最終話
最終話です!
――エデンが日本の上空に現れたあの日から二ヶ月が過ぎた。
日本の上空に浮かんでいたエデンはその姿を消した。
エデンに関する情報は、一般的に公開されなかったため、ネットやメディアでは、宇宙人の侵略とか、他国の秘密兵器だとか、異世界から転移してきているとかエデンに関する様々な論争が熱く繰り広げられていた。異世界からの転移は正解だが……。
今回作戦に参加した俺達は、国のお偉いさんにめっちゃ感謝され、結構な額の報奨金も支払われたのだが、今回の作戦は秘密裏に行われた事なので公表される事は無く、この事実を知っているのもこの国でもほんの一握りだ。
そんなこんなんで、この件の事後処理やお偉いさん方への挨拶回り、今後の事などなどで目まぐるしい日々を送っていた。
「ただいま~」
「あっ、お帰りなさい咲太君」
「明美さん、ただいま。早いですね、今からですか?」
帰ってきた俺を明美さんが迎えてくれる。
どうやらこれから出勤の様だ。
「うん。今日は貸し切りの予約が入っていて、少し早めの出勤かな」
「そうなんですね。母ちゃん達は?」
「ふふふ。相変わらずよ、見てるこっちが恥ずかしくなるくらい」
「はは……。なんか、すみません」
「ううん! 全然! 二人見てると私も楽しいし。あっ、そろそろいかないと」
「引き留めてすみません。いってらっしゃい」
「いえいえ。行ってきます!」
玄関から出て行く明美さんの背中を見送った俺は、洗面台に向かい手洗いうがいを済ませた後、リビングのドアを開く。
「パパ~あ~ん」
「あ~~ん―――う~ん、美味しいよ、ママ~」
「まだまだ、沢山あるからね~」
「あぁ~大好きなママとこうして一緒にいられるなんて幸せだなぁ~」
「ママも幸せだなぁ~」
とまぁ、うちの両親はこんな感じで四六時中いちゃいちゃしている。
まぁ、俺は、あっちの世界に行く前にしょっちゅう見ていた光景だから慣れているのだが、慣れていない明美さんはかなり気まずい思いをしているだろう。
まったく……。
「ただいま!」
「あっ、咲ちゃん、お帰り!」
「おかえり、さっくん。今日もご苦労様」
「まったく、仲がいいのは良い事だけど、明美さんのいる前ではもう少し自重してくれよ! 明美さん、気まずそうじゃんか!」
「はは、ごめんごめん。大好きなママとこうして一緒にいられると思うとついつい……」
と苦笑いを浮かべ頭をぼりぼり掻く左手の薬指には番の龍がモチーフのプラチナリングが光っている。
「そうよ咲ちゃん! パパ、こうして無事に戻ってきたんだから、少しくらいいいでしょ!?」
「いや……少しくらいじゃないでしょうが……」
そう、親父は無事に帰る事ができた。
――あの日
「親父ッ!」
俺は上半身だけになった親父の身体をを抱きかかえる。
『フン、マサカニンゲンゴトキニ、ヨガマケテシマウトハナ』
親父の身体はまだアーノルドのままだ。
「おい! アーノルド! いい加減親父にこの身体を明け渡せ!」
『コト、ワル』
「ふざけんなよ! 最期の最期まで、親父を貶すつもりかッ!」
『……』
「たのむよ、親父の身体だけでも、家に帰らせてあげたんだよ……」
『……』
「黙ってないで、何とか言えよおおお!」
我慢できず拳を振り上げる。
これ以上親父の身体を痛めつけたくはもちろんない、
だけど、許せないんだ。死してなお親父の身体を弄んでいるアーノルドがッ!
