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【本編完結済】帰ってきた元奴隷の男  作者: いろじすた
最終章

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233/269

帰ってきた元親父 ㊦

 現時刻は、午後十四時。

 母ちゃんのパートタイムは、午前九時から午後十五時の筈なのに!

 なんで、こんな時間に!

 やばい! やばい!

 これから訪れてくるであろう修羅場に戦々恐々している俺を見かねたのか、親父は席から立ち上がり「大丈夫だよ、さっくん。心配してくれてありがとうね」と柔らかい表情を俺に向けるが、小刻みに震えているところをみると、どうやら緊張しているようだ。


「ただいまぁ~誰かきてるの~? へ?……パ、パ?」


 勢いよくリビングに入ってきた母ちゃんは、親父の存在を目視するや否や、まるでバッテリーの切れた玩具のようになっていた。そして、両手に持ったパンパンのエコバッグをその場に落とすと、中から母ちゃん特製フルーツジュースの材料であるリンゴなど様々な果物がコロコロと床を転がる。

 

「ママ……」


 そんな母ちゃんの姿に、親父の両目からは止めどなく涙が溢れる。


「ちょっと、何でパパが家にいるのよ!」

「いや、家の前でウロチョロしててさ……」


「ママああああああ!」


 親父は母ちゃんの足元にしがみつく。


「ちょっと! 何なのよ!? 何でそんなにおっきく黒くなってるのよ!」


 まぁ、そこはつっこむよね。

 それでも一目で親父だと分かった母ちゃんはさすがだ。


 それから親父を落ち着かせ、テーブルに腰を落ち着かせる。

 このテーブルに三人で座るなんてどれくらい振りだろう。


「で? 今さらどのツラさげて私達に会いにきたのかしら?」


 不機嫌極まりない母ちゃんに対して、やっと涙が止まり、苦笑いを浮かべる親父。


「久しぶりにこっちに戻ってきて、ママとさっくんに逢いたくなって……そんな資格ないのは十分わかってるんだけど、それでもすごく逢いたくて……来ちゃった」


「来ちゃった、じゃねええええ! 咲ちゃんが居なくなって大変な時期に女作って借金して出てった野郎が私達に逢いたくなって? ふざけんなよおおお!?」

「ひぃッ」

「ちょ、母ちゃん、落ち着いて! 口悪くなってるから!」

「そりゃあ口も悪くなるわよッ、パパの事大好きだったし、世界で一番パパに愛されていたと思ってたのに! どこの馬の骨とも分からない女にッ!」


 あぁ……これはあかん、母ちゃんの怒りのボルテージが……。

 親父もどうすればいいか分からない様子だ。

 不謹慎かも知れないが、こんなやり取りも何か懐かしく思えるなぁ。いつも母ちゃんに怒られてあたふたしてる親父。そして、俺の役目は……。


「なぁ母ちゃん、話があるんだ」

「何よッ、まさか、この期に及んでまたパパの肩を持つわけ!?」


 そう、俺の役目は常に親父側にたって母ちゃんと親父を仲直りさせること。


「いや、今回ばかりは親父が悪いし、俺は母ちゃんの味方だ」

「だったら、何よ」

「親父の話を聞いてちょっと引っ掛かってる事があって」

「……話してみなさい」

「まず、親父は世界で一番母ちゃんを愛していた。それは、もう実の息子である俺が引くほどに」

「それで?」

「そんな親父が母ちゃん以外の異性を好きになるなんて、あり得ない」

「はぁ? 実際、女作って出ていったのよ!? 離婚届まで突きつけて!」


 うぉ……母ちゃんが俺に対してもめっちゃキレてる。

 普段あまり怒られ馴れていないため怖さ倍増だ。

 


「まぁ、それを言ったらお仕舞いだけど……親父も自分が何でそんな事をしたか分からないって言ってるんだ」

「そんなのパパが嘘を……って、それはないわね」

「ママ……」


 親父が嘘をつくなんてあり得ない。

 それは、俺と母ちゃんの共通認識だ。


「じゃあ、何だっていうのよ……」

「魔法やスキルなんて、非現実的な世界に身を落としていた俺だからこそ、考えられる事があるんだ」

「……ッ……!?」

 俺は親父が陥った状況によく似たモノを知っている。


「親父は魅了状態に陥っていたんだ」


 

「今日は二人に会えて本当によかった」

「うん、俺もだよ。親父に対しての胸のつかえが取れた感じがするよ」

「別にパパの事を許したわけじゃないからねッ! 咲ちゃんの言う通りその変な術にかかっていたとしても、他の女と浮気したのは事実だし……ママのこと、世界で一番愛してるって言ってたのに……変な術なんかにかかってさ」


 親父が魅了に掛かっていたという俺の仮説は思いのほかすんなりと受け入れられた。それもあの親父の性格があったからなのだけど。その結果、母ちゃんは激おこモードから、すねすねモードにシフトチェンジしている。

 

「そんな事言うなって、母ちゃん。耐性のない人が抗うのは無理だって言ったじゃんか」

「それでもよ! ママ、本当に悔しかったんだから……」

「ごめんね、ママ……」

「とりあえず、真実が明るみになるまではパパとは他人だからね!」

「うん、分かってるよ」


 それでもお互いパパママと呼び合う二人が実に微笑ましい。そんな二人の仲を引き裂いたその久美という人物……見つけ出して問いたださないと。俺の仮説通りその久美って人が何かしらの方法で魅了を掛けたというなら、親父には荷が重い案件なため、この件については、俺が何とかする事にした。久美って人の連絡先や住所、写真など親父が知りうる情報は全てもらっている。


