人嫌いの青年の双子の戦乙女 終
更に五年の歳月が流れ、双子の姉妹、ルニカとクミカは十五歳になった。
この世界では、十五歳という年齢を子供から大人へと成熟する一区切りとされている。そう、彼女たちは成人したのだ。
そして、この時が俺と彼女達の別れを意味する。
「今まで、本当にお世話になりました……」
「うぅ……ぅ」
ルニカとクミカは強くなった。
俺が鍛える以前に導士の眷属という肩書は伊達じゃなかった。
圧倒的な身体能力に莫大な魔力。人知を超えた力を持つ彼女達であれば、歴史に名を残せるほどの武人になれるだろう。俺も安心して二人を送り出せるという訳だ。
二人はこれから故郷である、ベルガンディ王国に戻る。
ベルガンディ王国の現王であり、二人の実兄であるレニモ王の圧政に苦しむ民を救うためにだ。この五年間、ルニカ達は己を鍛えるだけではなく、信頼のおける家臣と連絡を取り合い準備を整えてきた。現王政に反旗を翻す準備を。
「二人とも元気でな」
「はい、ケイタロス様も……」
「うぇええん、いやだよおおお」
涙ぐみそうになり唇を噛みしめる姉のルニカと大粒の涙を流す妹のクミカ。
二人との別れがこんなに惜しいとは……。
近くにいるのが当然だと思っていた二人が、これからはいないんだと思うと心にぽっかり穴が開いた気分になる。今まで、これ程までに近しい存在があっただろうか……いや、なかった。それほどまでに俺の中で、この双子の姉妹は特別な存在だと言えるだろう。あの日、この二人を助けて本当によかった。
別れを惜しみつつ、俺達はお互いの道を歩む。
それからしばらくして、たまに必需品の買い出しに訪れている町で双子の戦乙女の活躍を耳にする事ができた。ルニカとクミカの英雄譚が、吟遊詩人の竪琴の美しい音色にのせられる。二人は、無事レニモを討ち取り、新生ベルガンディ聖国として新たな一歩を踏み出したらしい。俺の元を離れてから約一年後の話だ。
自分の眷属の活躍に胸がいっぱいになる。その二人、俺が育てたんだぜと叫びたくなる程に凄く誇らしい気分になる。胸いっぱいのまま帰路に着こうとすると、新たな詩が流れる。普段であれば、吟遊詩人の詩なんて気にしたりはしないのだが、内容が内容だったため俺の足は立ち止まってしまった。
――魔王アーノルド・ルートリンゲンが人間族の大陸に攻め込んできた。
魔族の導士であるアーノルドは、魔大陸を統べる王、魔王と自ら名乗っているらしい。俺とは大違い、大したものだ。人間族の大陸では、多くの魔族達が労力として使われている。奴隷としてだ。そんな扱いを良しとしないアーノルドが立ち上がったのだ。
元々、魔族は優れた身体能力を有していても、魔力を伴っていない。そのため、魔法が使える人間族には足元にも及ばない存在なのだ。それほどにこの世界での魔力の立ち位置が凄い。
なので、魔族が攻め込んでくるとしても、余裕をかましていた数多くの人間族の国が滅ぼされた。その数、大陸の半数以上。それほどまでに、魔力を持った魔族は強い存在なのだ。
その結果、残った国々は、奴隷としての魔族を解放した。
ルニカ達の国、ベルガンディ聖国については、心優しいルニカ達が玉座についてから奴隷制度を廃止したため、アーノルドの標的にはされなかった。
まぁ、そんな事は俺には関係ないと高を括っていたのだが……。
「やったー、やっと完成した!」
ついに完成した。俺達の楽園が。そう、空飛ぶ島だ。
直径十キロほどの円形の浮島。俺の居城がある島の中心部には、大きな湖がある。そして、それを囲むような瑞々しい森林。俺と、魔物達が暮らすには凄く良い環境と言えるだろう。
俺は、早速楽園召喚を発動し、魔物達を次々と浮島にのせ、空へと羽ばたいた。いつか、ルニカ達も招待してやろう、二人ともさぞ驚くだろうなと、二人が驚く顔を思い出しながら。
だが、悠々自適な空での生活は、そんなに長くは持たなかった。
アーノルドが、人間どもと徒党を組み、何故かこの俺に宣戦布告してきたのだ。
おいおい、俺が何をしたんだ? と理不尽なやつらの行動に苛立ちをおぼえた。どうやら、アーノルドはこの世界に二人の導士がいる事が許せないようだ。自分が一番じゃなければ気が済まない性格なのだろう。まったくもって迷惑だ。
俺の楽園に向けられ数多くの人間族や魔族の兵士達が空を昇ってくる。こちらからみたら、まるでイワシの大群のようなそれらだが、この俺の圧倒的な力によって被害を被る事はなかった。逆に浮島の真下に山の様に死体が積みあがる様子が垣間見える。
こんな無駄な争い、そうそうに諦めてほしいものだ……。
正直、本気で相手にしなかった。する価値もなかった。なぜなら、彼らは俺よりも遥かに弱すぎるから、アーノルドも同じだ。眷属に力を分け与えたせいで、本来の導士としての力には全く及んでいない。それに比べたら、俺の眷属はたったの二人。自力では、俺の方に軍配があがるというものだ。
「うそ、だろ……なんで……なんでだああああああああああ!」
そんな余裕綽々な俺の目に写しだされたのは、ボロボロの姿のクミカだった。
俺の危機だと思って駆け付けたクミカだったのだが、腐っても導士であるアーノルドに力及ばず、ズタボロにされたのだ。戦士としての矜持も、女としての尊厳も。
目の前が、真黒に染まる。
俺の唯一の止まり木である、俺の大事な眷属を、こいつらは汚した!
全身を黒い何かに包まれる。
「よくも、よくもクミカをッ!」
「な、な、なんだ、それは! 貴様、いったい、ぎゃあああああああああ」
俺の肩から、漆黒の龍の顎が現れ、そして、一瞬でアーノルドを飲み込む。
そんな異様な光景に、俺を敵対していた魔族も人間族もすべて恐れを抱き動けずにいる。
それから、神様の介入があるまで丸一日、大陸全土の人間族ども殺しつくした。
そんな俺を人々は、畏れと嫌忌を込めて【漆黒の殺戮者】と呼ばれた。
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