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【本編完結済】帰ってきた元奴隷の男  作者: いろじすた
最終章

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秘技【母ちゃんに丸投げ】

 ゆっくりと瞼を開く。

 泥水の様に灰色に濁った空が広がっている。

 見てるだけで胸糞が悪くなりそうで、俺はすぐさま視線を切る。

 さて、次は俺の状態だ。

 十分に睡眠が取れなかった時の様な倦怠感が全身を巡るが、不思議と頭はスッキリしている。


「気が付きましたわね」


 蚊の鳴くような声に反応すると、そこには真っ赤なスリットドレスを身に纏った和風美人がしゃがみこんで俺に顔を向けていた。親父から渡された写真の中にいた人物、親父の浮気相手の久美さんだ。そして、ケイタロスの眷属であるクミカさんでもある。


「皆さん、咲太さんがお目覚めになりました」


「サクッ!」「兄上!」


 俺と共に行動していた紗奈、司、高次さんが一斉に俺の元へと近づいて来る。

 物凄く心配そうな顔で。紗奈なんて、目が真っ赤に充血していた。泣かせてしまったのだろうか。

 それもそうか、胸にデッカイ風穴を開けてたんだからな。早くみんなを安心させないと……。

 ゆっくりと上体を起こそうとする俺を紗奈が支えてくれる。


「ありがとう、紗奈。ごめんな、心配かけて」

「よがっだでずザグ」

 

 俺に抱き付き、嗚咽の声が漏れている紗奈の頭を優しくなでる。


「みんなもすまなかった」

「いや、兄上が無事でよかった」

「痛みは、どうだ?」


 高次さんは、自分の鳩尾あたりに手をあてている。

 俺がアーノルドに攻撃された部分を示しているかのように。


「不思議と痛みはないんだ」


 と言いながら、俺も確認するかの様に腹をさする。

 アーノルドに攻撃された部分の服はいびつな円形に破られていた。触ったかんじ背中の部分も同じ事にはっているだろう。

 これを見る限り、俺の胸に風穴を開けられたのは夢でも幻でもないと改めて認識する。


「俺、どれくらい眠ってたんだ? それにこの場所は……城の外だよな?」

「兄上が、眠ってからまだ十分しかたっていない。兄上があの化け物に攻撃されたすぐ後に彼女の手によって私達は城から脱出したのだ。ここは、城から少し離れた場所になる」

「そうか……。俺の事を治してくれんたですね、クミカさん」

「……ッ……」 


 あえて、クミカさんと呼ぶ。

 彼女を久美さんと紐づけてしまうと、いくらケイタロスが彼女を許して欲しいと言っていても、親父を誑し込んで俺の家族をめちゃくちゃにした事実は変わらない。そして、それに対して静観できるほど、俺は聖人君子ではない。

 クミカさんは、俺に自分の前世の名を呼ばれて一瞬目を大きく開くが、すぐさま返答する。


「微力ながら、治癒魔法を掛けさせていただきました」

「微力だなんて、あれほどのキズを短時間でこれほどまでに完璧に治すなんて凄いですよ。ありがとうございます、俺を助けてくれて。あと、みんなを避難させてくれて」

「……わ、私は、貴方様に感謝の言葉を貰えるような人間ではございません……私のせいで、貴方様の家族は……」


 悲壮感漂うクミカさん。

 もっとこの人が酷い人であれば良かったのだが、

 罪悪感に押しつぶされそうになっているクミカさんを見ていると、俺は、久美さんに対する怒りをぶつける事ができない。


 ちなみに、俺とクミカさんのやり取りを空気の読める紗奈達は何も言わずじっと見守っている。

 

「貴方のした事を許すつもりはありません」

「……は、い」

「ケイタロスから、貴方の事を聞きました」

「え……? ケイタロス様……ッて」

「その話はのちほどします。さて、俺がクミカさんの立場だったら、同じ事を絶対しなかったとは言えません」


 そう言って、俺はチラッと紗奈に目をやる。

 キョトンとした表情の紗奈に弛みかける口元をただし、再度クミカさんに視線を戻す。


「だからと言って、久美さんが俺の家族にしたことを許せるほど、俺は出来た人間ではありません」

「はぁ……」


 あれ? なんか、自分で何いってるか分からなくなったぞ?