「そっちは俺に任せて、親父は仕事頑張ってな」

「うん、危ない事はしないでね」

「まかせろって、俺けっこう強いんだぜ?」

「それでも、さっくんは昔から詰めが甘いところがあるから心配なんだよ」

「それは言えてるわね」

「うぅ……言い返せん」

「ふふふ、じゃあ、僕は行くとするよ。今日は、本当に来てよかった」

 

 親父は、今夜からまた半年間船に乗る。

 次に会えるとすれば半年後だ。それまでには、何とか真相を解明しないとな。


「……身体に気をつけてね、パパ」

「うん、ママも元気で」


 親父は名残惜しそうにしながらも踵を返した。

 そんな親父の背中が見えなくなるまで、俺と母ちゃんは親父の背中を見守り続けていた。


「行っちゃったね」

「そうね」

「それにしても、凄い変わりようだったね」

「本当よ! 可愛らしかったパパが台無しだわ……まぁ、今は今でワイルドなパパも悪くないけどね」

「そうだね……なぁ、母ちゃん」

「なに?」

「父ちゃんの事、まだ好き?」

「そんなの当たり前でしょ?」


 考える間もなく即答する母ちゃんの言葉に何だか胸がいっぱいになった。



 遠洋漁船【海王丸】。咲太の父である、圭太の職場だ。

 海王丸は九州南東海域でマグロを追っていたのだが、まだ日が沈む前にもかかわらず、墨でもぶちまけたかの様に真っ暗な空のもと、荒れ狂う波に絶妙なバランスを保ちながら抗っていた。


「死にたくねぇえなら、早く船内にはいれえええ!」


 船長の怒鳴り声が戦場を駆け巡ると、腰に巻いた命綱を頼りに我先と船内へ向かっていく。圭太もその中の一人だ。


「ぐッ、さっきは、あんなに穏やかな海だったのに」

 

 改めて自然の気まぐれと恐ろしさに恐れを抱きつつ、圭太は船内へと向かっていくのだが、そんな圭太の目に一人の華奢な若者が目に留まる。今回あたらしくこの船の一員になった川名だ。息子である咲太と同年代のため、圭太が目にかけていた若者だ。

 そんな川名は、必死に足を踏み出すが、この荒れ狂う海に抗うにはあまりにも力不足に思えて仕方ない。圭太は、そんな川名が心配でたまらない。

 

「川名君! 焦るな、ゆっくりでいい! 確実に一歩一歩踏み出すんだ!」

「は、はい! あッ、あああ!」


 圭太の言葉通りに、一歩を踏みだそうとした川名だが、腰に巻かれていた命綱の結びが甘かったのか、するすると命綱が解ける。そして、運悪くそのタイミングで船が大きく揺れ、川名は身体ごと船外に投げ出された。


「川名君!」

 咄嗟に命綱を解く圭太に、船長の叱咤がとぶ。


「田中! お前、何考えてんだ! あの小僧はもう無理だ! 諦めてこっちにこい! おめぇ、嫁さんと息子が待ってんだろ!? 変な事考えんじゃねえええ!」

「すみません、船長! ここで何もしなかったら一生後悔する気がするんです!」


 圭太はニコリと船長に笑みを向け、川名が投げ出された方向へと飛び込んだ!


「ばっきゃろおおおおおお!」



 不規則な潮の流れと、連続発生する高波に抗いながら川名を探す圭太は、ふと思う。


 ――何故自分は、こんな状況でも平然としているのだろう? 

 数百トンもある船が転覆しかねているこんな状況で、生身の身体一つで自分はなぜ無事なのだろう、と。


 そんな疑問を抱きつつ、圭太は川名を探す。


「いたッ!」


 数十メートル先に、浮かんでいる人影が見える。

 まだ、漁に馴れていない川名には、幸い予め救命胴衣を着けさせていたが、ピクリとも動かないのを見ると気を失っている可能性が高いのだろう。


「待っていてくれ川名君!」


 圭太は、川名めがけて荒波を横切る。

 だが、圭太の頑張りむなしく、後少しで川名に届くというところで、背後から迫ってきた高さ十メートルは優に超える真っ黒な闇に呑み込まれる。


(ぐっ、こ、このままで、は……)


 川名を救えない、そして、自分も死んでしまう。


(ママ、さっくん……死ねない、僕は、こんなところで、死ね、ない)


 死を確信した、そんな時だった。


『イキタイカ?』


(な、なんだ? 急に、声が……え? なに、これ)


 頭に変な声がしたと思ったら、先程まであんなに荒々しかった波や潮の流れが止まっている。それだけじゃない、この場に存在するすべてのモノの時が止まっている事に、圭太は驚きを隠せずにいた。


『ヨノトイニコタエヨ、イキタイカ?』


(はい、生きたいです。生きて、川名君を助けて、家族の元へ帰りたいです)


『デアレバ、コノミヲヨニユダネヨ』


(それで、僕は死なずにすむんですか?)


『コノミヲヨニユダネレバ、オヌシノノゾムトオリニナルダロウ』


(かなり怪しい……とは思いますが、何故か貴方は信頼できる……不思議とそんな気がします。そして、あなたに委ねる、その方法もなぜか頭で理解していますし……お願いします、僕を助けてください!)


 その瞬間、天めがけて一柱の漆黒が昇った。


 

 【同時刻 屋久島】

 

「あぁ……ついに……ケイタ……さ、ま」


 その漆黒の柱に、かつて久美たんと呼ばれていた女が歓喜の涙を流していた。

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

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【余命幾ばくかの最強傭兵が送る平凡な生活は決して平凡ではない】 https://book1.adouzi.eu.org/n8675hq 新作です! よろしくお願いします!
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