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【本編完結済】帰ってきた元奴隷の男  作者: いろじすた
最終章

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対峙

 ギギギ――ッと不気味な音を立て扉が開かれると、ずっと留めておいたものが一気に開放されたかの様に重々しい空気が俺達の身体をなぞるかの様に室外へと抜けていく。


「うッ……」

「な、なんというプレッシャーだ……」

 

 辛うじて、二本の足でプレッシャーに抗う俺と司。

 魔力を扱えないため魔力耐性が乏しい紗奈と高次さんは、堪らず片膝をついてしんどそうな表情を浮かべている。

 

 頭のてっぺんから爪先まで駆け巡る悪寒。

 顔を上げられない。

 身体が鉛の様に重い。

 一歩が前に出ない。

 

 この場所から逃げ出してしまいたい、そう感じる程にこの部屋の主と埋める事の出来ない圧倒的な力の差を感じビビってしまう。

 

 逃げたい。でも、逃げちゃだめだ。

 俺が、逃げてしまったら、この化け物によって日本が、いや、世界が混沌に陥ってしまう!

 だからッ、何とかここで食い止めないといけない! もしかしたら、魔王アーノルド様のように話し合いで解決できるかもしれない。


 そんな淡い期待を持ちつつ、 

 俺は自分を奮い立たせ、目の前にいる存在へ眼を向ける。

  

「…………ッ……」


 今まで玉座の間を何度か目にしたことがある。

 まぁ、異世界での話だが。

 この空間は、今まで体験したどの玉座の間よりも狭く、そして、悪意にみちていた。

 


『ニンゲン……コロス……』


 そう口にする、俺の眼前に気怠そうに玉座に座している存在に、一瞬でこの存在との対話は無理だと悟る。


「漆黒の殺戮者……」

 

 ふとそのワードが口から洩れる。


 実際に俺が漆黒の殺戮者を知っている訳ではない。

 ただ、俺の眼前に座っている存在は、そう言わざるをえない程に禍々しい漆黒を身に纏った化け物だった。


「あれは……」

 

 俺は、まるで目を反らすかの様に、黒い存在のすぐ隣に目がいく。

 真っ赤なスリットドレスを身に纏った和風美人。

 何故か初めて会った感じがしない。

 そんな彼女は、口元に手をあてて、驚愕の表情を俺に向けていた。そして、彼女の右頬を伝う一筋の雫をみて、俺の胸がぎゅっと締め付けられる。それは、先程の魔物達に感じていたものより強く苦しい。


「……あ、兄上、かなり不味い状況だ。私には、あれを倒せる自信が微塵も湧かない」

「はは……お前もか。話し合いなんてのも」

「無理だろうな……」

「あれが、漆黒の殺戮者ケイタロスなのか?」

「あの姿、文献通りだ。十中八九間違いないだろうな」 

「そうか……だが、相手がどうであれ、あんなのを蔓延らせる訳にはいかない。あれは、悪だ。世界が終ってしまう」

「同感だ。兄上のあの力があればもしかするかも知れないが……」


 あの力。あの豚王の奴隷紋に抗った時の力の事を言っているのだろう。

 当事者の俺は記憶が飛んでいたからなぁ。

 それに、あの日以降あの男は現れない。どうやってあの力を引き出せるのか俺には解らない。


「それには期待できないな」

「うむ。そうであろうな」


 どうやってこの場を逸するかを話し合っていると、ケイタロスがその身を玉座から起き上がらせる。

 そして、一歩一歩ゆっくりと俺達に近づいてくる。


 コツコツコツと、この静寂な部屋に響くケイタロスの足音が近づくに連れて、俺の心臓のビートが速くなるのが解る。

 怖いのだろう。

 でも、何もせずただボーっと立っている訳にもいかない!


「動け! 動け!」


 俺は、未だに一歩を踏み出せない己の足に拳をぶつけ喝を入れる。

 少しず床に摺る様に足を動かせるようになる。

 ただ、これでは足りない!


「動けって言ってんだよ!」


 自分の足を両手で持ち上げて、俺は一歩を踏み出す。

 そして、一歩一歩確実に歩を進め、紗奈達を背にケイタロスと向かい合う。


『ホゥ……』


 そんな俺に向けて値踏みをするかの様な視線を浴びせるケイタロス。そんなケイタロスに未だに消えない恐れを抱き腰が引けそうになる。

 だが、次の瞬間ケイタロスに感じていた恐れを打ち消すかの様に、俺の中に新たな感情が芽生えた。


 それは、混乱だ。


「な、なんで、あんたがそれを……ッ」


 ケイタロスの首もとに掛けられた革製のバンドにぶら下がっている見慣れたプラチナ製のリング。竜が二頭絡み合っているそれを俺が見間違える筈がない!


「なんで、あんたが親父の指輪を持っているぐふぁ……」


『ダマレニンゲン、ミミザワリダ』


 何が起きたんだ。

 みぞおち辺りに激痛が走る。

 恐る恐る、俺は視線をみぞおち辺りに移動させる。


「はぁ? な、なんだ、これ」


 ケイタロスの右手が、俺の胸を突き破っている。


「ぐぼぉ、ぶぉあ」


 大量の血が食道を逆流し吐き出させる。

 や、やばい、死ぬのか、おれ。

 お、俺が、死んだら、司が、高次さんが、紗奈が……それだけじゃない、母ちゃんも、明美さんも、婆ちゃん達や、六課のみんなも……だめだ、こんな所で、死ねな、い。


『そうだよな? 死ねねぇよな』


 この、声は……。よかった、あんたが居てくれるならあ、ん、しん、だ……。


『ちっ、安心しきったツラしやがってネンネってか……まぁ、いい。守ってやるよクソガキ』

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

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【余命幾ばくかの最強傭兵が送る平凡な生活は決して平凡ではない】 https://book1.adouzi.eu.org/n8675hq 新作です! よろしくお願いします!
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