振り上げた拳を振り下ろそうとしたその時だった。
何かに腕を掴まれた感じがする。
『咲太、やめろ』
声のする方へと視線を向けると、黒髪の男のホログラムの様なものが立っていた。
初めて見る顔。だけど、俺はこの男を知っている。
「ケイタロス!?」
『おうよ』
「なんで、止めるんだよ! こいつは、親父を!」
『落ち着け。違うんだ、咲太』
ケイタロスは俺の肩に手をのせ、諭すかの様な口調で俺を宥める。
『よく見てみろ、身体が真っ二つになってるんだぜ? 化け物じみた管理者だからこそこうして意識を保っているんだ、この状態で身体を圭太に戻したらどうなると思う』
アーノルドと意思疎通がとれていたため考えていなかったが、上半身と下半身が切り離されているんだ普通の人間なら……。
『即死だよ』
「……ッ……」
『意外といいところあるじゃねぇか、魔王さんよ』
『フン、カンチガイスルナ、ウツワガナクナルトコマルカラシカタナクイカシテオルノダ』
『よく言うぜ。家族思いのあんたの事だ、圭太と咲太の親と子の想いに触発でもされたんだろ』
『フン、ヌカセ』
『がっはは、照れるなって』
『テレテナド、オラヌ! ソレニシテモ、ナレナレシイゾキサマ! イツカラキサマトヨハソンナカンケイデハナイダロ』
「んなこと言うなよ、気が遠くなる程一緒にいる仲だろ? 正直、あんたともっと打ち解けるべきだったと後悔してるよ。そうすれば、こんな事にもならなかったんだからよ」
『フン、キサマトウチトケルナドテンチガヒックリカエッテモオキエヌコトダ』
言葉とは裏腹に、照れ臭そうにアーノルドは、ケイタロスから目を背ける。
千年以上一緒に過ごした仲だ。
この二人に俺の知らない通じあう何かがあるのだろう。
だけど、今はそんな事よりも
「なぁ、ケイタロス親父はまだ助かるのか?」
『おう、俺様が圭太を死なせるわけねぇだろうが。おッ、きたきた。おーい、急いでくれ』
ケイタロスが俺越しに、手を振る。
後ろを振り向くと、クミカさんがこちらに向かってきていた。親父の下半身を抱えながら。
結構グロテスクな姿だ。
「お待たせしました。圭太様、少々失礼いたします」
クミカさんは、親父の下半身をそっと地面に置き、
ケイタロスの前に近づき、片膝をつき、頭を垂れる。
『久しぶりだなクミカ。元気そうで良かった』
「ケイタロス様、クミカは……クミカは……」
嗚咽を漏らすクミカ。
ポツポツとしずくが止めどなく落ちる雫が地面を濡らす。
『大丈夫だ、俺様は、俺様だけはちゃんと分かってるから』
「……は、い……」
『ほら、泣いてる暇はねぇぞ? 早く圭太を助けねぇと障害が残る危険性があるからな』
「はいっ!」
クミカさんは、勢いよく立ち上がり親父の下半身を上半身に合わせる。
親父の体内の臓物は、魔力によって元の場所に固定されているようで、そこまでグロテスクな状況にはなっていない。
親父の身体のすぐ横に腰を下ろし詠唱を口にするクミカさんの全身から眩い光が発せられ、親父に向けている両手に流れ込む。
「すげぇ……」
何が凄いかと言うと、離れ離れになっていた親父の上半身と下半身がお互いを求めるかの様にくっついていく。
これなら、親父が助かる!
