え?高校生!?
第4章開始です。
「スッスッ、ハッハッ、スッスッ、ハッハッ」
二回吸って、二回吐く。
マラソンのセオリだ……とネットに書いてあった。
こんな呼吸法に頼らなくても全然疲れを感じないのだが、一応雰囲気と言う事で。
そう、俺は今走っている。何で走ってるかって?
金メダリストに俺はなる!……と言うわけでもなく、
家から職場のある市ヶ谷までトレーニングがてら走っているのだ。
距離にして二十キロ強、三割程度の力で走って一時間って所だ。
電車で通っても、駅までの時間と乗り換えとかを考えると、時間的にあまり変わらない。
なら、トレーニングを兼ねた方が時間の無駄にはならないだろう。
ということで。
今日から俺は正式に六課の一員になる。
バイトは二日前に円満退職した。
明美さんには泣かれたが……これでちゃんとこっちに集中できる。
ここ一ヶ月で何度か『憑依者』を退治したが、それらは、あの狼男みたいな奴とは違い、人間の姿で自我のないただの気狂いの様だった。
そして、瞬殺出来るほど弱かった……。
なのて、玄さん達でも対処でき、俺と紗奈はよっぽどの事がない限り手を出さなかった。
それでも一般市民にとっては驚異であることは変わりない。
本当に何だったのだろう? あの狼男は……。
奴等が俺達のいない遠く離れた地に現れたら?
奴等が束になって現れたら?
おそらく大惨事になる事は間違いないだろう。
「おっ? 見えてきた」
そんな事を考えていると、目的地である防衛省の建物が見え始めた。
入口に辿り着いた俺は守衛さんに、紗奈が持っていたものと同じ黒いセキュリティカードを見せて敷地内に入る。
敷地内は、出勤時間のせいか、きっちりとしたスーツ姿や軍服姿の人達が足早に歩いていた。
そんな人波に、普段着姿の俺は異質な存在なのだろう。
人とすれ違う度に突き刺さる様な視線を感じる。
「ジーパンにTシャツ……明らかに浮いているよね、俺」
自分の服装に思わず苦笑いがこぼれる。
試用期間中は基本現場集合だったし、ここに来る事があっても通勤時間とは被ってなかったため、服装など気にする事はなかったのだ。
「俺ももう社会人だし、ちゃんとしないとな……」
改めてそう思った俺は、少しでも早くその視線の群から逃れるため、六課の事務室へと急いだ。
□◆□◆□◆□
エレベーターで地下に降り、長い廊下を進む。
立ち止まった先には、白い扉。
六課の事務室だ。
一応顔見知りではあるが、今日から正式に六課のお世話になる。
改めてちゃんと挨拶をしないとな、俺は社会人なんだから!
「改めまして! 本日よりお世話になります、服部咲太です! 皆さんよろしくお願いいたしますッ!!」
俺はセキュリティカードを使い室内に入るや否や、頭を下げて声を張り上げる。
どうだ、俺の気合の入った挨拶は!
「うるせえぇ! 頭に響くから、デッカイ声出すなんじゃねえええ!」
短い期間ではあったが、俺は六課のみんなとある程度、良い関係を築いたと自負していた。
だからなのか、予想だにしなかった返しを受けて、俺は驚き、下げた頭を上げ怒鳴り声がした方へと恐る恐る視線を向けると、真っ青な顔をした美也子さんがソファーに横たわっており、キラキラな瞳が描かれているアイマスクを片目だけずらし、俺を睨んでいる。
「挨拶しただけなのに怒られるって……就職先間違えたのかな……」
美也子さんは「ちっ!」と露骨に舌打ちをして、アイマスク下ろし、俺に背を向ける。
「おはよう……ございます……」
「鈴さん、おはようございます!」
俺が固まっていると、メイド姿の鈴さんが声を掛けてくれた。
鈴さんは相変わらず物静かで、表情があまり変わらない。真のポーカーフェイスと言えるだろう。
「美也子さん、具合悪いんですか?」
「えぇ……重度の……二日酔いです……」
「二日酔いかよッ!」
言われて見れば、ソファーの前のテーブルには酒ビンが剣山の様に並べられていた。
どうしようもないな……。
はぁ~とため息を吐き、俺は室内を見渡すが誰もいない……。
「あの、他のみなさんは?」
「まだ……出勤して……いません……課長以外は……基本……自由行動ですので……」
なんじゃそりゃ……。
鈴さんが言うにはこの六課は少し特殊で、俺を含めた課長の美也子さん以外のメンバーはフリーエージェント的な扱いらしい。なので、任務外は急を要する際に連絡がつけば、基本自由にしていいらしい。
前言撤回、素晴らしい所に就職した!
「まぁ……結局……皆様……一日に一回は顔を出しますが……」
「そうですか。俺は何をしていれば?」
「さぁ……?」
「さぁって……」
うッ、クールビューティーがコテンと頭を傾げる仕草は破壊力があるな……。
「美也子さん! 俺は何をすれば「だ~か~ら~。うるせぇって言ってんだろうがッ!!」……」
鬼の形相の美也子さんが俺に向けてワインボトルを投げてくるが、
「よっと!」
俺は余裕でそれをキャッチする。
「ちっ!」
本日二度目の舌打ちが俺に向けられる。
「美也子さん、俺は何をしてればいいんですか?」
出勤初日から放置はきついので、もう一度聞く。
「咲太、お前何歳だ?」
「二十歳ですけど……」
「二十歳って言ったら成人。つまり大人だよな?」
「そうですね。それが何か?」
何が言いたいんだこの人?
「お前は大人のくせに言われた事しかできねぇのか!! 仕事というのは、自分で見つけてやるもんだろうがあぁぁ!」
「えぇッ!?」
「ったく、これだからトーシロは……。イテテテ」
まだ、頭が痛いらしい。
ってトーシロって……。俺の扱い酷くない?
「ていうか! 言われた事って、何も言われてないんですけど!? 探せって今のところ、バトルしかしてないんですけど!? ほら、普通あるでしょ!? 新入社員研修とか、OJTとか!」
「咲太。お前OJTの意味分かってるのか?」
「勿論分かってますよ! 馬鹿にしないで下さい!」
「なら、OJTなら終わってるだろうが。」
「へ?」
「アホ面してんじゃねぇ! お前この一ヶ月間何をしてた?」
「皆さんについて行って『憑依者』退治……あっ!」
OJTは終わっていたのね……。
「そう言う事だ。クソッ……余計な体力使わせやがって……もう騒ぐなよ?」
それだけ言って、美也子さんはソファーに沈んだ。
「はぁ~パトロールに行ってきまーす」
美也子さんは、ソファーでゴロゴロしながら、早く行けと言わんばかりにしっしっと手を払う。
「服部様……」
俺が肩を落としながら事務室から出ようとした際に、鈴さんに呼び止められる。
「鈴さん、様付けはちょっと……」
「気にしないで……下さい……そういう……仕様なので……」
「仕様って……。それで、どうしたんですか?」
「これを……」
鈴さんから渡されたのは、かわいいピンク色の布袋に入ったお弁当だった。
「これ、お弁当ですか? 俺の為に!? 感激「いえ……違います……」で……あぁ、違うんですね……。じゃぁ、これは?」
「紗奈様の……お弁当です。お忘れになったので……届けて……ほしくて……」
「届けるってどこにですか?」
「紗奈様の……高校まで……お願いいたします……」
「あ~高校ですね……へ? 高校? 紗奈って高校生?」
「はい……紗奈様は……近くの……曙橋高校の……2年C組に……」
「えええええっ!?」
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