人嫌いの青年と双子の戦乙女
「うぅ……」
全身が怠いし、酷い船酔いにでもなったみたいに気持ちが悪い。
それでも、自分が置かれている状況を確認すべく、重い瞼を開ける。
靄に包まれたかの様なぼんやりとした世界。まだ身体をうまく動かせない事で目を擦る事はできない俺は、それを払うべく何度も何度も時間をかけて瞬きを繰り返す。
「な、なんだ、ここは」
ようやく靄が晴れたと思ったら、自分の置かれた場所に恐れを抱く。
気が狂いそうになるほど何もない真っ白な空間。何でこんな場所にいるのかは分からない。だが、自分の存在がこの空間では異質という事だけは理解できる。
視界良好、体調最悪。なので、起き上がれはせず見渡せる範囲でこの空間を確認する。何もない。だけど、不思議と落ちつく。不思議な場所だ。
「はッ!? なんだここは! ミリーナ! アセット!」
「……ッ……!?」
背後から急に声が。
驚きつつも反動をつけて寝返りをうつ。
ボロボロではあるが仕立ての良さそうな群青色のタキシードを着飾り色素が全て抜けきったかのような真っ白な長髪の男。どうやらこの男が声の主らしい。男と目が合う。すると、男は敵意剥き出しで駆け寄ると同時に私の胸ぐらを掴む。
「ひぃッ」
「貴様か人間! 余をこんな訳の分からぬ場所に連れ込みよって!」
「ち、ちが」
「貴様ッ! 余の家族はどこだッ! 今すぐ、余を元の場所に戻せ!」
「あわ、わわ」
「何とか言ったらどうなんだ!」
「がはッ」
痛い、痛い。殴り飛ばされた。
何なんだこの男は!? あんな危ない男と一緒にいたら殺されるッ、死ぬのなんて怖くなかったはずなのに、自分の命ですら簡単に捨てようとした俺なのに、怖くてたまらない!
「余を元の場所に戻せ! 戻さないというのなら!」
男の右手の爪が急に伸びる。鋭利な刃物の様な男の爪が俺に向けて振り下ろされる――が、それが僕に刺さる事はなかった。
「へ?」
「な、なんだ、何なんだこれは!? 貴様、余に何をッ、うあああ」
どうやら、この男も俺と同じ現象が起こっているのだろう。
フラッシュバックの様に数えきれないシーンが頭の中に流れ込んでくる。
頭がパンクしそうなほどに莫大な情報。そして、その情報によって今の俺の状況を理解する事になる。
やっぱり俺は死んだらしい。この男、アーノルド・ルートリンゲンも同じだ。
俺達は、輪廻転生の輪から意図的に外され、死の淵から連れてこられた。そう、神様にだ。俺は人間族を、この男は魔族を正しき方向へと導く神の使いという訳だ。そんな俺達“導使”には、各種族の管理者として相応しい理に外れた力を与えられる。
全能全知なる神様であれば、俺達の様な管理者を置かずとも指先一つですべて神様のお気に召すがままに変えられるのではないのか? と思い浮かべていたら、すぐさま返事という名の啓示が降りてくる。確かにそうすれば自分好みの世界にはなるが、そんなものは面白くない。人が迷い、己の意思で決断するからこそ面白い。なので、見限った世界を終わらせる時以外は手を出さず、終わりに近い世界には、最後の慈悲として俺達の様な導士を世界に送るんだとか。
つまり、俺が行く世界は滅亡寸前という事なのか……。
因みに拒否権は……? あっ、そうですか……。ないらしい。
人付き合いが苦手な俺が、人々を導くだなんて考えただけでも胃酸が逆流しそうだ。と何気なく鳩尾辺りをさすっていると。
またもや神様から啓示が降りてくる。因みに神様の啓示は、声とかが聴こえるというわけではなく、頭に直接流れ込むといった感じだ。
えっ? 心配するなって? 眷属を創ればいいって?
どうやら、俺達は自分が認めた相手であれば、眷属にして力を分け与える事が出来るとか。つまり、おれ自身が動かなくとも、眷属を使えば良いとのこと。なら、眷属に任せて俺はひきこもっていればいいのか……。それなら、だいぶハードルは低くなるだろう。
神様から、一通りの説明を受けた俺達は、各々が管理する大陸へと降りたったのだが……最後の最後までアーノルドは、俺に敵意向き出しだった。
◇
この地に降りたって、五年の月日が過ぎた。
その間、俺はというと、一人も眷属を創る事なく、引き込もって魔法の研究をしていた。最初は、眷属を創る事に躍起になっていたが、なかなか他人を信用する事が出来ない俺には、他人を信用して力を分け与える事は無理だったのだ。
その代わりと言ってはなんだが、調教術を駆使して沢山の魔物達と仲良しになり、彼らを眷属としていった。まぁ、眷属にしたといっても大した力を渡したわけではない。眷属にすれば魔物達と意志疎通がはかれるのでその為だけに眷属にしたのだから。そして、この五年の研究の末に眷属を召喚できる様になった。
神様からは、もっと人間族に干渉しろと年に数回啓示が降りてくるが、頑張りますと返すのが精一杯だ。だからと言って、神様から罰があるわけではない。俺が迷い、進んで決断することを神様は待っておられるのだから。
さて、眷属召喚を完成させた俺が次に取り組んでいるのが、眷属達と一緒に住める平穏な場所を創る事だ。争いの絶えないこの大陸には平穏な場所などないため、この大陸から出たいのだが、アーノルドが管理している魔大陸に行くわけにもいかない。この世界には人間族の大陸と魔大陸しかないのだ。
そこで考えたのが、浮島だ。
天空を漂う、俺達だけの平穏な住処。それを夢見て、俺は研究に没頭し、更に十年の月日が過ぎた。
「キューキュー」
「どうした? えっ? 人が倒れてる?」
眷属の雪ウサギのスーの言葉で、俺は一度作業を止め、スーの後を追う。ここら辺一帯は、人避けの魔法で覆われているため、頻繁に人が寄り付くことはないのだが、ごく稀に迷い人が現れるのだ。
「お? みんな、集まってるな」
大木の根元を囲うように、様々な魔物達が集まっていた。みんな俺の眷属達だ。
そして、大木の根元には、同じ顔をした二人の少女が倒れていた。
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