そう思った矢先、『あぁ……これじゃあ無理だな』と口するケイタロスの一言が俺を絶望の淵に落とす。
「無理って、なんだよ!?」
『魔力が圧倒的に足りねぇんだ……』
「まじかよ……そうだ! 俺の魔力を分けるとかできないか? ほら、魔力譲渡とか」
『あぁ~そいうのはできないぜ?』
「なんでだよ!?」
『魔力というものは、人それぞれ違うから混ざり合う事ができないんだよ』
「じゃあ、あんたがクミカさんの代わりに親父を助けてくれよ! ほら、俺の身体を使ってさ!」
『今お前の魔力は枯渇に近い状態だ。そんなお前の身体を俺が使ったら共倒れだよ』
「……じゃあ、諦めるしかないのかよ……」
『いや、方法はなくはないのだが……』
ケイタロスはそう言って、クミカさんの方に視線を向ける。
「なんだよ、その方法って……」
『術者であるクミカの生命力を魔力に変換すれば、圭太を助けられるくらいの魔力までいけると思う』
「それじゃあ、クミカさんは……」
『死ぬ、だろうな』
「なんだよそれッ! クミカさんを犠牲にしなくちゃいけないのかよ! だめだろそんなの!」
「咲太さん」
クミカさんが俺を呼ぶ。
「くみか、さん……」
「そんな顔しないで下さいまし。元よりそのつもりでした。最初にいいましたよね?』
“このクミカが命に代えてでも治してみせます”
確かに、そう言っていた。
『ケイタロス様にもこうして再会できました。もう、何も思い残すことはございません。圭太様が五体満足でご家族の元へとお帰りになられることができるのであれば、このクミカの安い命などいくらでも捧げましょう」
はにかむ様な笑み。
嘘偽りのない言葉。
クミカさんの本心だろう。
『そんな顔しないで下さいまし」
俺、どんな顔しているんだ……分からない。
『ひとつ心残りは……奥様に謝りにいけない事ですが』
「大丈夫です、俺がちゃんと伝えますんで……」
『はい、よろしくお願いします。では、はじめます!』
クミカさんの身体を包む光の強さが増す。
そして、魔力の色は虹色に変化し、グルグルとクミカさんの全身を取り巻く様に循環していく。
「奇麗だ……」
自然と洩れた言葉だ。
「よ、かった」
安堵の息を漏らすクミカさんの身体から魔力の光が途切れ、
そのまま、崩れる様に倒れ込んだ。
「クミカさん!」
「成功です……これで、お家に帰れますね」
花が咲く様な、そんな素敵な笑顔を向けるクミカさんの顔が段々とひび割れていく。
「あ、あぁ……クミカさん、顏が……」
『生命力を使い果たしたんだ、後は灰になるだけだ。よくやったなクミカ』
「はい、ケイタロス様」
『泣くな咲太、クミカを一人で逝かせたりはしねぇからよ』
「そう、ですよ、咲太さん。私は、これから、大好きなケイタロス様と、一緒にいられるんです、逆に、幸せな、未来がまっている、のですよ」
「そうなの? だって、ケイタロスはアーノルドと親父の中に戻るんだじゃないの?」
『なんか、今回の件で俺様とアーノルドが仲良くなったと認めてもらったらしくてな。晴れてお役御免って訳だ。あとは、上司の元でのんびり暮らすさ。こいつらと一緒にな』
『ふん! 仲良くなってなんかおらぬわ!』
いつの間にか一人増えてる。
アーノルドのホログラムだ。
それにして、このアーノルド……俺の知っている魔王様そっくりんだんだけど。
先祖返りって本当だったんだな……。
『まぁた、そんなに照れるなって!』
『照れておらぬわ! ふん、余は先に逝っておるぞ! 家族が待ってるからな!』
そういって、アーノルドのホログラムはその場から消え去っていった。
『さて、俺様達もいかないとな』
「はい、ケイタロス様」
ケイタロスがクミカさんの手を握る形で勢いよく引っ張ると、あら不思議、クミカさんのホログラムが出てきて、クミカの身体は灰に変化した。
『じゃあ、いくわ』
「その、色々とありがとうな」
『親が子に何かをする事は当たり前の事なんだ、そんな感謝の言葉なんていらねぇよ』
「それでも、ありがとうな……親父」
『親父なんて呼ばれて、なんか、照れるな。まぁ、残りの人生楽しめや、あっちで待ってるからよ』
ケイタロスは天を指さす。
そうか、待っていてくれるのか。嬉しいな。
「あぁ、待っててくれ!」
――とまぁこんな感じで親父は我が家に戻って来ることができた。
母ちゃんにクミカさんの事を話したら、
