痛む心、そして解放
楽園に上陸した俺達は、バカでかい岩の上で楽園の全域を見渡していた。
俺の両目に映るモノ、それは、草木一本も生えていない殺伐とした空間。楽園と呼ぶにはあまりにも荒れ果てており、至る所にある毒々しい沼地には、魔物の死骸が浮かんでおりボコボコと気泡が発生している。
「これが、楽園なのか? なんか、こう考えてたのとは大分かけ離れてるな」
そして、なぜか分からないが胸がチクリと痛む。
「なんと痛々しい……」
もとより文献などで、この浮島の概要についてある程度の情報を持っていた司は、残念そうな表情を浮かべている。
「咲太さん、平気なんですか?」
「ん? 何が?」
そう言って、ハンカチを鼻と口辺り当てきつそうな顔をしている片瀬。よく見ると、田宮、菊池さん、柚木さんも同じ様子だ。丸山に至っては、一人だけハンカチを持っておらず自分の手をハンカチの代わりとしていた。まぁ、こいつがハンカチを持ち歩くタイプだとは思わないため、何かしっくりくる。
「何がって、この臭い、ですよ」
「臭い? 臭いがどうしたんだ?」
「うっぷ、む、り。おえっ、おえげろおろろろろ!」
片瀬の質問にキョトンとしていると、丸山がげぇげぇ吐きだした。
「おいおい、大丈夫か? どうしたんだよいったい」
「おそらく、アレが原因だろう」
司が指さす先には、多種多様な魔物の死骸がぎっしりと敷き詰められていた。ケイタロスは眷属である魔物達とこの楽園で暮らしていたというのだから、あの魔物達がケイタロスの眷属だと考えるのが妥当だろう。魔物達の死骸は至る部分が腐り、肉が爛れ、骨がむき出しになっている。そして、その身体からは明らかに尋常ではない紫色の毒々しい煙が出ている。
「劣悪な環境、そして長い時を戦場に身を置いていた兄上と紗奈は何も感じないかもしれないが、この地には酷い腐敗臭がしているのだ。戦場経験が兄上達より劣る私と高次でも眉をしかめるほどだ。田宮や片瀬みま達には少々キツイのかもしれない。どうやら、あの魔物の死骸が臭いの原因だろう。だが、これで魔法障壁に粗が無かった事に納得できる」
草も木も、生物さえも生きていない。
酸素がなくてもいいはずだ。
ちなみに、今は俺が魔法障壁を破った事で、外部との通気口が出来ており、少し息苦しくはあるが呼吸が出来るということは酸素を取り込められているのだろう。
「確かに違和感はありますが、全然気にならないです。麗しきJkが腐敗臭が漂う空間に身を投じても平然と出来るなんて……ショックです」
紗奈はわざとらしく肩を落とす。
はは、自分で麗しいっていうか普通。まぁ、そんなこと言っていても実のところ紗奈は何も気にしていないだろう。
俺は、紗奈に向けていた視線を再び魔物達に向ける。
「うっ」
「サク、どうしたのです?」
「分からない。さっきからなんか胸の辺りがチクチク痛むんだ」
「大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ。それで、次の目的地は城だったか?」
楽園に無事上陸した次なる目的地はケイタロスの居城だ。
「うむ。あれがケイタロスの居城だろう」
楽園の中心部、かつては美しかったとされる湖畔は毒沼に変わり果て、その上に浮かぶようにそれは存在していた。瓦礫に埋もれ城というにはあまりにもボロボロな外見。始祖アーノルド・ルートリンゲンとの戦いの痕跡がしっかりと刻み込まれている。
「やべぇなアレは」
「冷汗が止まらないです」
あの城から放たれている重圧に抗っていると、なんの前触れもなく、城の上空に巨大な魔方陣が現れる。
そして、魔方陣から黒い何かが、魔物達の死骸に向かって降り注がれる。
グルルルル……、
「なんだと!?」
魔物達が、一体、また一体とゆっくりと起き上がり、瞬く間にすべての魔物達が息を吹き返す。
グギョオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
そして、まるで操られているかのように魔物が一斉に俺達の方へと向かってくる。
「全員戦闘態勢!」
俺の言葉に各々の武器を手に警戒心を最大に高める。
「司と田宮は、飛行型の魔物を魔法で対処しつつフォローを頼む!」
「うむ」「分かりました!」
「片瀬達は、念のために一人で行動せず二人一組で対処してくれ!」
「「「はい!」」」「ま、任せろアニキ……うっぷ」
大丈夫かこいつ……。
「紗奈と高次さんは、好きに動いてくれ!」
「はい!」「わかった」
「いいか? 命を大事にだぞ? では、作戦開始!」
九つの人影が一斉に散らばる!
