そんなことある?
ワタルの転移魔法によって、俺達は目的地である田宮家の庭に無事帰還した。
別に田宮家の庭じゃなくても、ワタルが訪れた事のある場所ならどこでも目的地に設定する事ができるのだが、今回は転移対象が多いため念には念をと一番イメージしやすい田宮家の庭にしたのだ。ちなみに片瀬達は、ベルガンディ聖国が戦後処理などでバタバタしているため、それが落ち着き次第、ワタルに転移してもらうてはずになっている。
さて、魔力を扱える俺と竹本君は、転移魔法の副作用である魔力酔いに掛かる事はないが、レフさん、ジュリ、高次さん、ミンギュさんは辛そうに呻き声を漏らしながら、立ち上がれずにいた。
少し前まで俺もあんな感じだったため気持ちは凄く分かる。
「……あぁ、懐かしい風景だ」
竹本君は、ぐるっと住宅街を見渡しながらそう呟く。
「おかえりと言った方がいいか?」
「ふッ、ただいまと言った方がいいかな?」
と二人で帰還を祝していると――。
「きゃあああ! な、なんなのよ一体!?」
田宮家の玄関がひとりでに開くと同時に女性の叫び声が響き渡る。
「あ、やべ! あ、あの! 俺はその!」
田宮の家から出てきた事や、女性にどこか田宮の面影かある事からして田宮の母ちゃんなのだろう。田宮も母子家庭って言っていたしな。
そりゃあ、自分ちの庭に多種多様な人たちが倒れていたら、それは驚くよな……。
てか、俺の周り母子家庭多くねぇか? 竹本君もそうだし……って、そんな事を考えている場合ではない! 田宮母にどうにか弁明をしようとするのだが、うまく言葉をつなげる事ができない俺をみて、竹本君がやれやれと言った様子で田宮母に一歩近づく。
「私達が急に現れた事で、大変驚かれている事だろう。それについては、お詫びさせていただきたい。だが、私達は決して怪しいものではない、貴方に言っても理解できないであろう諸事情があってだな……」
と、俺達は怪しくないですよアピールしている竹本君。
怪しさ全開だろうに……これは田宮を呼び出した方が早いと思いスマホの電源を入れる。
「あらぁ、やだ、可愛いわぁ!」
「「はぁ?」」
田宮母の訳の分からん一言で俺と竹本君の声がシンクロする。
「君、凄くかわいいわぁ! うちのふーくんといい勝負だわ!」
なんだ? 田宮母の目が竹本君にロックオンしている。
「ちょ、ちょっと、母さん!」
「田宮!」
まさに助け舟である田宮が庭の外から慌てて、田宮母と竹本君の間に立つ。
買い物をしてきたのだろう、その両手にはパンパンのエコバッグを持っていた。
「あっ! お帰りなさい服部さん! すみませんが、少し待っててもらえますか? ほら、母さんいくよ!」
「あぁ~びしょうね~ん」
田宮母は田宮に背中を押されて家の中へと入っていた。
「一体、何だったのだ……」
「気にしないのが一番だ……それより竹本君、リフレッシュ使えないのか? 魔力酔いに結構きくんだけど……ほら、レフさん達きつそうだしよ」
「誰にモノを言っている、そんなサルでも使える初級魔法、私に使えないわけないじゃないか」
サルでもって……俺、使えないんだけど……とは悔しいので決して口に出さず、レフさん達に次々とリフレッシュをかける竹本君の背中を遠い目で見守る。
最期の一人であるミンギュさんが復活したタイミングで田宮が再度俺達の前に現れた。
「母がすみませんでした」
「はは……気にしなくていいさ」
「それで……そちらは? てっきり服部さんだけ戻ってくると思っていたので」
「あぁ、彼らは俺と同じ時期に異世界に召喚された仲間達だ」
「仲間達って……そうか、良かったですね服部さん」
「まぁな」
田宮の“良かったですね”は仲間達が生きていた事に対してだろう。
「さて、皆さん、初めまして。僕は田宮文人と言います」
「田宮の身体には、少し前までワタルの魂が入っていて、身体を共有していたんだよ」
俺の補足説明を含めて田宮を紹介すると竹本君と高次さんはお互い自己紹介を交わすのだが、レフさん、ジュリ、ミンギュさんはポカーンとしている。様子がおかしいと思って話しかけてみると、言葉が通じていなかった。そういえば、前にもこんな事があったなと思いだし、意識を向こうの言葉に切り替えると、今度はレフさん達と会話する事ができた。田宮に関してはワタルの知識を受け継いでいるので、問題なく向こうの世界の言葉を操る事ができ、難なくこの場所にいる全員とコミュニケーションをとる事が出来た。
