に鍛えられたカラダは、見るものを圧巻させるほど威圧感が漂う。
「筋肉ゴリラか! ふむ。悪くない! ゴリラの筋肉はかっこいいからな! 誉め言葉として受け止めよう! はーはははは!」
残念な事に頭の中も筋肉で出来ているようだ。
「はぁ~お前の頭は幸せそうで羨ましいよ」
「はははは! 人間、笑って過ごせば大概の事は乗り越えられる! そうだ、お前の所にまた新人が入ったそうだな?」
「あぁ」
「どうだ? そいつ、強いのか?」
「化けモンだ。お前なんて十秒持たないんじゃないか? いや、紗奈たん相手でも十秒持たなかったんだ、一瞬だろうな……ヤツは紗奈たんより強いからな」
その実、三瓶は紗奈に模擬戦を吹っ掛けて、十秒で敗北している。
「おいおい、それが本当なら一度手合わせ願いたいもんだぜ!」
だが、この男は懲りないのだ。
「その内、な……」
美也子は暑苦しい同僚の熱情を軽くかわし、目的の場所である第二小会議室の前で立ち止まる。
そして、「はぁ」と何度目か分からない溜め息をついて、ドアノブを回す。
ドアを開けて入るとそこには丸い机とそれを囲むように七つの椅子が並べられていた。
「おっせーんだよ! ちゃっちゃか席につけ!」
チラッと時計を見ると時刻は十四時ジャスト。
時間通りだろう! と突っ込みたい美也子はグッと堪えて席につく。
丸いテーブルには、美也子と三瓶を除く三名が先に席に着いていた。
一課長 御堂筋加代子。真っ白な肌に黒い艶のある髪で前髪を一直線に切り揃えた、まるで日本人形の様な大和撫子。
三課長 加藤鷹史。茶色いウェーブのかかった長髪を携えた、見た目通りのチャラ男。
そして、一、二、三、六課を統括している、統括部長の室木修。眩いスキンヘッドがチャーミングポイントの強面アラフィフティーで、美也子の叔父にあたる。
なぜ四、五課がないのか……、六課はその活動内容により公式的に存在しない組織なのだ。六=無。と言うことで六課と名付けられた。
「あっら~無法者を纏めている六課長は、時間も守れなくって?」
御堂筋加代子が、見下すように美也子を嘲笑う。
「うるせぇぞ? 加代子。精子くせぇから口を開くな。お前昨日ドンだけヤったんだ?」
「な、な、な、何て事を! 貴女と違って、わ、私は結婚するまでは殿方とそんなお下劣な事はいたしません!」
「お下劣……って。そんなんだから売れ残るんだよ! 私はちゃんと結婚してダーリンとラブラブだ! 負け犬が!」
「ひ、ひどい……」
加代子は今にも泣きそうになっている。
「やめんか!」
修が机を拳で叩きながら怒鳴りつける。
「だってさ、おさおじ。こいつが私の部下の事を――」
「業務中はおさおじって呼ぶなって言ってるだろうが!」
おさおじ、もとい、部長は少し照れながら美也子を咎める。
「だって、物心ついた時からそう呼んでるんだぜ? 今更治るかよこの癖が……それとも、もう二度とおさおじって呼ばない方がいいのか?」
「それは、困る!」
部長は、自分の兄の子である美也子が可愛くてしょうがないのだ。
「だったらいいじゃんか」
「だけど、公の場では改めて欲しい! 身内贔屓してるみたいでだめだ」
「ふん! わかったよ!」
「わかったよ! じゃないだろう!」
「わかりましたッ!」
そんな二人の様子を御堂筋は「全く毎度毎度迷惑ですわ!」と洩らす。
毎度の事らしく、他の三人の課長は二人のやり取りにウンザリした様子だ。
「ゴホン! では、皆忙しいだろうしちゃっちゃか定例会議に移ろう」
部長である修は一度咳込んで仕切り直す。
そして、一課から各々共有事項を報告していく。
「じゃあ、最後に室木課長」
「はい。ここ最近……」
美也子は、咲太の加入。そして、ここ数日の『憑依者』に対する処置等を報告していった。
「そして、今日これから発信器を仕掛けたカテゴリーBと思われる『憑依者』を討伐しにいくつもりです」
「うむ。そうか……」
修は目を閉じながら考えにふける。
「部長!」