ものの数秒で魔物とエンカウント。
「黒拳! 黒脚!」
両手両脚がジワジワと熱を帯びると同時に漆黒に染まる。
魔力を纏っているのだ。
迫り来る魔物の群れを漆黒に染まった両手両脚で対峙していく。
◇
どれくらい時間がたったのだろう。
途切れない魔物の波に抗う。
倒したと思われた魔物達は、再び起き上がり俺達に襲い掛かってくる。
そう、無限リピートだ。
「くっそ、きりがねぇ! 他のみんなは無事か!?」
遠目で確認する限り、今のところ大丈夫そうだ。
『ぐぎゃおあおあうお!』
大型重機はありそうな熊の魔物が三体俺の前に立ちはだかる。
そして、肉が腐り骨が剥き出しになっている両手を俺に向けて振り下ろす!
その巨体に似合わず、振り下ろされた両手はかなりのスピードだが、避けるのは容易い。俺に攻撃を躱された熊の魔物達は、繰り返し執拗に攻撃を重ねるが、やはりそれは俺には届かない。
攻撃を躱している間に俺は、ある事に気づく。
「なんでそんなに辛そうな顔をしてるんだ……」
決して勘違いではない。
この三体の熊の魔物は、物凄く辛そうな顔をしている。
ふと、周辺を見渡す。この熊達だけじゃない。馬の魔物も、狼の魔物も、飛竜や兎の魔物も……みな、辛そうな、苦しそうな表情をしていた。
なぜだかは分からないが、俺には分かる。
彼らは戦いたくないと訴えかけている。
平穏に死ぬことも許されず、戦いを強要されている
胸が痛い。
心臓に釘を打ち付けられているようだ。
一分でも一秒でも早く、彼らを楽にしてやらないといけない!
「俺が、俺達がお前らを解放してやる!」
こんなに苦しんでいる奴らにこれ以上の苦痛を与えないためにも一撃で送ってやらないといけない!
俺は、拳に魔力を込める。だが、ただ込めるだけじゃない。
この魔物達を、苦しめずに送ってやれる一撃を!
今までに感じた事がない程の莫大な魔力が集まってくる。
それは、まるで炎の様に俺の右拳を包んでいた。
知らない力、だけど、俺はこの力の使い方を知っている!
俺は、拳を地面に打ち突ける!
先程、城の上空に現れたのと似た形の魔法陣がこの楽園の地に浮かび上がり、魔物達が次々と漆黒の炎に包まれていく。
漆黒の炎に包まれた魔物達は、暴れる事もなく、されるがままだ。
その表情は、先ほどとは打って変わって穏やかなものに変わっていった。
俺の目の前にいる、三体の熊の魔物達も同様。
澄んだ目を俺に向けている。
ガウウガウウ
ガッガガウ
ガガウガウガウ
魔物の言葉なんて分かる筈もない、が、こいつらの気持ちが伝わってくる。
“ありがとう”と。
漆黒の炎により消滅した魔物達から光のオーブが残り、そのオーブは天へと昇っていく。
俺達は、その光景を見守っていた。
全てのオーブが天の昇り消えゆくまで、ただ、ただ静かに見守っていた。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。