「上司にみんなの事どうすればいいか電話してくる」
俺は、電話で美也子さんに帰還の連絡と今回一緒に戻ってきた仲間達についてどう対処すれば良いか指示を仰ぐ事にした。竹本君と高次さんだけなら美也子さんには内緒で各々の帰路につかせればよかったのだが、ここにはレフさんをはじめとする外国人がいる。そして、パスポートも何もない状況なのだ。
ここで「はい、さよなら」という訳にはいかないのだ。
『もしもし、室木です』
「課長、お疲れ様です。服部咲太、ただいま帰還いたしました」
『うむ、ご苦労だった。てか、なんで電話を掛けてきたんだ? さっさとお前のその貧相な顔を見せに来い』
「貧相って……まぁ、そうしたいのは山々なんですけど、少しイレギュラーな事が起きまして、課長の指示を仰ぐべく連絡しました」
『なんだ、嫌な予感しかしないのだが……まぁ、言ってみろ』
「実は、今回向こうの世界から帰還したのは、俺以外にもいまして」
『ん? どういう事だ?』
「話せば長くなるので、今の状況だけ説明します。帰還したのは俺を除いて五名。その内日本人が二名、日本国内の在留資格のない外国人が三名です」
『ほぅ、なるほどな。分かった、とりあえず海を向かわせる。全員こっちに連れてきてくれ』
「承知しました」
田宮の家と防衛省はさほどの距離がないため、それほど待たずに海さんの迎えがきた。
六課の事務室には、紗奈が俺達の事を待っていて、レフさん達の姿を見た途端ポロポロと大粒の涙を流していた。紗奈にとっても彼らが生きていた事が嬉しかったのだろう。
それから二日かけて検疫含む様々な検査をしたのち、俺達はそれぞれの帰路へとつく事になった。
レフさん達は、課長が何らかの手を使って速やかに帰国させてくれた。さすがの国家権力だ。
寂しくはあるが、いつでも会えるだろう。みんな生きているんだからな。
そして、北海道に住んでいる高次さんを見送った後、残りは俺と竹本君の二人になった。
「住所からしてここなんだけど」
「ここであっています、ありがとうございました」
「いいって。またね、竹本君」
「はい。それより、なんで貴方も降りようとしている?」
「なんでって、ほら、心配だしさ」
「心配って……私は子供じゃないのだぞ?」
「だって、電話繋がらなかったんだろ? もし、お前の母ちゃんが家にいなかったらに連絡につくまでおれんちに連れて行こうと思ってさ」
竹本君の母ちゃんに電話を掛けてもなかなか繋がらず、まだ連絡が取れていないのだ。
竹本君の家とおれんちは、同県内でありそこまで離れていない。
「母上が不在なら、お隣さんで母上の帰りを待っていればいいのだが……」
「そう言うなって、ほら、いくぞ!」
俺は車のスライドドアを開き車外に飛び降りる。そして、急かすように竹本君の腕を引っ張る。
「そんなに急かすな!」
「あはは、わりぃわりぃ。あっ、海さん、俺もここでいいです。後は、自分で帰りますので」
「わかった。じゃあ、またね」
「「ありがとうございました」」
俺達は海さんを見送り、竹本君のマンションに入って行った。
一歩一歩、目的地に近づくにつれて、竹本君の足取りが重くなっている感じがする。
緊張しているのだろう。
「ここか?」
「あぁ」
「良かったな、ほら表札」
「そうだな……」
表札には“竹本”と書かれていた。
俺も、おれんちの表札を目にした時は感無量だった。
竹本君も表情には出していないが、おそらく同じ気持ちだろう。
竹本君は、恐る恐るインターホンを押す。
ピンポーンと音が鳴った直ぐ後に、「はーい」という声と共にドアが開かれる。
「どちらさ、ま……えっ? つ、つ、つーくん!?」
「母上、ただいま戻りました」
「つーくん!」
ガバッと竹本君のに抱きつく竹本君の母ちゃんは、幾度もなくよかったと口にして涙を流し、そんな母ちゃんを竹本君は優しく抱擁する。
そんな二人を見てウルっときた俺は、二人の感動の再会の邪魔になると思い、そっとその場を後にしようとしたのだが……
「あーちゃんどうしたの?」
へ? この声は!?
「あら? 咲太さん」
うそ? え? なんで??
