【回想】戦闘奴隷として⑪
【ジュレイ盗賊団】討伐を終えた俺達は訓練というものをする事なく、討伐任務に時間を費やすようになった。
ちまちまとく訓練をするより実践を重ねる方が、自分達だけではなく傍からみても俺達の成長が著しいと感じたからだ。
なので、次々と舞い込む盗賊団や魔物の討伐任務をこなしていった。
そんな中、他の盗賊団もそのほとんどがジュレイのところと同じように食い扶持に困った集落の者達によって構成された盗賊団だった。それだけで、このオルフェン王国がどれだけやばい状況なのか分かるという事だろう。
ジュレイとやり合った時よりも人の命を狩るという行為に対する戸惑いや忌避感は、場数をこなしていく内に徐々に無くなっていった。
徐々に慣れ始めていたのだろう人殺しに。
『決して人殺しに慣れるな』
オニール隊長がいつも俺に言っていた言葉だ。
その言葉を思い出せるだけでまだ一線は超えていないのだろうと思っていた。
そして、ジュレイ盗賊団討伐から二月がたった。
任務以外の時間は、何をするわけでもなく各々の牢屋に身を潜めていた。
会話も行動も最小限、
変わり映えしない環境が俺達をより戦闘マシーンへと造り変えていった。
オニール隊長の後釜に居座っているキングレの招集により、俺達は訓練場に集められた。
また新たな任務だ。そう思っていたのは俺だけではなかっただろう。
だが、キングレの口から告げられたのはいつかは来るだろう、だけど来てほしくなかった現実だった。
「我が栄えあるオルフェン王国は、ベルガンディ聖国への開戦を皮切りに大陸制覇に乗り込む!」
これより3日後、ベルガンディ聖国に向けて進軍が始まる。
ついに俺達は戦争に駆り出させるんだ。
ついに、ついに死ねる。
こんな糞ったれみたいな奴隷生活とおさらばできる。
誰もがそう思っていた。
そんな俺達に気づいたのかキングレは、底意地の悪い顔でこう告げた。
「偉大で慈悲深い我が王から有難い言葉を賜っている。喜べ奴隷共、我が祖国がこの大陸を制覇した暁には、貴様らを元の世界に戻してやる」
場がざわつく。
元の世界に戻れる……だと?
そんな事が可能なのか?
誰しも同じ疑問を抱いていただろう。
それでも、誰もが生を放棄しようとしている今の俺達にとっては生き抜くための口実になった事は間違いないだろう。
絶妙なタイミングだ。
「と言う訳だ。元の世界に帰りたくば、我が祖国のために死ぬ気で戦え」
その日、慣れ親しんだ牢屋を後にした俺達はとある屋敷へ移送された。
屋敷へ到着した俺達は、なんと大浴場へと案内され各々タオルと着替え、そして石鹸が与えられる。
汚れを落として来いとの命令にしたがい、浴室で身を清める。
今まで三日に一度、魔法士による水魔法のみが俺達の身を清める事の出来る手段だった。もちろん、石鹸何てものもない。
久方ぶりに使う石鹸。もちろん一度で泡立つ事なんてなく、何度も何度も石鹸を使っては洗い落としを繰り返すと5回目辺りから徐々に泡が立つようになった。
納得がいくまで身体を洗い、浴槽に浸かる。
身体を洗わずに浴槽に浸かろうとしたレフが竹本君に注意されているのを見て目じりが緩んだ。
身体を清め、真新しい衣服に袖を通した俺達が次に案内されたのは寝室だった。
今まで過ごしてきた牢屋とは違う。
清潔感溢れ、窓のから陽の光が差し込む部屋にはベッドが5つ並んでいた。
粗末なベッドではあったが、ずっと石畳みの上で過ごしてきた俺達にとってはどんな高級なベッドにも勝るもので、風呂でさっぱりした事もあり重い瞼に抗う事はできなかった。
外が薄暗くなった頃に同室のベンに起こされた。
夕食の時間らしく俺達は部屋を後にした。
宴会場のような広々とした会場で、俺達にご馳走が振舞われた。
カビの生えていない柔らかいパン、香ばしい肉類や新鮮な果物。
今まで、石のようなカビたパンと泥水を啜っていた俺達にとって、異世界に来て初めて口にした温かい食事……衣食住を満たされた事により生きているという実感が甦るのは容易い。そうなると必然と感情も湧き出すというもので口数も多くなっていく。
元の世界に帰ったら何がしたいとか、食べたいとか、家族の安否とか……。
みんなの目には希望が満ちていた。
「美味しいですね」
俺の隣で肉を頬張る紗奈。俺は、そうだなと答える。
「サク、どうしたんですか?」
「何が?」
「何か、暗いと言うか」
「……俺はいつもと変わらないよ」
そう、いつもと変わらない。
変わっているのは、お前達だと言わんばかりに返す。
「本気で帰れると思っているのか?」
「思いません。ただ……」
「ただ?」
「帰れる。そう思いたいだけだと思います」
「楽観的過ぎる」
「そうですね。だけど、こんなに楽観視できるなんてこの世界に来て初めてじゃないですか? 可能性は低いけど帰れると少しだけでも実感を持てる。みんなにはそれだけで十分明日を生きる理由になると思うんです」
「そうやって生き残って帰れなかったら?」
「他のみんなは分かりませんが、アタシはもとより帰れると思っていなかったのですから……宝くじに外れたと思えばいいかなと」
宝くじなんて買った事ないですけどねと紗奈ははにかむ。
「宝くじって……あははは」
「そんなにおかしいです?」
「いや、上手い事を言うなってな。紗奈の言うとおりだよ。元より帰れるなんて思っていないんだから今更絶望してもしょうがないな」
「ですです!」
肉に齧り付き果実酒で流し込む。
「旨いな」
「はい! 美味しいです!」
「生きていれば、また、旨い飯が食えるよな」
「はい! また、食べたいです!」
ご馳走で腹を満たした俺は、何時しかぶりにに家族の夢を見た。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
過去編の続きになります。5~6話程で終わらせる予定です。
のんびり書いていこうと思いますのでお付き合いいただけると幸いです。




