後日談 ③
あの男とのひと悶着から更に一週間が過ぎた。
あの男はこれから、殺人未遂および、殺人罪の教唆と収賄罪の罪で裁かれる事になるだろう。後ろ盾を全てなくしたのだ、当分は塀の中だろう。
おじい様達は、私を服部家の一員と認知し、色々と便宜を図ってくれようとしたのだが、母上と出した結論は、今のところは丁重にお断りするという事だった。元々、服部家には頼らないつもりだった手前、こうして認知されたからってすぐに頼ってしまったらカッコがつかないので、今後、何か困った事があったら頼らせてもらうと伝えたら、せめて住処だけでも面倒を見させてくれと言われ、今、住んでいるマンションの所有権をもらう事にした。元々、あのマンションは服部ハウジングの物だったので丁度よかったと言えるだろう。
凄く大きな後ろ盾ができたのだ、今後、食いっぱぐれる事がないということは、私達にとってとてつもなく大きな財産になるだろう。
さて、色々と身の回りの整理が着々とされていくなか、一つの問題が生じた。
それは、私の今後についてだ。
私の年齢は、十七歳。普通ならまだ高校に通っている年齢だ。
元々知識に飢えている私であるため、学校に行くことは願ったり叶ったりなのだが、高一からのリスタートとなると、私の学力は既に大学を飛び級で卒業しても良いくらい高いし、何よりも自分よりも二つも年が異なるクラスメートを相手にしないといけないという事が、私の腰を引かせる要因になっている。なので、高等学校卒業程度認定試験、所謂、高認を取りそのまま大学受験に挑もうとしたのだが……。
「うふふふ~こうしてつーくんと一緒に学校に行けるなんて、夢みたいだよ!」
「そうだな、私も夢みたいだ」
鼻歌交じりで私の横にならんでポニーテールを揺らす少女、幼馴染の凜だ。
元々整っていた容姿は更に磨きがかかり美しく、中学時代とは違い、制服の上からでもスタイルの良さが際立っている。
凜は、私がいつ戻ってきても良いように必死に勉強し志望校に合格したという。愛い奴だ。
そんな凛から、残り少ない高校生活を私と送りたいと懇願され、人生で一度限りの高校生活ということもあるが、何よりも今まで頑張ってきた凜のためにもその願いを叶える事にした。
だが、私は、中学校さえ卒業していない。どうしたものか……と悩んでいると、なんと幸一叔父上の友人が、凜の通っている高校の理事長の倅で、その伝手を頼りに特別に転入試験を受けさせてもらう事になったのだ。学校が用意した試験を全て九十点以上取る事が出来れば合格、出来なければ不合格という単純明快な条件付きでだ。
結果、オール満点を取り、学校側からぜひともという言葉を受けて、私は晴れて高校生になった。
中学校中退の私が? ズルじゃないのか? と思われるかもしれないが、この学校は県内でも有数の進学校であり、超難関の転入試験でオール満点を取った私は、喉から手が出るほど欲しい人材だという学校側と服部家、そして、兄上の上司など、色々な方面からの助力があったという。こうして、学校に行ける事になったのだ、深くは考えない事にしよう。
校門に近づくにつれ、登校中の生徒の数も段々と多くなる。
そして、凛の姿に気付いた生徒達は――。
「あっ、会長、おはようございます!」
「元、会長でしょ! ふふ、おはよう!」
「神谷せんぱーい! おはようございます!」
「うん、おはよう!」
「凛ちゃん、おはよう!」
とまぁ、中学校の時もかなりの人気を誇っていた凛だったが、高校生になってもそれは変わらない。ただ、中学の時の凜の人気は、凜の容姿や人懐っこい性格による憧れに近いものだった。今でもそれは変わらないが、少し違うのは、尊敬の眼差しも向けられているという面だ。凜は、去年、生徒会長という大役を担い、学校内に生徒達のために色々な改革を推し進めたらしい。凜からそう言われた時は俄かに信じられなかったが、凜に対する生徒達の態度を見る限り、強ち間違いではないのだろう。
あの凜が……うむ、感慨深い。としみじみしていると、今度は周りの視線が私に向けられ、ざわつきはじめる。
完全無欠な人気者であるが、未だに男っ気のなかった凛が男子と一緒に、しかも楽しそうにしているという事で、興味、驚き、妬み等々によって、さまざまな憶測が飛び交うのだ。まぁ、言わせておけばいいだろう……凜も気にしていないのだ、私が気にする必要もないだろう。
そんなこんなで、校門までもう少しという所で、凜が何かに気付いたかの様に「あっ」と漏らし立ち止まる。
「うん、どうしたんだ? 凛」
「……なんでもない……」
なんでもないと言うわりには、凄く嫌そうな顔をしているが。
もう一度、凜にどうしたんだと問いただそうとしたその時、「やぁ、神谷さんおはよう!」と白い歯を光らせてたスーツ姿の優男が凜に近づいてくる。
「お、おはようございます……原田先生」
「うんうん、いいね、いいね! 今日もまぶしいね!」
と、私の事など眼中にない原田は大げさに両手を広げる。
そして、そのままその両手を凜の肩に伸ばすのが、そんな事を黙って見過ごす私ではない。
バシッ! 原田の両手を掴む。
「あぁん? てめぇ、なんだこの手は?」
凜に向けていた気持ち悪い顔とは真逆に、明らかに不機嫌そうな表情を私に向ける原田は、私の手を振り解く。
「生徒への過度なスキンシップはどうかと思いますが?」
「てめぇ、何様だ? たかだか生徒の分際でよッ!」
たかが生徒の分際? 教師が口にしていい言葉なのか?
「……実に低能だな」
あっ、あまりの低能さに、つい口にしてしまった。私に低能呼ばわりされた原田は怒りのせいか、段々と顔が赤くなる。
「なッ!? てめぇ! この俺が誰か分かって言ってんのか!? 退学にすんぞゴラァ!」
「貴方が何者かは分かりかねませんね。なんせ、今日が転入初日なもんでね」
「転入初日? そうか、てめぇがアニキが言ってたやろうか」
「アニキ?」
「ちっ、うぜぇ!」
そう吐き捨てた原田は、私達に背を向け校舎へと入っていった。
「何なんだあの男は」
「あのね、原田先生って言って、今年の春からこの学校の用務員をやってるんだけど、理事長の息子だから、誰も強く言えなくて……」
「好き勝手やっていると?」
「……うん」
「凛、まさか、あの男に何かされたのか?」
「されたというか……なんというか……いつも、肩とか髪とか触ってくるんだよね。他の子達も被害あってて……だけど、逆らったらすぐ内申がどうのとか、退学がどうのとかちらつかせて困ってるんだよ」
「死刑」
「ちょ、つーくん! 顔がすごく怖くなってるから!」
「あっ、すまない。ついつい」
「もう、だめだよ? 変なことしちゃ。一緒に卒業するんだからね?」
「分かっているさ」
両拳をぎゅっと握りしてめる凛の頭を撫でると、凜は「ふぎゅ~」と甘えた声を漏らす。
そんな私達のやり取りに、登校中の生徒達は背中に突き刺さす様な視線を向けるが、気にせず私達は校舎へと入っていった。
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司の後日談は次で終わりです。