「なんで、母ちゃんと婆ちゃんがいるんだよ!?」
「それはこっちの台詞だよ! 何で咲ちゃんがここにいるのよ!?」
「え? 母ちゃん? 婆ちゃん? 咲ちゃん?」
しまった……俺達のせいで親子の感動の再会が……。
みんながパニックになってるなか、この男だけは冷静だった。
「ここで騒いでいても周辺の迷惑になりますゆえ、ひとまず中へ入りましょう」
流石だよ竹本君。
◇
「それで? どういうこと??」
俺と竹本君、母ちゃんと竹本君の母ちゃんである朱里さんという感じで四人掛のテーブルに座っていた。婆ちゃんは、ソファーに座ってこちらの様子をみている。余談だが、朱里さんと連絡がつかなかったのは、朱里さんが携帯をなくしてしまったからだという。
「竹本君は、同時期にアッチに召喚された俺の仲間だったんだよ。それで、今回アッチで再会してこっちに連れ帰ってきたというわけよ」
「おい、服部。そんなあっちこっち説明で理解できるわけ「やっぱり、そうだったのね!? ほら、あーちゃん、私の言ったとおりでしょ?」……へ?」
ドヤ顔で胸をはる母ちゃんの隣で、朱里さんが「本当にそんな事があるのね」と感心している。
話を聞いてみると、朱里さんは、婆ちゃんの会社の従業員で竹本君が行方不明になったことを知った婆ちゃんは胸を痛め、母ちゃんにこの事を打ち明けたら、母ちゃんが俺が行方不明になった事があると婆ちゃんに話したという。それで、この事を婆ちゃんが朱里さんに伝えたら、朱里さんがぜひ母ちゃんの話を聞きたいと言ってそれから隔週に一度のペースでこうして会っているという。
竹本君が居なくなった時期と俺が居なくなった時期があまりにも被っていたので、もしかすると俺と同じ様に異世界に行っているかも知れないと話していたらしい。まさにビンゴですお母さま!
まぁ、異世界なんて……とは思ってはみたものの、それでも竹本君が無事ならと願う朱里さんに、俺が戻ってきたら竹本君の写真を見せて向こうの世界に竹本君がいなかったのか確認をしようとしたという。
「ちょっと待ってよ?」
「朱里さんが、婆ちゃんの会社の従業員?」
「はい、そうです」
「嘘だろ? そんなことある?」
「信じがたい……」
「二人ともどうしたの?」
「母ちゃん、服部三幸って母ちゃんの兄弟だよな?」
「うん、血は繋がってないけどね」
「はッ!? さ、咲太くん! ダメよ!」
俺が服部三幸の名前を出した事で、朱里さんは慌てて俺を止めようとするのだが、もう遅い。竹本君も別段止めようとしていないので、このまま突っ走っていいだろう。
「何がダメなの? あーちゃん。三幸がどうかしたの?」
朱里さんは母ちゃんの問いかけに返事をする事もなく、真っ青な顔でプルプルと震えていた。
そんな朱里さんに婆ちゃんが無言で近づく。婆ちゃんの表情からして何かを悟ったようだ。
「朱里さん……まさか、司くんは……」
「社長、申し訳ございません!」
「そうですか……なんで私に言ってくれなかったの」
「妊娠を彼に打ち明けたら、この子を堕せと言われて……私、どうしてもこの子を産みたくて……」
「なんという……あんの馬鹿息子がッ!」
啜り泣く朱里さんを見て、穏やかだった婆ちゃんの顔が鬼の化す。
てか、めっちゃこええええ!
「ふぇ? 馬鹿息子? ハッ、そういうこと?」
母ちゃんもやっとついてきたらしい。
「決して、社長にはご迷惑をお掛けしません……どうか、どうかつーくんの事はッ」
そう、懇願する朱里さんを婆ちゃんは優しく包み込む。
「迷惑だなんて、私にもう一人孫がいたなんて嬉しいわ。今まで一人でよく頑張りましたね」
「しゃ、ちょう……う、うぅ……ッ」
朱里さんは、婆ちゃん胸の中でまるで子供のように泣きじゃくる。
「まさか、お前と俺がな」
「世の中せまいものだ」
「あっ、そうだ」
「ん?」
「ほら、俺とお前はいとこ関係なんだし、これから俺のこと呼ぶ時服部禁止な? そうだな、俺の事を咲太兄ちゃんと呼ぶことを許そう」
「なっ、何を言ってるんだ? 何で私が」
「ほれ、言ってみろよ咲太兄ちゃんってよ」
「こ、断る! そもそも前世と合わせたら私の方が年上であるぞ?」
「ばーか、そんなもんカウントするわけないだろうが。お前はれっきとした俺の従弟なんだからよ」
「ぐっ……だが、断る!」
こいつとは、これから長い付き合いになりそうだ。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
第11章本編はこの話でおしまいです。まさか、7か月もかかるとは……いくつか閑話を挟み、ついに最終章に突入いたします。
最後までお付き合いいただけると幸いです。




