【回想】戦闘奴隷として⑬
ミルボッチ王子の別荘だというこの屋敷に来て3日目の朝、俺達は朝食会場にいた。
いよいよ明日は、ベルガンディ聖国に向けての進軍が始まるのだが……。
「サク、どうしたのですか? そんな難しい顔をして」
紗奈がヒョコっと俺の顔を覗き込んだ。
「いや、こんなんでいいのかって思ってさ」
「どういう事ですか?」
「緊張感がないなってさ。明日、戦争に駆り出されるというのに」
温かくて美味しいご飯にふかふかの寝床。
範囲は限られているが自分の好きな時に好きな場所で好きな事ができる。
たった数日だが、この世界にきて初めて俺達は人間扱いされている。
そんな事で今まで死にかけていた感情が戻ってきている。
「たしかにそうですけど、殺伐としているよりはいいんじゃないですか?」
「俺もそれはわかっているよ。みんな、良い顔しているしさ」
俺は一度言葉を切り、見える範囲にいる仲間達の顔を見渡した。
「だけど、俺達の右肩には奴隷紋が刻まれているんだぜ」
「それは……」
紗奈が返事に困った顔をしている。
「ごめん、変な事言って。気にしないでくれ」
「いえ、サクの言いたい事も分かるんですけど……その、アタシなんて言えば良いのか分からなくて」
「そんな顔しないでくれ。ほら、折角のごはんが冷めちまう。食べちゃおう」
落ち込んだ様子の紗奈を宥めながら俺はフォークを走らせた。
朝食が終り、する事もないので身体を動かしながら時間を過ごした。
走り込みや筋トレで軽く身体を動かしほどよく熱の籠った俺の右手には刃渡りが1.5メートル程あり、刀身が分厚い武骨なバスタードソードが握られていた。
不器用な俺に求められるのは華麗な剣捌きにあらず、バケモノじみたパワーと無尽蔵のスタミナ任せの泥臭い戦い方だった。
一対一での戦いよりも一対複数名との戦いに特化しており、盗賊団討伐時にそれは証明されている。
信じられるか? たった一振りで5人も6人も吹き飛ぶんだぜ?
技術もクソもないただ力任せの剣、そんなものがずっと通用する訳がない。
だからと言って今更剣を習っても付け焼刃に過ぎないと思った俺はひたすら素振りを続けていた。
せめて、誰もよりも速く鋭い剣筋を手に入れる為に。
パチパチパチ
無心で剣を振るっていると誰かが拍手をしながら近づくのが感じられた。
振り向くとそこには、身なりの良い優しい顔の青年が団長のキングレと数名の兵士を連れて立っていた。
「見事な剣筋だ。そなたと対峙するであろう敵に同情心を抱く程にな」
「えっと……」
「貴様ッ! 奴隷の分際で頭が高いぞッ、このお方をどなたと心得る!」
反応に困っているとキングレの叱咤が飛び、数名の兵士に抑えられた。
どうやら、俺に膝をつかせたいと思っているらしいのだが、力で俺に敵うわけもない訳で。
「ごんのぉ! こうなったら、奴隷紋の呪いで!」
「やめなさい、キングレ。さぁ、そなたらも彼を離すんだ」
「いえ、でも、この奴隷に自分の立場という――」
「キングレ、私に同じことを言わせる気かね?」
食い下がるキングレに対して青年の声のトーンが段々と低くなっていき、とうとう観念したキングレは兵士達に俺を離してやれと命令した。
「キングレ、私はこの者と二人で話がしたい」
「それは、あまりにも――」
「危険ではないだろう。この者には奴隷紋があるのだから」
有無を言わさない青年の言葉にキングレは苦虫を嚙み潰したような顔で引き下がった。
「私の名前はミルボッチ・オルフェン。この国の第三王子であり、兄上より王国軍の総司令の任を承った。謂わばそなたの上司だ」
「はぁ」
やっぱり、この人がミルボッチ王子か。
