わたるという男
「相変わらず馬鹿げた拳をしてるよね。僕の結界魔法を物理で破壊するなんて」
こいつは明らかに田宮ではない。
「紗奈!」
「はい!」
紗奈は亜希子ちゃんを守る様に彼女を背に警戒を強める。
名前を呼んだだけなのに、俺の意図した通り動いてくれる彼女の行動に俺は感心する。
「そんなに警戒しなくても、彼女達に危害を与えるつもりはないんだけどな。特に中野さんは文人の大事な人だしね」
「お前は誰なんだ……? 憑依者……ではないよな? 田宮に何をした!?」
「憑依者? あぁ、あの連中の事をそう呼んでいるのかい? 僕をあんな奴らと一緒にしないで欲しいね」
憑依者呼ばわりされたのが気に食わないのか、一瞬だけ不機嫌そうな顔になる。
こいつは、俺のコードネームを知っていた。
おそらくあっちの世界の人間だろう。
ただ、こいつは俺の顔を見てコードネームを言い当てた。
戦場で俺達は、顔を覆い隠す兜を被っていたため顔は知り渡っていない。
顔をさらしのは、処刑された時だ。
いや、まてよ? こいつ……もしかして……。
「今の僕は文人の姿だから分からないよね? そうだなぁ、これを見たら思い出してくれるかな?」
そう言うとヤツの手には一振りの剣が現れる。
「なッ!? お前まさか!?」
ただの剣なら驚きはしないだろう。
あの世界でやりあった上位魔法士がよく魔法を具現化して武器を形成するため、見慣れていが、それよりも俺が驚いたのは、ヤツの手に握られていた剣が斧、槍、鎌、鞭など次々に形態を変えているからだ。
武器を見て、やっとヤツの正体が分かった。
「お前、ワタルなのか?」
「正解! 一発で当ててくれるなんて嬉しいよ! No.11……いや、咲太」
ワタルは嘘偽りのない嬉しそうな顔で僕の名前を呼び直す。
「いきなり呼び捨てかよ」
「ふふふ、僕達の仲じゃないか」
「どんな仲だよ? 俺の記憶では、仲良く名前を呼び合うような関係じゃないぞ?」
「何を言っているんだい? あれだけの死闘を繰り広げた仲! 生まれて初めて僕に敗北を教えてくれた好敵手。友人以上の関係だと僕は思うんだけどね?」
「ちっ! あんなので勝ったなんて思ってねーよ!」
ワタル・タマキ
俺達の様な召喚戦闘奴隷を祖父に持つ男。
ワタルの祖父は、敵対した国に捕虜として捕まった際に運良く奴隷紋を解呪してもらい、そのままその国に仕えたという。
その血を受け継ぐワタルは、俺達程ではないが召喚者特有の高い身体能力と、常人ではありえない桁違いの魔力を持つ。
その圧倒的な強さで、わずか二十歳で一国の宮廷魔導師団長になった男で、かの国の最大戦力だった事で俺達にも情報が流れてきたので事前に知っていた。
俺があの世界で唯一倒せなかった男。
そして、俺に闘いの楽しさを教えてくれた好敵手。
七度目の戦場で、ワタルは俺の仲間を五人も葬った。
これ以上の被害は好ましくないため、ダメ元で俺はワタルに一騎討ちを申し込み、ワタルもそれを心良く受けてくれた。
ワタルの言う通り俺達は死闘を繰り広げた。
気を抜けば待つのは死。お互いそう思ったに違いない。
ボロボロで立つのもままならない俺達に残されたのは最後の一撃。
これでどちらかが死に、どちらかが生き残る。
体の芯から燃え上がる様な熱を感じた。口元が独りでに綻びる。
俺はこの時、失っていた一部の感情を取り戻せた気がしていた。
そんな瀬戸際、横やりが入った。
俺達の隊長が、仲間にワタルを攻撃するよう命じたのだ。
命令に逆らう事が出来なかった仲間達数名が、俺との戦いで満身創痍のワタルに止めを刺した。
俺はボロボロの体に鞭を打ち隊長に言い寄った!
「何て事をしてくれたんだ! これは一騎討ちだったんだぞ!」と。
すると隊長は、「一騎討ち? そんなもん知らん! お前は騎士にでもなったつもりか? 薄汚れた奴隷の分際で! そいつさえ倒せばこの戦は勝ったようなものだろ!」と、汚物を見る様な目で俺にそう怒鳴りつけた。
俺達の闘いを穢したこのクソ野郎を許せなかった。
俺は隊長を殴り殺した。
泣きながら俺に許しを乞うこのクソッタレを俺は殴り殺したのだ。
オルフェン王国の者に危害を与えると言う禁忌を犯した事で、体が引き千切れる様な激痛が全身を駆け巡り、至る所から血を噴き出す。
だけど、俺の怒りはその激痛に勝った。
隊長が動かなくなった事を確認した俺はその場で意識が途切れ、気づいたら次の戦場にいた。
数を減らした俺達の替わりはいなく、戦闘奴隷の中でも群を抜いて戦闘力があった俺は無罪放免となったのだ。
そして、目が覚めた俺はワタルのお陰で取り戻しかけた感情を再び失う事となり、感情もクソもない殺戮を繰り返した。
「僕が死んで、君が生き残った。戦なんて何があったにしても生き残った者が勝者なんだよ。だから、あの勝負は君の勝ちだよ咲太」
「あの勝負はって事は、次もあるって事だよな?」
ワタルの言葉に俺の口角が上がる。
「ふふふ。僕がこの世界に来たのは、君と勝負をしたかったからだよ。あんな不完全燃焼の戦いなんてさ……成仏したくてもし切れないよ!」
「確かにな、あの終わり方は俺も納得してない。あのクソ野郎のせいで……」
今思い出しても腹が立つ。
「君がそう思っていてくれて、そして、何よりもこうして君に再会できて僕は幸せ一杯だよ!」
「だからって、俺とヤる前に成仏するなよ?」
「もちろんだよ!」
ヤル気スイッチの入った俺達から、殺気がゆらゆらと立ち上がる。
「ストーップ!!」
紗奈が一触即発な俺達の間に割って入る。
「邪魔をするな(しないでよね!)」
俺とワタルは声を被せる様に言い放つ。
言葉使いは違うが、気持ちは一緒の様だ。
「ダメです! あなた方二人が暴れたら、ここら辺一帯火の海になります! 忘れたのですか!? あの時の事!」
「あっ……」
紗奈の言葉で俺は当時辺り一面を火の海にした事を思い出す。
まぁ、殆どワタルの魔法のせいだけどね。
「ふふふ。君もあの時にいたんだね。確かに、今ここでやり合って文人に迷惑掛けるわけにはいかないね。それに君とやり合ったら今の文人の体もタダでは済まないしね」
「お預けか」
実に残念だが、自分の欲求を満たすために人様に迷惑を掛けるわけにはいかない。
「残念だけどね。また機会はあるさ。僕はそれまでに文人を鍛える事にするよ」
「そうだな。楽しみにしてるよ」
「じゃあ、僕はそろそろ引っ込むとするよ。また君に会えて嬉しかった。願わくば君と剣を交える日が早く来る事を……」
ワタルは少し寂しそうな表情で俺にそう言う。
「俺もお前に再会できて嬉しかった。ずっとモヤモヤしていたあの時の決着をつけよう」
「またね、咲太」
そう言い残してワタルは田宮に戻った。
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