人嫌いの青年の双子の戦乙女 ②
顔も背格好も瓜二つの少女達。見た目通りであれば、年は十にも満たないだろう。血と泥まみれでボロボロではあるが、素人目からも分かる程の上質な布を使ったドレスを纏っている。
虫の息ではあるが、一応生きてはいるらしい。
困った……。極力他人とは関わりたくないのだが……。
瀕死な少女達を目の当たりにして扱いに困っている俺を非情で冷酷に思うだろうが、前世で人間関係で散々な目にあっている俺は、人間が嫌いなのだ。
そして、誰よりもそんな俺という人間が一番嫌いだ。
「……ッ……」
そうこう悩んでいる内に少女の一人がうっすらと瞼を開く。
血の気が引いたかのように顔面蒼白な少女の薄紫色の瞳は、焦点があっておらず、輝きを失くした宝石のようだった。
「お、おねがい、です……どうか、クミカを……妹を、助けて……くだ、さい」
俺に向けて、少女は必死に言葉を紡ぐ。妹を助けてと……。
頬に一筋の雫が伝うのを感じる。
「あ、れ? 俺、泣いてるのか?」
涙などとうに枯れたものだと思っていた。
だが、俺にもまだ涙を流せるほどの心が残っていた。
目の前の美しい光景に感動出来る程の心が。
こんな小さな少女が、自分の命の灯が消えようとしているにも関わらず、開口一番に自分よりも妹を助けて欲しいと懇願している。
なんて尊いのだろう。
――この少女は死なせては駄目だ。
その日、俺は、初めて人間を眷属にした。
◇
「ケイタロス様! お食事の準備ができました!」
気品溢れるプラチナブロンドの髪を揺らしながら、部屋に入ってきたのはあの日俺が助けた双子の妹のクミカだ。
「あぁ、すぐに行くよ」
「はやく、はやく!」
「そんなに引っ張らなくても」
「だって、ケイタロス様ったら、こうでもしないと全然降りてこないんだもの」
「はは……」
クミカに腕を引っ張られる形で一階に降りる。
双子の少女、ルニカとクミカを眷属にしてから半年が過ぎた。
あの日、見た目以上に二人の損傷が酷く、手の施しようがなかった。そこで考えたのが、俺の力を二人に分け与える。つまり、眷属化だ。
この世界の人間は、一定の年齢に達すれば魔力の器という魔力循環器が解放され、以降それが新たな生命の源なるのだが、ルニカ達はまだ魔力の器が解放されていなかったため、一か八かで俺の力を与え無理やりに魔力の器を解放させる事に成功し、なんとか一命を取り止めた。
その後、二人を清潔にし、栄養あるものを与えた。すると徐々に熱を戻したかのように顔に赤みがまし、ゲッソリとしていた頬は子供らしいふっくらとしたものに変わっていた。
「もぅ、クミカはいつもそうやって。妹が申し訳ございません、ケイタロス様」
「ははは、別にいいよ」
そして、食事を席に着く。
誰かと一緒に食事をすることがこれ程心地よい物だったのかと、この幼い双子の少女のお陰で初め知った。明るくイタズラ好きのクミカにしっかり者のルニカ。二人のお陰で家の中は笑い声がたえない。信じられないことに俺もよく笑う様になった。
余談だが、ついに俺に眷属ができた事に神様は喜んでくださったが、それよりも俺が笑う様になった事をもっと喜んでくれた。因みに、魔大陸の管理者であるアーノルドは、数え切らないほどの眷属を従え、魔大陸に住む全ての魔族の頂点に君臨しているらしい。俺にはとても真似できない事だ。
「ケイタロス様、お話したいことが……」
食事を終え一息ついていると、ルニカが覚悟を決めたかのような表情を俺に向ける。ついに自分達の事を話す気になったのだろう。そんな気がした。
「言ってごらん」
「私とクミカについてです」
「別に無理して言わなくてもいいんだけどね」
「いいえ。ケイタロス様には命を助けていただき、こうして衣食住をも与えていただきました。そんな恩人にこのまま私達の素性を隠し通すなんてできません」
緋色の髪から下からこちらを除き込むかの様な薄紫色の宝石の様な二つの、いや、四つの瞳は以前とは違い光が灯っている。そして、二人は力強く俺を見つめている。
「分かった、そこまで言うなら聞くよ」
ルニカは、コクリと頷きゆっくりとその小さな口を開く。
「私達はベルガンディ王国の王族です」
最初に見かけた時の仕立ての良いドレスやルニカの口調や仕草などで何となく良いところの娘ではないかとは思っていた。クミカも最初はルニカと同じ様な感じだったが、今では凄く砕けた感じになった。それにしても、まさか王族だったとは……しかも、ベルガンディ王国といえば、この大陸で三本の指に入る程の大国だ。
「続けて」
「はい。実は、父である前国王が流行り病で崩御され、次期国王の座を巡り兄様達とそれを支持する派閥同士で内戦が勃発し、その結果一番残虐な第二王子であるレニモ兄様が王の座についたのですが……レニモ兄様は、自分以外の王族が生きている事を許さず、一人残らず粛清するといって」
当時の事を思い出したのか、ルニカとクミカはプルプルと震えている。四つの瞳に涙を溜めながら。
「沢山の家臣や国民の皆様が、自分達の危険を省みず私達を逃がしてくださったのです」
「……そうか」
「ケイタロス様のお陰でこうして調子も取り戻しました。なので、恩人であるケイタロス様に危険が及ばない様にここを出るつもりです」
「ここを出てどうするんだ? 行く当ては?」
「国に戻ります」
「殺されるぞ?」
「覚悟の上です」
「クミカ、お前はどうなんだ?」
「ケイタロス様と離れたくない。けど、私は、いつだってルニカと一緒。ルニカが国に戻るというなら一緒に行く。ルニカを一人にはしない」
二人とも意思は固い様だ。
「二人がここを出て行く事を止める権利は俺にはない。だが、せっかく俺が助けた命を簡単に投げ捨てる真似を俺は許さない」
この二人には生きていて欲しいのだ。
「俺がお前達を鍛えてやる」
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