後日談 終
町はずれの廃工場。なんとまぁ、それっぽい所を……。
普通の足であれば、学校からこの場所まで走って二十分以上かかる距離を私の本気の足であれば五分もかからない。三幸の件で知り合ったあの人にも一応連絡を入れておいた。因みに、原田の取り巻きは私のスピードに追い付けるはずもなく、誰もついてこれていないため、原田には知らされていないだろう。
「おい! どうなってんだあああ!」
案の定、廃工場の中からは原田の発狂する様な声が響いている。
「さて……ひぃ、ふぅ、みぃ……全部で三十以上はいるな」
気配察知によると、廃工場の中には三十以上が待ち構えている。よくもまぁ、高々高校生一人痛めつけるのにこれだけの数を集めたものだ。呆れつつ、廃工場の入り口と思わしき半開きのシャッターをくぐり中へと入る。
「て、てめぇ! どうやってここまできた!?」
急に現れた私に驚いたかのような原田が、戸惑いの声を漏らす。
そんな原田の前に凜は、口にガムテープの様なものを張られ、身動きが取れない様にロープで縛られていた。
「ん~うん!」
「少しだけ待っていてくれ、すぐに終わる」
「ん!」
凜は、こんな状況でも私にとびっきりの笑みを見せる。
「さて、よくも私の幼馴染にこんな所業をやらかしてくれたな?」
「はぁあ!? てめぇ、頭沸いてんのか? この人数が目に入らねぇのか?」
気配察知にも引っかかっていたように、この廃工場の中には三十以上の荒くれ者達が下卑た視線を私に集中していた。
「今更びびってもおせーんだよ! てめぇは、とりあえずリンチ決定な? そんでもって、てめぇ目の前で、てめぇの大事な大事な幼馴染は、ここにいる全員を相手してもらうんだ? どうだ? 絶望的だろ?」
「こんな事して、ただで済むとおもってるのか?」
「あぁん? 済むと思ってるかやってんだよ! ばぁ~かがよ!」
この男、なかなか裕福な家庭の育った男だと聞いている。
今まで、親の力でのぅのぅと好き勝手にやってきたのだろう。
だが、今回は相手が悪かったな。
正直、今回ばかりはこの寛大な私でもかなり頭にキている。
よくも、凛を……しかも、私の目の前で凛を慰めものにするだと?
「万死に値する!」
「あぁん? てめぇ、何を……って、はぁ? な、な、なんだこれは!?」
原田のパニック状態に陥る。
それもそのはず、三十もの取り巻き共が一斉に糸が切れたようにその場に崩れ落ちたのだから。
一人一人相手しても良かったのだが、原田には絶望というものを味合わせたく、原田以外のもの達には、眠りの魔法で眠ってもらった。この世界の人間は魔法の耐性というものがないため、こういった状態異常の魔法は掛かりやすいのだ。
「さて、次は貴方だ」
「な、な、何を、なんだってんだああああ! おい、やめろ、近づくな! それ以上、近づいたら、このガキを、へっ? ぐああああああ」
この男。あろうことか凜にナイフを向けよった。
その瞬間、私は“風斬り”を発動し、原田の腕を斬り飛ばしたのだ。
「腕が、うでがあああああ! いでえええええええ」
まったく、腕が一本飛んだくらいでぎゃあぎゃあと五月蠅い男だ。
そんな、原田を横目に凛の口に張り付けられたガムテープを丁寧にはがし、ロープを斬りおとすと、「つーくん!」と凜が私に抱き着いてくる。
「無事でよかった。怖かっただろうに」
「少し怖かったけど、つーくんが絶対に来てくれるって信じてたから!」
「そうか……」
「それにしても、あれ凄いね! どうやったの?」
どうやら、眠りの魔法の事だろう。
「これから少しバタつく。それは、今度にでも」
「分かった、絶対だよ?」
私が凜に頷くと同タイミングで、複数のパトカーのサイレンが周囲を支配する。
実は、ここに来る前に三幸の時に世話になった遠藤さんに連絡をしていたのだ。
さて、さすが腕ちょんぱは不味いか。事情聴取の時間が長くなれば特上ハラミにありつけないかも知れない、そう危惧した私は原田の腕を元に戻して、そこら中に散らばった原田の血しぶきを見ず魔法で流した。
それから、原田共々を遠藤さんに引き渡し、事情聴取に少しの時間を割いて学校に戻ったのであった。
◇
「ほら、つーくん!」