 クミカさんも混乱しているようだ。

 

「ごほん、つまりですね。親父を元に戻すために力を貸してください。親父さえ戻れば、俺の家族は元通りになれますので」

「もちろん! 圭太さんを取り戻す事については、咲太さんに断られたとしてもこの命に掛けてもやり遂げるつもりでした。でも、それは当然私がやるべき事で、咲太様やご家族の皆様に対しての罪を償う事には……」

「いいんです。俺の事を助けてくれたじゃないですか。たぶん、俺の両親はそれでチャラにしてくれると思います」

「でも……」

「じゃあ、親父を取り戻したら一緒にうちに行きましょう。一番、傷ついたのは母ちゃんですから。母ちゃんにクミカさんの処遇を決めてもらいます」


 埒があかないため、

 俺は秘技【母ちゃんに丸投げ】を発動する。


「承知いたしました」


『グオオオオオ!』


 まるで、タイミングを計ったかの様にケイタロスの居城の上空から地を揺らすかの様な雄叫びが発せられる。

 黒い人影が浮かんいる。

 アーノルドだ。


「さて、ゆっくりもしてられないなぁ」

「兄上、あの化け物をどう攻略するつもりなのだ」


 俺とクミカさんの話が一段落ついたところで、司が俺にアーノルドの攻略方を聞いてくる。


「攻略、か……」


 俺以外の四人がごくりと喉をならし、俺に集中する。


「俺にそんなもんあるわけないだろ」

「まぁ、だろうな」


 司は、知っていたと言った感じだ。

 なら、なぜ聞いた……。


「俺らしく、力押しでいこうと思う」

「サク、さっきの事をわすれたのですか? 下手したら死んでいたかもしれないんですよ!?」

「心配するなって、さっきの俺と今の俺は違うからよ。信じられないかも知れないけど、俺、ケイタロスの眷属になったんだ」

「何をバカな事をいってるんですか! サクは、怪我して気を失っていただけですよ!?」


 まぁ、紗奈の言っていることは間違いないよな。

 端から見たら、ボロボロにやられて気を失ってただけだからな。


「大丈夫だ。少なくともさっきの様に成す術もなく簡単にはやられる事はないからよ。俺が紗奈に嘘ついたことあるか?」

「ないです……分かりました。では、私達はどうすれば?」  

「あぁ、紗奈、司、高次さん。三人とも、今すぐこの島から脱出して欲しい」

「そ、そんな! アタシも一緒に戦います!」

「そうだ、兄上。ここまで来て、尻尾を巻いて逃げろと言うのか?」

「咲太、俺達がいたら足手纏いなのか? 俺達がいたら、存分に戦えないのか?」


 三人ともかなりぐいぐいくる。

 みんなが、いると存分に戦えない。

 高次さんの言う通りだが、それよりも……。


「気を悪くしないでくれ。みんなが居てくれたら、確かに心強い。だけど、今回は俺とここにいるクミカさん……ケイタロスの眷属だけでカタをつけないといけない。そう思うんだ」


 俺の返事に高次さんは、少し考えた素振りをみせ、そして、答える。


「……わかった、お前がそう言うのなら従う」

「高次、それでいいのか!?」

「落ち着け、司。ケイタロスの眷属というものが何かはわからないが、咲太がここまで言っているんだ。信じて待つのが仲間というものじゃないか」

「……しかし……ッ…………はぁ、兄上、死ぬ事は許さんぞ……無理だと思ったら、すぐに離脱すると約束してくれ」

「あぁ、分かった。約束する」


 高次さんのお陰で、司は何とか理解してくれた。

 次は……。


「紗奈……」

「……もう、何で二人ともそんなにすんなり引き下がるんですか! これ以上、何も言えなくなったじゃないですか!」

「紗奈、戻ったら行きたがっていた温泉旅行に行こう」

「変なフラグ立てるのやめてください!」

「はは……そんなつもりはないんだけどな」

「……でも、温泉いいかもです。絶対にですよ」

「あぁ、約束だ」


 司達の目を気にしつつ、

 恐る恐る、紗奈をギュッと抱き締めた。 

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

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【余命幾ばくかの最強傭兵が送る平凡な生活は決して平凡ではない】 https://book1.adouzi.eu.org/n8675hq 新作です! よろしくお願いします!
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