そんな修に向けて、加代子が進言する。
「本当に六課が必要ですの? そんな訳の分からない輩なんて私の部下達で十分対応可能ですわ。わざわざ国民の血税を使って存続させる程の価値はないと思いますわ!」
そう言いきって加代子は、美也子に勝ち誇った顔をしていた。
「と、言っているが。お前の意見はどうだ?」
加代子の発言に対して美也子に意見を求める。
「じゃあ、お前らの課で対処してみろ。お前のせいでお前の奴隷達が全員死んだとしてもクレームは受け付けないからな?」
「ど、奴隷じゃありません! よろしいでしょ! 私の可愛い部下達の活躍を指を咥えて見てるがいいですわ!」
「と言う事で、このバカがヤるっていっているので、六課は抜けます」
「ま、待て! 一課で対処できるのか? 奴等は化け物なんだろ!?」
慌てた様子の修は美也子に問いかける。
「このバカは自分の部下を一人残らず殺されても良い覚悟で六課《私達》に喧嘩を売ってきています。ヤらせてあげては?」
「心外ですわ! 私の優秀な部下達が貴女の所のゴミ—―うぐっ!」
加代子が咲太達をゴミと言った瞬間、対面に座っていた美也子は机を飛び越して、加代子の細い首を掴む。
そして、感情の籠っていない表情で「加代、昔のよしみで一回だけは許してやる。だが、次にまた私の部下をゴミ呼ばわりしたら……地獄に落としてやる……」
確かに寄せ集めの無法者の集団かもしれない。
ぶっちゃけると、美也子も最初は六課の責任者に任命された時は嫌でしょうがなかった。
だけど、彼らは自分の命を惜しまず国の平和の為に、いつも命の危機を省みず戦ってくれている。愚痴の一言も洩らさずにだ。
美也子はそんな彼らが誇らしく、部下として、否、家族としていとおしくて堪らないのだ。
そんな家族を侮蔑される事は彼女にとって最も許せない行為なのだ。
「み、美也ちゃ……ん」と加代子は泣きそうな顔で美也子を見つめていた。
「ちっ!」と、美也子は舌打ちをして、加代子の首を掴んでいた手を離す。
「今のは、加代ちゃんがいけないっしょ? 自分の部下をそんなゴミ呼ばわりして怒らない人間なんていないっしょ?」
二課長の加藤が両手の人差し指を“いぇー”って感じで突きだして発言する。
「と言うことで、加代……御堂筋課長にこの件は譲ろうと思います」
「うむ……本当にやれるのか? 御堂筋課長」
「は、はい! 一課が見事に解決してみせますわ!」
加代子は涙を引っ込めて、先程までと同じような勝ち気な瞳で進言する。
修は数秒程目を瞑って考え込む。
「よし! 今件は一課に任せる! そして、六課はフォローに回って欲しい」
「嫌です」と美也子は即答する。加代子も「必要ございませんわ!」と主張する。
「はぁ~お前らな! 美也! ちょっとこっち来い!」
「おさおじ、呼び方戻ってるけど?」
「おさおじ言うな! つべこべ言わずこっちに来い!」
美也子は修に連れられ会議室の外に出る。
「美也、今回の件、一課で対処できると思うか?」
「全然。全員殉職するね、百パー」
「それなのに、御堂筋に行かせようと思っているのか! お前ら幼馴染みだろ!」
修の怒鳴り声が誰もいない廊下に響き渡る。
「こっそり隠れて危なければ助けようと思っていたんだ! 私が本気で加代を死なせたいと思っている訳ないだろ!」
「なら、公的に護ってやれ。そして、お前の大事な部下がこの国に居なくてはいけない存在という事を思い知らせてやれ!」
「おさおじがそう言うなら……」
「おさおじ、言うな!」と、修はまるで子供の頭を撫でる様に美也子の頭を乱暴に撫でる。
「もう! 子供じゃないんだからやめてよ!」
「がははは! うるせぇうるせぇ! お前は俺にとってはいつまでも子供なんだよ! ほれ、戻るぞ!」
加代子を守る口実が出来た美也子は、少しホッとした気持ちで会議室に戻った。
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