退治する女 上
紗奈の回が2話続きます。
――咲太達が福島に向かった日の朝
「やったぁ~ゆーえんちー♪」
うふふ。サクとの遊園地デート、凄く楽しみです!
鼻歌混じりに登校していると、背後から「おはよう、紗奈! 随分上機嫌だね?」と声を掛けられました。振り返らなくても声の主は分かっていますが、挨拶されたのに振り返りもしないなんて失礼だと思うので、私は声のする方へ振り返ります。
そこに立っていたのは、中野亜希子さんです。クラスメートで学校ではアタシの一番の友人です。
亜希子さんを悩ませていた田宮君の一件が解決し、亜希子さんは目に見えるほどに明るくなりました。一年生の時から亜希子さんを知っている学友たちは、やっと元の亜希ちゃんに戻ったと言っていますが、二年生から転入してきたアタシは元を知らないので新鮮な感じがします。
「亜希子さん、おはようございます。今日は田宮君と一緒ではないんですね?」
亜希子さんは、ここ最近、田宮君とよく一緒に登校しています。
付き合っているのか聞いてみると、二人とも顔を赤くしながら否定するのですが、見てるこっちが恥ずかしくなるくらい仲睦まじい二人ですので、外野としてはじれったくて、じれったくて……。
「べ、別にいつも一緒な訳じゃないし! いつも偶々一緒になるだけだし!」
もぅ、この子は! 可愛くてたまりません!
「早く付き合っちゃえばいいのです!」
「ちょ、紗奈! だからそんなんじゃ」
「それなら田宮君はアタシが貰っちゃいますよ?」
「絶対だめぇ!!」
「うふふ。冗談ですよ。アタシがサク以外の男なんてありえません」
「もう! やめてよそんな冗談は」
亜希子さんは、顔をぷくーっとさせ抗議してきます。
「そんなに取られるのが嫌なら早くくっついて下さい。見てるこっちがじれったくて仕方がありません」
「だって……もし、上手くいかなかったら……」
あれだけ見せつけておいてそれを口にしますか!
「モタモタしてると、本当に他の人に取られますよ? 噂によると田宮君、一部の女子にかなり人気があるとか……」
脱いじめられっ子を果たした田宮君は、ワタルと一緒になった事により学力も運動神経も群を抜き、容姿も元々の素材が悪くないのかボサボサだった髪を整えただけで、見違えるように良くなったのです。
あ、亜希子さんがこの世の終わり見たいな顔をしています。
「うそ……どうしよ……」
「てなわけで、時間との勝負です! 猛アタックするのです!」
「う、うん! 頑張る!」
ふふふ。やる気が出てきて何よりです。
田宮君を見ると亜希子さんしか目に入っていない様子なので、他の子と付き合うという可能性は低いのですが、これで二人の関係が深まる事を祈りましょ。
「それで、田宮君は?」
「今日は用事があって休みにするんだって。もう、田宮君の話はいいでしょう! それで、紗奈は何でそんなに機嫌がいいの? ただでさえ人気者の紗奈がそんなご機嫌な笑みを振り撒いていたら、みんな心臓が止まって死んじゃうよ!」
「そんな、大げさ……な」と言って辺りを見渡しますと、登校中の生徒達の視線がアタシに集まっており、中には見悶える生徒達すらいました。
「ほらね?」
「は、早く教室に行きましょ!」
「えっ? 何?」
視線に気まずくなったアタシは、亜希子さんの腕を引っ張り、駆け足で校内に向かいました。
◇◇
「へぇ~服部さんと遊園地でデートね。それはご機嫌にもなるわ」
教室についたアタシは、サクとの遊園地デートの事を亜希子さんに伝えました。
HRまでの間、亜希子さんとお話をするのがアタシの最近の日課になっています。
「うふふ。楽しみです!」
「いいなぁ~私も、田宮君と遊園地いきたいなぁ」
亜希子さんは羨ましそうにしています……そうだ!
