『魔王』アーノルド・ルートリンゲン
『魔王』
魔族の中の魔族。
全ての魔族を統べる者。
魔大陸『ルートリンゲン』の覇者。
魔王アーノルド・ルートリンゲンという男を表現する言葉は数えきれない程ある。
アーノルドは魔族の中でも最上位種族である、ヴァンパイア族としてこの世界に生を授かった。彼の誕生は魔大陸ルートリンゲン全土に衝撃を駆け巡らせた
。
なぜなら、彼の髪の色が何色にも染まっていない真っ白だったからだ。
ヴァンパイア族の髪の色は、種族の血が濃ければ濃いほど、その色は白に近づくと言われており、何色にも染まらない白い髪を持つと言われている、神々より産み落とされた始まりのヴァンパイアであり、最強の魔王と言わしめた『アーノルド・ルートリンゲン』と同じ髪の色を持って産まれたこの赤ん坊に、魔大陸全土は畏れの念を向ける事となった。
元々当代の魔王が彼の父であった事と、彼の髪の色を称え、彼はその偉大なる魔王と同じ名を授かる事になった。
アーノルドは成長に伴いその頭角をメキメキと周りに知らしめた。
人間族より魔力量が多い魔族は、通常十歳になる前には魔法を扱う事ができるのだが、このアーノルドは僅か三歳で上級魔法士並みの魔法を扱う事になる。
また、身体能力にも大変優れており、その年で屈強な鬼族の戦士と渡り合える程だった。
民衆は皆、口を揃えて言った。
「アーノルドは初代の先祖返り」だと。あの偉大なる初代魔王の生まれ変わりだと。
アーノルド・ルートリンゲンは、そんな周りの評価に対してなんの興味をしめさなかった。所詮弱者の戯言……彼は、そう思っていたのだ。
どうせ自分より弱い。自分はこの世界で最強なんだと思った彼は、齢二十の年に先代魔王である父に進言した。
「この世界を支配したい」と。
魔大陸と人間族の大陸は海によって隔たれており、今まで魔族より圧倒的に劣っている人間族のために、わざわざ海を渡ろうとは誰も思わなかったのだ。
前魔王であるアーノルドの父は、彼の熱の籠った要望に対して二つ返事で承諾した。
魔大陸全土に渡って、アーノルドの名声は届いているが、彼を次の魔王にするためには、もっとアピールが必要だったので、ちょうど良かったと言えるだろう。
アーノルドの軍が攻め込んだ最初の国が、ワタルの祖国であるユーヘミア王国だった。
帝国との戦争で疲弊しきっていた王国は、魔王軍に対して一人、たった一人の男を差し出した。
その名は、カケル・タマキ。
戦闘奴隷として帝国に召喚され、ローランド王の剣として大陸にその名を轟かせた武人である。
正直、アーノルドはカケルを侮っていた。大陸一と言われてもどうせただの人間、生を受けてから敵無しの自分の敵とは思わなかったのだ。
だけど、それは勘違いだと思い知らされる事になる。
高見の見物をしていたアーノルドの兵士は、カケルの剣によって次々と斬られていった。その数三千。人族の国を制圧するにはお釣りが出るほどの戦力をカケルは瞬く間に制圧してみせたのだ。
アーノルドは、カケルに惜しまない賛辞を送った。
そして、カケルの傷、体力か癒えるまでたった一人で敵陣で待つ事にしたのだ。カケルと最高の戦いを演じるために……。
それから、3日後。カケルは魔王アーノルドの前に立ちはだかる。
「よう。待たせたな? お陰でスッカリ回復したぜ」
「くくくっ。待ちわびたぞ強き者よ」
「それにしても、随分寂しい陣営になったな? 大将が一人だけ残ってるなんてさ」
「所詮この世は弱肉強食。弱い者は去るべきなのだ」
「言いたい事は分かるけど、あんまり賛同はできないな」
「考え方なんぞ、人それぞれ。別に我はそれを他人に押し付けようとは思わない。これは、この世界に数え切れない程存在する生物の中で、たった一人、我の考えだからな」
「そっか! 意外と哲学的なんだな! それで、俺達はどんな喧嘩をする?」
「くはははは! 喧嘩と申すのかそなたは」
「あぁ、殺し合うなんてアホらしいだろ? そっちは分からんが、俺には帰りを待ってくれている者がいるし、おそらくこの世界でお前と対等に戦えるのは俺しかいないだろう? 本気で戦える相手を失うのはお互い損だと思うんだ」
「我の部下を一人残らず葬り去った癖によく言う。だが、そなたの言いたいことは分かった。喧嘩相手……我の喧嘩相手たる強さをそなたが持っているのか、まずは拳を交えよう。そなたが、我の喧嘩相手たる存在であれば、我は人間族の支配を諦めて国に帰ろう」
「そっか! それは助かる」
そして、二人の喧嘩が始まった。
拳を振る度大地が割れ、その衝撃により辺りは草一つ生えていない不毛の大地へと姿を変えていく。
そんな戦いが、明け方まで続いた。
「強いなぁ、アーノルド!」
「くくく、我はこれでも魔族最強なのだぞ?」
何もない荒野に二人の男が力尽きて倒れ込んででいる。ただ、その表情はスッキリとしていた。
「どうた? 俺はお前の喧嘩相手になれるか?」
「我を地べたに寝転ばせて言う台詞か? 初めてだ。これ程に戦いが楽しいと思った事は。そなたには感謝しなくてはな」
「俺も楽しかったぜ? この世界に来て初めてだ。こんなに楽しい喧嘩は!」
「そういえば、そなたは別の世界から来たのだったな? 良ければ、そなたの世界の話を教えてくれないか?」
「いいぜ! 俺は地球という星の日本と言う国から来たんだ。日本と言う国はな……」
そこからもう一日、今度は日本についてアーノルドは話を聞いた。
どこか懐かしく新鮮なそんな訳の分からない気持ちを彼は抱いた。
「約束通り、我は国に戻るとしよう」
「大将一人で帰って大丈夫なのか? 責任の追及とか……」
「問題ない。我が大陸で我に物申せるのは恐らく母上だけだ。」
「がっはははは! また、やろうぜ。今度は俺が魔大陸に行くからよ」
「あぁ、それまでにもっと腕を磨いておく事にしよう」
そして、二人は硬い握手を結んで名残惜しそうに別れた。
それから、時間があればカケルと二人で拳を交えた。カケルの命が尽きる時まで。
生涯のライバルを失った魔王アーノルドは、心ここにあらずの日々を過ごしてきた。
だが、それもある日を境に変わっていく。
何がきっかけかは分からないが彼は思い出したのだ。
自分の前世を
日本人であった、自分の前世を
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