三頭身の醜い豚王と違い、八頭身の爽やかイケメン……あの豚王と同じDNAが流れているとは考えられない程にザ・王子って感じだな。
「良ければ、そなたの名前を教えてくれないか?」
「俺は、11号です」
「それはそなたの名前ではないだろう」
「……咲太です」
「なんと、そなたが、サクタか!」
俺が名前を名乗った瞬間、ミルボッチ王子はまるで俺の事を知っていた様なリアクションを取った。
「俺の事を?」
「あぁ、すまない。そなたの事は、オニールに聞き及んでいてな」
「隊長が!? 隊長は元気なんですか!?」
「あぁ、今は城の牢に幽閉されている。まったく、兄上は何を考えているのか……我が国の英雄であるオニールが謀反など起こす訳ないだろうに」
どうやらミルボッチ王子も隊長の罪について納得いかない様子だ。
「王子は、信じているのですね隊長の事を」
「もちろんだ。オニールの性格はよく知っておる。そして、やつの我が国に対する忠誠心もな。それをそならを使ってなど……奴隷紋のあるサクタ達を兄上より強制力の低いオニールが使える訳もないだろう」
奴隷紋に対する強制力の強さなど初めて知った。
「それが分かっているのになぜ……」
「兄上は、オニールの名望が疎ましいのだ。そして、それを恐れているのだよ、オニールが反旗を翻すのを」
「あり得ないですね、隊長が反旗を翻すなんて」
「その通りだ」
「それで、隊長は助かるんですか?」
「すぐには難しいが、私が必ず助け出して見せるさ」
「よろしくお願いします」
俺には何の力もない。でも、ミルボッチ王子ならと思い頭を下げた。
そんな俺を見たミルボッチ王子の頬が緩んだ。
「ここでの暮らしはどうだ?」
「凄くいいです。自分達が人間だって思いだせるほどに。それについては、感謝しています」
「ははは、それは良かった」
「話は聞きました。この場所は王子が用意してくれたって」
「まぁな。そならは此度の戦の要だからな、英気を養ってもらい本来の力を振るって欲しいのだよ」
それが私達の生存率を上げると王子は笑った。
「でも、本当にこんな待遇を受けていいのかとも思っています」
「どういう事だ?」
「明日には進軍が始まると言うのに、みんな気が緩み過ぎているというか……こんな状態で俺達は生き残れるのかって。それなら、今まで通りの環境で何も感じず、ただ敵を駆逐するだけの兵器でいた方が良かったんじゃないかって」
「良い訳なんてない。そなたらは、兵器じゃない。兵士だ」
ミルボッチ王子の表情が真剣なものに変わった。
「そなたらには本当に申し訳なく思っている。縁もゆかりもないこの国に連れてこられて奴隷に落とし戦争に駆り出すなど、正気の沙汰ではない。だが、私にそれを止められる力はなかった。大陸の覇権など微塵も興味のない私が軍の指揮を執らされる程に、悔しいが私には力がないのだ」
「王子はこの戦争に反対なんですか?」
「もちろんだ。研究所に引きこもって魔法の研究をするのが生きがいな男だからね私は」
「そんな、じゃあ、なんで王子が軍の指揮なんて」
「オニールと一緒さ。兄上は私にコンプレックスを抱いているからね」
あの豚王は劣等感の塊なのだろう。
常に立場を奪われると疑心暗鬼に掛かり人を信じる事が出来ないのだろう。
「そなたらは、私達と同じく赤い血が流れる人間だ。決して兵器ではない。少なくとも私はそう考えている」
「ありがとうございます。そうやって思ってもらえるだけで嬉しいです」
ミルボッチ王子は、満足そうにうなずき俺に右手を差し出す。
「必ず生き残ろう」
「はい、必ず」
俺は、ミルボッチ王子と固い握手を交わした。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。