「一緒に行きませんか? アタシとサク、亜希子さんと田宮君でダブルデートしましょう!」
「だ、ダブルデート!? いいの? 邪魔じゃない?」
「もちろんです! 亜希子さん達なら一緒で問題ないです。うちのウザい保護者は絶対ダメですけどね」
「ウザい保護者って……。だけど田宮君来てくれるかな……」
「絶対来ます! ほら、FINE送って見てください! 今度、アタシ達と遊園地に一緒に行こうって」
「わ、わかった!」
亜希子さんは、意を決して田宮君にメッセージを送り「大丈夫かな……」と心配しています。
「絶対大丈夫です!」
ピロン♪
「あ、田宮君だ!」
「うふふ、返事早すぎじゃないですか?」
アタシの言葉に亜希子さんは苦笑いをして、スマホの液晶をのぞき込みます。
「ぜひお願いしますって! やったー!」
「まぁ、分かりきっていた事ですけど。良かったですね!」
「うん! ありがとう紗奈! あ、先生きた。また後でね!」
先生の登場で亜希子さんは、自分の席に戻り、朝のHRが始まりました。
午前の授業が終わり、亜希子さんとお昼を食べながら雑談をしていると、美也子さんからのメッセージが届きました。『憑依者』と思われる者が現れたので、学校が終わり次第玄さん達と合流するようにとの事でした。
アタシは了解しましたと短い文書を返し、学校が終わるや否や家に寄って任務用の服に着替えてから現場へ向かいます。
「はぁ~やっぱりこの格好、恥ずかしいです」
美也子さんがアタシに用意してくれた任務用の服は、黒い皮のショートパンツにジャケット、足元は黒のロングブーツと黒一色なのです。
現場に急いで到着する必要がありタクシーで移動しているため、人とすれ違うという事は無いとは思いますがそれでも恥ずかしいです。
「この任務が終わったら、美也子さんに抗議しましょう」と心に誓います。
現場に到着したアタシの目に道路に停まっている黒いワゴン車が移ります。
黒いワゴン車に近づくと、後部のスライドドアが自動で開き、車内には玄さんと双子の兄妹の真紀さんと早紀さんが待機しており、アタシを出迎えてくれます。
「お疲れ様です! どんな様子ですか?」
「お疲れ様です、『憑依者』と思われる数人があの建物の地下に入って行きましたが、まだ特に動きは無いです」
「紗奈も来たんだし、早く乗り込もうぜ?」
落ち着いた様子でアタシの問いに答えてくれた早紀さんの隣で、双子の兄である真紀さんは今すぐにでも飛び出す勢いです。双子でもこんなに違うとは……。
「落ち着け真紀」
そんな真紀さんを玄さんが宥める。
「玄さん……ったく! 分かったよ」
真紀さんは玄さんに頭が上がらないらしく、彼の言葉は素直に聞きます。
「数人っておっしゃてましてけど、実際は何人ですか?」
「三人だ。」
「三人ですか……とりあえず、アタシ一人で様子を見てきます」
「おいおい、それはねーぜ。俺も一緒に行かせろ!」
「カテゴリーAならいいんですが、もし、この間のようなカテゴリーBが現れたら真紀さんには厳しいです」
この間のマルクスの一件で、カテゴリーAとBを設けました。マルクスの様に姿を変える「憑依者」はカテゴリーBに当てはまります。
「兄さん……」
アタシの言葉で早紀さんは心配そうな表情を浮かべ、真紀さんの手を握ります。
「ちっ! 分かったよ!」と真紀さんは、少し照れ臭そうに手を振り解き、座席の背もたれを倒し少年誌を読み始めました。いつもながら妹に頭が上がらない兄の姿にアタシの口元が弛みます。
「ふふふ。それは行って参ります」
アタシはそう告げて外に飛び出しました。
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