「私か?」
「今回の功労者は、つーくんしかいないよ! ねーみんな!?」
「「「おおお!!」」」
「みながそういうなら、仕方ないか。ごほん、みなには怖い思いをさせてしまい、申し訳なかった。私が、集客と収益を追い過ぎたばかりに……」
「なーに言ってんだ! 集客も収益も学校一! それに、こんな旨い打ち上げにもありつけたんだ! 正直怖かったけど、終わり良ければ総て良しだよ!」
木村の言葉に、みんな賛同してくれる。
有難い事だ。
「そうか……では、ありがとう! こんな中途半端な時期に転入してきた私をクラスに一員として受け入れてくれて。とても、素晴らしい思い出を作る事ができた、本当に感謝している」
本心からの言葉だ。こんな得体の知れない私を受け入れてくれたみんなには感謝しかない。
そんな私の感謝に木霊するように……
「こちらこそありがとおおお」
「ありがとう竹本君!」
とみんなが私に感謝の言葉をぶつけてくれる。
胸が熱くなる、そんな感じがした。
「良かったね、つーくん」
「うむ。私を学校に誘ってくれてありがとう凛」
「べつに~私はただつーくんと一緒に高校生活をおくりたかっただけだったから!」
「それでもだ」
「うふふふ、あ、先生!」
かんぱーいというタイミングで田崎教諭が遅れて登場した。
原田の件で、緊急職員会議が開かれ、今までかかったようだ。
「よかったあああ、まにあったあああ! にくううううう」
「ふふふ、先生、お疲れ様です」
酒井の母上が田崎教諭に生ビールの入ったジョッキを渡すと、田崎教諭は「あ、ありがとうございます! お母さん!」とジョッキを一気に飲み干す。
「ぐっはあああ、うめええええええ」
「ああああ、ちょっと先生! まだ、乾杯してないのにいいいい!」
「あ、すまん、ついつい……あまりにもキンキンに冷えてたので」
「もうしょうがないな、さぁ、みんないくよ! かんぱーい!」
「「かんぱーい!」」
そして、腹がはちきれそうになるほど特上ハラミを堪能した。
◇
三時間の食べ放題を終え、私と凜は帰路についた。
お腹がいっぱいなので、少し遠回りをする。
「うっぷ、食べ過ぎた……」
「もぅ、がっつくから」
「しかしだな、あの特上ハラミは」
「分かってる! 美味しいもんね」
「分かればいいのだ」
「学園祭、終わっちゃった、ね」
「うむ。終わったな」
「あとは、受験だけか……」
「そうだな、頑張らないとな」
「つーくんは、凛のことどう思ってる?」
「どうしたんだ急に?」
「だって、いつも、はぐらかされているみたいで」
「そうか?」
「だって、凜がつーくんのお嫁さんになるって言っても反応しないし」
「いや、それは……」
「それは?」
「凜がそうなりたいなら、それでいいと私は……」
「何それ……じゃあ、凜がつーくんのお嫁さんになりたくないって言ったら、つーくんはそれでいいの!?」
「それが、凛の……」
望みならと言いかけて口を噤む。
私の正面に立つ凜。
いつも一緒にいるものだと思っていた。だが、あっちの世界に召喚された事で凛の元に戻る事を正直あきらめていた。その時は、しょうがないと思っていたが、実際に凜を目の当たりにして、それはしょうがない事ではないと私は分かっている。何故なら今なら凜が私の中でどれほど大きい存在か分かっているからだ。
「良くないな。凜は私の嫁になる。それ以外は考えられない」
「それって……」
「私は、どうやら凜が好きなようだ」
「……ほん、とに?」
「うむ。私は嘘は吐かない」
「……うれしい、うふふ、うれしいいいいいいいいい!」
「凜が喜んでくれて、私も嬉しい、かな?」
「ぷははは、なに、かなって!」
「いや、なんだ、照れくさいというか」
「へぇ~つーくんでも照れる事なんてあるんだ」
「……まぁ、な」
目の前の凜が私の首をその細くて柔らかい腕で包み込む。
「……ねぇ、つーくん」
「……あぁ」
「すきだよ……だい、すき」
「私も……大好きだ」
お互いに同じ気持ちを確かめ合った私達は、少し大人な口づけを交わした。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。




