う、そだろ?
「ちょっと、咲ちゃん!」
早朝トレーニングを終え、風呂から上がると興奮気味な母ちゃんに呼ばれてリビングに駆けつける。エプロン姿の母ちゃんと今起きてきたのか、寝間着姿の明美さんが我が家のリビングのテレビの前に立っていた。母ちゃんの手に白米が山盛りによそられた俺の茶碗としゃもじが握られているのをみると、朝食の準備の途中なのだろう。
「どうしたんだよ?」
「あッ、おはよう咲太君」
「おはようございます、明美さん。どうしたんですか?」
「ほら、テレビ見てみて」
「うん? テレビが……って、なんじゃこりゃ!?」
空に島が浮かんでいる。天空の城ラピ◯タ的なやつだ。
情報番組のMCによれば、昨日の晩九州南東の海上800メートル辺りに急に出現し、ゆっくりと北上しているらしい。
浮島の周りには、多数の自衛隊のヘリや戦闘機が取り囲んでおり、その包囲網より少し離れた場所を報道ヘリが飛んでいる。報道ヘリのカメラに撮された浮島の内部は、黒い靄のようなもので視界が遮られており確認できない。
「すげぇ禍々しいなぁ」
「不気味だよね」
「これ、このまま何もしなかったらこっちにくるんじゃないの? ママ、怖い」
「大丈夫だよ、母ちゃん! 何が出てきても俺が命に代えてもみんなを守るから」
「ありがとう咲ちゃん。でも、命に代えてもなんて、そんな悲しい事言っちゃだめよ。みんなで生きるの」
「そうだよ、咲太君。いくら助かっても君がいなかったら意味がないんだから!」
「ごめん……」
母ちゃんと明美さんの心温かい叱咤に俺は素直に謝る。
「ふふふ、さぁ、ご飯食べましょう」
ピンポーン、ピンポーン
「あら、こんな朝早くから誰かしら? ママ、朝食の支度の途中だから誰か出てくれない?」
「ごめん、私、今すっぴんだから……」
「明美さんは、すっぴんでも十分綺麗なのに」
二十半ばのすっぴんで、これだけ透明感のある明美さん素肌は逆に化粧で覆い隠してほしくない。
「本当に君は、そういう嬉しい事を恥じらいもなく……私も気も知らないで」
「えっ? なんかいいました?」
「何でもありませんよーだ! べぇー」
美人のべぇーは、破壊力があるなぁとドギマギしながら俺は玄関に向かった。
ピンポーン
「はーい、今開けますんで!」
時刻は、午前7時半。こんな朝早く誰だろう?
徹夜明けの栗さんが脳裏に過る。よく家にご飯を食べに来るからな。
いや、栗さんだったら、そのまま家に不法侵入してくるだろう。警察のくせに。
「どちらさ、ま……」
門前に立っていたのは、黒猫のマークでもなく、ましてや郵便局のマークをつけている帽子の人でもなく、真黒の喪服姿の厳ついオッサンだった。
「服部、咲太さんでまちがいないでしょうかあああ!?」
しかも、声がデカい。
「はい、そうですが……あの、どちら様ですか?」
「わし、いえ、わたくしは、海王丸という遠洋漁船の船長をしています、田丸静ともうしますうううううう!」
その見た目からは想像がつかない程に女性らしい名前に一瞬戸惑ってしまう。
○び太さんのえっち! とか言ってる国民的ヒロインが一瞬頭によぎってしまった……。
ん? 海王丸?
「海王丸って……まさか、親父がお世話になっている船ですか?」
「はいいいいい! その通りですうううう!」
いや、こえでけぇって。近所迷惑レベルだよこれ。
「ここでは、なんですから、どうぞ中へ」
「よろしいですかああああ?」
だから、声大きいって。
「はい、どうぞ、どうぞ」
「では、失礼いたしますううううう」
◇
田丸さんを伴い、家の中に入ると我が家の食卓にはすでにほっかほっかの朝食が陳列されており、明美さんも寝間着から負担着に着替え、母ちゃんのお手伝いをしていた。
「誰だった? くりちゃん?」
お味噌汁をよそいでいるため、こちらのいかついオッサンの姿を見る事ができない母ちゃん。
「いや、田丸さんと言って、親父がお世話になっている船の船長さんなんだって」
「へ? パパの?」
母ちゃんは、エプロンで手を拭いながらキッチンから出てくる。
「すみません、こんな格好で。いつも、パパがお世話になっております。元妻の舞子です」
「これは、ご丁寧に。海王丸の船長をしてます、田丸静ともうしますうううう! こんな、朝早くから無礼とは思いましたがどうしてもお伝えしたい事があり、近場に船を停泊させてからとんできましたあああああ!」
「それは、わざわざ……もし、ご朝食がまだでしたら、ご一緒にいかがですか?」
「いえ、また、すぐに海に戻らないといけませんのでええええ」
「そうですか……それで、ご用件は?」
「それは……元ご主人の田中圭太さんですが……海に落ちた乗組員をたすけるために嵐の海に身を投げ……未だに、行方が……」
「う、そ……」
「舞さん!」
田丸さんの口から告げられた衝撃の事実に、母ちゃんはぺたりと尻餅をつき、そんな母ちゃんに明美さんが駆け寄る。
正直俺も内心穏やかではない。あの親父が……。でも、俺だけでも気をしっかり持たないと。
ブーッ、ブーッ、ブーッ
そんなタイミングで俺のスマホが鳴る。美也子さんからだ。
「は、い、、服部です」
何とか声を絞り出して応対する。
『咲太、テレビみたか?』
「テレビ、あぁ、あの浮のことですか?」
『あぁ。ん? お前なんかあったか? 声が暗いぞ? 大丈夫か?』
我が上司様は、そういうところにすぐ気が付く。
いつも、ちゃんと俺達を見てくれている証拠だろう。
「少し、予想外の事が起きまして……」
『本当に大丈夫か?』
「はい、大丈夫で、す」
『全然、そんな風には思えないのだが……まぁ、いい。緊急招集だ。今すぐ、こっちに来てくれ』
「承知いたしました」
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