「パパの事寝取った事は絶対許さないわよ? だけど、パパの事を助けてくれた事については凄く感謝しているわ」
と、まぁ、許してくれたと思って良いだろう。
「それで、会社はうまくいきそうなの?」
「うん、諸々の手続きは終わったよ~会社作るって大変なんだね。幸一叔父さん達に感謝だよ」
「何言ってるのよ? 当たり前でしょ?」
俺は、会社を作る事にした。
政府は今回の件については感謝はしているが、俺達の様な異世界経験者の扱いに困っていた。
あまりにも巨大な力をもっているからだ。
一国と対等に渡り合える程の戦力だ、それは警戒もする。
まぁ、頼まれても自分から国に喧嘩を吹っ掛ける事はしないけどな。
ただ、俺達が吹っ掛けなくても、国から喧嘩を吹っ掛けられる可能性も無きにしろあらず、それを回避するためには、俺達は一つに纏まらなくてはならない。だから会社を作ろうと思い立ったのだ。
危険すぎると反対する意見も多々あったのだが、それなら日本から出て行くって脅したら渋々承諾してくれた。俺達の力を他国に奪われるのは嫌だったのだろう。
会社名は、株式会社リアース。
向こうの世界の名前を会社名に使わせてもらっている。
俺と司を筆頭に、紗奈、高次さん、田宮、そして片瀬達が主メンバーだ。
まぁ、紗奈と田宮、片瀬達はまだ高校生だからバイト扱いだけどね。
基本は、政府からの依頼を受けるのだが、時と場合によっては民間の依頼も受ける。まぁ、なんでも屋だと思ってくれればいい。それと、他の会社にないわが社の強みがある。
それは、異世界交流だ。
ケイタロスのお陰で、俺は転移魔法が使える様になった。
あっちの世界に行き放題なんだ。
それによって、あっちの世界のあらゆる資源を日本に持ってきて有効活用できないか考えている。いつか資源不足の日本の手助けになれればいいかなと思っている。
俺が口癖のように言っていた、世のため人のためになる事になるだろう。
「明日、向こうにいくんでしょ? どれくらい行ってるの?」
「あぁ、一週間くらいかな」
「紗奈ちゃんも一緒だっけ?」
「うん、丁度連休があって旅行がてらね」
「そう、僕も行ってみたいな異世界」
「落ち着いたら二人とも連れてってあげるから」
「うん、楽しみにしてるね!」
こうして、なんの変哲もない家族の団らんは続いた。
◇
草木一つ生えていない、岩肌が丸出しの荒野。
黒いコートを纏った男と白いコートを纏った男が対峙していた。
「待たせたな」
「この日をどれだけ待ちわびたか……涙がでそうだよ」
「その涙は、俺に負けた後に取っておきな」
「何を言っているのさ、今度は必ず僕が勝つからね! そっちこそ、負けたからって惨めに泣かない事だね!」
「言ってろ」
「ゴホン、そろそろいいかな?」
「あっ、すみません魔王様」
「申し訳ございません、ついつい」
「あっははは、いいのだ、いいのだ。貴殿らはそれくらいがちょうどいいのだよ」
とうとうこの日がやってきた。
あのクソ隊長に邪魔されあやふやになった、俺とワタルの戦いの再戦。
場所は、魔大陸の最西端。
何もない場所だ。
そして、立会人は魔王アーノルド・ルートリンゲン様。我らが魔王様だ。
「それにしても、この場所を使わさせていただいてよかったのですか? 俺とワタルが戦えばただじゃ済まないと思うんですが……」
「心配しないで欲しい。この地は、これから開発を進める予定なのだから更地になるくらいがちょうどいいのだよ。それに、我が弟子の戦場くらい師匠である我が準備しないとな」
「ありがとうございます、師匠」
空間魔法の共同開発を進める中で、ワタルは魔王様の弟子になった。
羨ましい。こんな世界最強の男を師に持つとは。
「ルールは特に設けない。存分に戦ってくれ!」
「「はいっ!」」
太陽を遮るものがないせいか、俺とワタルの影がくっきりと地面に映し出される。
「いくぜ?」
「うん!」
駆け出す二つの影が交わる!
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。
これで咲太の物語は一先ず完結です。
今後、いくつかSSを上げる予定です。
また、ブックマーク、評価点、感想、いいねなど頂けると嬉しいです。
最後に簡単なあとがきを活動報告にあげましたので、読んで頂けると嬉しいです。
今まで、ご愛読いただき誠にありがとうございました!




