SS-14
更新が遅れてしまい申し訳ありません。
戦闘奴隷としての生活は想像以上に辛く、苦しい物だった。
劣悪な環境での生活に生疵の絶える事がない訓練――生きている事が不思議なほどに、体力も気力も毟りとられ毎日を生きていた。
そんな環境下で、俺達が腐らずにいられたのは司という存在のお陰かも知れない。
まだ、中学生の司が、弱音を吐かずに俺達と同じ生活をしている。そこで俺達大人が弱音を吐くわけにはいかない。口にはしなかったが、みんな同じ気持ちだったと思う。
ある程度の時間を奴隷として過ごしていると、身体が順応してきて、辛く苦しい毎日とおさらばすることが出来た。
ただ、淡々と与えられて日課をこなしていくだけ。
そんな、単調な生活を送っていると考える時間が出来てくる。
葉月の事を考える余裕が出てきたのだった。
葉月はもう中学生。
ちゃんとご飯は食べているのだろうか?
親父があの状態で、ちゃんと学校生活を送れているのだろうか?
戻らないと。
日本に、家族の元に。
だけど、どうやって?
どうやって戻るんだ? そもそも、俺は戻れるのか?
そんな疑問が頭の中をぐるぐると回っていた。
そんな疑問にだらけの蟻地獄にハマっていた
それからひと月後、俺は初めて人を殺した。
オルフェン王国周辺に蔓延る盗賊団の討伐という任務。
戦争前に殺しの耐性をつけるためだと言う。
臓物をまき散らして息絶えている盗賊共を踏みつけ、吐き気に堪えながら、剣を振る。
いくら相手が犯罪者だからって、奴隷紋に逆らえないからって、この手で人を殺めたという事実は俺に重くのしかかってきた。
もう、こんなの嫌だ。
日本に帰る事が出来ないのなら、一層このまま死んでしまいたい。
そう塞ぎ込んでいた俺に転機が訪れる。
「みんなに提案がある。私のそばに集まってくれ」
司の一言で俺達は司を中心として丸く座る。
司の口から飛び出してきたのは想像の斜め上をいくような内容だった。
それは、奴隷紋の解呪の試みに成功したという事だった。
そもそも、どうやってそんな事が出来るんだと思っていたら、司が自分の前世の話をしだした。
司は元々この世界のディグリス王国の王子で嵌められて殺され日本に転生し、またこの世界に戻ってきたという。
信じられない内容だが、司の落ち着きぶりや異常な身体能力がこれで合致がいくとなぜか、誰一人として疑う者はいなかった。
奴隷紋を解呪が成功したという事は、俺達はもう奴隷として命令を受けなくてもいい。
このくそったれな奴隷生活から抜け出すことができる。
そして、日本に帰る方法を見つけるんだ!
「それで……? お前の提案はなんだ?」
司が何を提案してくるか問いかける。
「奴隷紋を解呪してやる。その代わり私の復讐に付き合ってくれ。復讐を成し遂げた後は、自由を約束しよう」
奴隷紋の解呪の代わりに司の復讐に付き合う。
悪くない提案だ。
「教えてくれ、元の世界に戻れる術はあるのか?」
この世界の事を良く知っている司ならと思い、もう一つの質問をぶつける。
「正直に言ったら分からない。ただ、あの渦……あれをもう一度じっくり見る事ができれば解析できるかもしれない」
何も手掛かりがないこの状況で少しでも帰れる手段があるというなら……俺は、司に乗る事にした。
それから更に数か月後、司は約束通り俺達の奴隷紋を解呪してくれた。
そして、俺達は司の復讐を成し遂げるためにディグリス王国へと向かった。
◇
ディグリス王国までの道のりは厳しく険しかった。
それでも、俺達は司の復讐を成し遂げるために歩みを止めなかった。
道中で立ち寄った町で、オルフェン王国の戦況を耳にすることが多々あった。
時間の経過と共に減っていく仲間達に対して後ろめたさを感じながら前を向いた。
ディグリス王国の王都であるパゴニアに到着し、司の復讐を成し遂げたあとから物事がトントン拍子に進んでいった。
死んで行った仲間達を英雄とするためのオルフェン王国奪還や咲太との再会。
そして、日本への帰還。
「上守さん、ですね?」
こっちの世界へ帰還した俺達は検疫や身体検査などに時間を費やし、異常なしという判断の下に各々の家路につく事となった。
そして、新千歳空港で俺を出迎えてくれたのはスーツ姿の女性だった。
国防省とつながりのある組織の人間という事だけは聞いている。たしか、名前は三森杏樹。
「はい、そうです。三森さんでいいんですよね?」
三森さんはこくりと頷く。
「では、早速向かいましょう」
三森さんと駐車場に向かい、黒塗りのセダンに乗車する。
運転席はもちろん三森さんだ。
「施設まではどれくらいかかるんですか?」
検査を受けている間、咲太の上司である室木課長に家族の事を調べてもらっていた。
親父は病気が再発し去年亡くなったそうだ。
酒をやめられなかったらしい。馬鹿野郎だ……。
そして、一人取り残された葉月は札幌市内にある児童養護施設に入り、そこから中学校に通っていると言う。
因みに俺の母親は、親父の葬式にも顔を出さなかったらしい。
俺達と縁を切ったという事で俺に対しても居場所を教えないで欲しいと言っていたという。
「1時間以内には着きます」
「そうですか」
サイドガラスから外を眺める俺の頭に一抹の不安がよぎる。
それは葉月の事だ。
俺は、異世界に召喚され葉月の前から消えた。
葉月は俺に捨てられたと思っているのではないのか?
親父が死んで大変な時に傍にいてやれなかった俺の事を恨んでいるのではないのか?
葉月は中学生。心身ともに不安定な年ごろのあの子が俺を許してくれるだろうか?
そんな事を考えていると三森さんが「つきました」と教えてくれる。
「ありがとうございます」
俺は重い足取りで、施設の玄関の前に立つ。
中々ベルを押せずに立ち尽くしている俺の背後に人の気配を感じる。
「あのぉ、何か先生にご用ですか?」
声に反応して、振り返る。
後ろめたさがあるのかまっすぐ見る事が出来ず、顔を地面に向けてしまう。
「え、えっと、俺は――」
「うそ……もしかして、にぃにぃ?」
にぃにぃ……俺の事をそうやって呼ぶのはアイツしかいない。
俺は、勢いよく顔を上げる。
間違いない。少し大人びてはいるが、俺の知っている顔だ。
込み上げて来るものを必死に堪えながら、震える唇を無理やり開く。
「は、はづ、き」
「……どこに行ってたのよ……」
「ごめん、な。俺」
「にぃにぃにまで捨てられたかと……うぅ……」
「ごめんな、俺にも色々あってさ……でも、そう思われても、しかたないよな……」
「でも、良かった……にぃにぃは生きていてくれたあああ!」
葉月は、泣きながら俺に飛びついてくる。
良かった、生きて帰って来られて本当に良かった。
「お帰り、にぃにぃ」
「……ただいま」
これからは絶対に一人にはしないと誓い、俺は葉月を抱きしめた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
高次の話は、終わりになります。
まだ、書きたい話は沢山あるのである程度溜めてから公開いたします。




