声
~竹本司視点~
「服部、どういうつもりだッ」
「俺も何がなんだかわからねぇんだよ! 身体が勝手にッ」
服部の様子を見る限り、自分の意思に反して身体が動いていると言ったところか。
……強制力が働いている、それ即ち。
「奴隷紋の呪縛」
ハッとした顔で、服部は乱暴にシャツの襟を捲り右肩を確認する。
「うそだろ……? なんでこれが……ずっと、消えてたんだぜ!?」
「なぜ消えていたのかは不明だが、奴隷紋自体を解呪した私達と違って効力が残っていたのだろう」
ボボルッチが自分を助けろと命令した事がトリガーになったことは言うまでもない。最悪な事に奴隷紋の主であるボボルッチの命令は他の者達とは違いかなりの強制力が働いている、絶対服従というやつだ。
「意味わかんねぇよ!」
「ぐっふふふ、そうであろう、そうであろう! 崇高な余に、こんなゴミムシの様な最期は似合わないのであああある! さぁ、奴隷よ、この反逆者どもを全て排除し、余の国を取り戻すのでえぇああある!」
まさに僥倖と言わんばかりのボボルッチは、大袈裟にまるでボンレスハムの様な己の二つの短い腕をぱぁっと広げる。
「こんのクソ野郎! ぐっ、身体がッ!」
服部は瞬時にボボルッチに向けて拳を振り上げるが、その拳がボボルッチに着弾する事はない。逆に竹本君達に殴り掛かろうとする身体を抑え込むのに手一杯のようだ。それが可能なのは、恐らくボボルッチを守るという命令が最優先であるためだろう。それがなかったら、服部は既に私達に襲い掛かってきたはずだ。
「おいおい、ツカサ~これは、かなり厄介だぜぇ~?」
「…………あぁ、分かってる」
「どうすんの!? サクタがボボルッチの命令に逆らえなかったら、戦うしかないのよ!?」
「……分かってる」
「ツカサ、奴は強い。正直、俺達が束にたっても勝てるカどうか……」
「分かってる」
「ツカサ、どうするんデス!?」
「分かってると言っている!」
レフ、ジュリ、高次、ミンギュ……みんな、もっともな事を言っているが、何一つ打開案はなく、押しつけ感が嫌でも感じられる。確かにこのグループのリーダーは私であるため、甘んじみなの意見を受けようと思うが……いくら何でも、みな考えが無さすぎだろッ!
だからなのか、非常にイライラする!
「あああああもう!」
「ツカサがキレたぜ~」
「うそ? あのツカサが……」
「す、すまん」
「イージーデスよ、ツカサ」
これ程までにイライラしている私と初めて対面する仲間達は、それぞれ予想通りの反応をしてくれるが……そんな事を気にする余裕は私にない。
相手は服部咲太。戦闘奴隷最強の男。戦闘奴隷の中でも魔法が使える私はかなり規格外だとは思うが服部もなぜか魔法が使える……これでは私のアドヴァンテージはないに等しい。
どうすればいい!?
私があの奴隷紋を解呪するためには、私が服部の奴隷紋に直接触れる必要があるが、こんな状況だかなり無理がある。
最もシンプルで確実な方法……それは、奴隷紋の主であるボボルッチを殺すこと……それしかない!
「ええい、ままよ! 私が服部を何とかする! その隙にボボルッチを殺せ!」
「分かったわ!」
私は全力を出すことを良しとしない。少し余力を残した方がそれなりに良い成果を残せるというものだ。だが、私の目の前にいるのは化物の部類……余力を残してなんてとんでもない。
「ぐっうおおおおお!」
身体の奥の奥、更に奥から魔力を絞り出す。
この男を止めるためには100%では足りない、限界を超える必要があるのだ。
「ちょ、竹本君? 魔力、凄い事になってるんだけど……」
「すべては貴方を止めるためだ」
「そうか……頼むッ」
私は頷き、術式を展開した。
◇
~咲太視点~
クソなさけないぜ! まさか、この豚王の奴隷紋にまた支配されとは。
ここは、竹本君に頼るしかないな。竹本君が俺を抑えてくれるならレフさん達が俺の背後でドヤ顔を浮かべている豚王を殺してくれるだろう。
竹本君から尋常でない程の魔力が感じられる。
「氷柱連弾」
竹本君の背後に超巨大な魔法陣が発現する。
まるで氷河の様な透明感のある美しい青色の魔法陣からは全長1メートルを超える数えきれない程の氷柱が現れ、俺に向かってその鋭利な先端が一斉に放たれる。
「ひぃいいい! ど、奴隷、余を守るのである!」
「くそッ、身体が勝手に!」
俺は、豚王を守るように迫りくる氷の矢を砕く。不本意だが、決して打ち漏らしのないように、だ。
「とった!」
無数の氷柱に気を取られている俺の視野ギリギリのところに竹本君が映り込み、俺に向けて剣を振り抜き、俺はそれを間一髪のところで躱す。
「ちッ」
竹本君の口から舌打ちが洩れる。
氷柱を隠れ蓑にして俺に接近したのだろう。術者である竹本君が俺の近くにいるのに魔法陣は未だに残っており、魔法陣からは未だに氷柱の乱撃は続いている。
竹本君が接近してくる前までは氷柱を全て砕いていたが、竹本君の攻撃を防ぐ必要がありため、俺は動きを最小限にする。
竹本君の攻撃をブロックしながら、豚王に当たりそうな氷柱のみを砕いてく。
「ぐッ、見かけによらず器用な事をする」
「見かけによらずは余計だが、おれ自身驚いてるよッ」
「これが貴方のポテンシャルということだな。私達の中でも群を抜く身体能力に、異世界人のくせに魔法まで……本当に何者なのだ貴方は」
「俺だってよくわからんよ、気付いたこうなっていたからなッ」
「ひぃッ、ど、奴隷!」
竹本君にうまく誘導されたのか、いつのまにか俺と結構な距離ができていた豚王の情けない悲鳴が聞こえる。レフさん達が一斉に豚王の首を取りにきたのだ。そのまま、大人しく死んでくれればいいもの……案の上、俺自身がそうさせなかった。竹本君をガードの上から思いっきり蹴り飛ばした反動で一気に豚王との距離を詰め、レフさん達の攻撃に対処する。魔法が使えないからか、レフさん達は竹本君と比べて実力が劣っていたため、なんなく豚王を守る事ができた。
「ちッ、話で気を反らしても無駄だったか」と竹本君は二度目の舌打ちを洩らす
クソッ埒が明かない。
こんな豚王の奴隷紋一つ抗えることができないなんて!
何で俺がこの豚王のために、元仲間達とやり合わないといけないんだ!
「情けない弟子じゃ」
「――ッ」
「とは思わん。奴隷紋ばっかりは仕方のない事じゃからな」
「ちょ、師匠!?」
師匠が背後から俺を羽交い絞めにする。
豚王を守るという事に神経を注いでいたせいか、とうにミルボッチ王子とこの場を離れたはずの師匠の接触は予想だにしていなかったため気付かなかった。
豚王を守るという命令に縛られている俺は、師匠の抑え込みを振り解くためにジタバタする。
段々と俺を抑える師匠の力が増していく。身体強化の魔法によってだ。
師匠の魔力の器はボロボロだ。それなのに師匠は俺を抑え込むために尋常ではない魔力を行使しているはず。
「師匠、止めて下さい! これ以上無理に魔法を使ったら」
「がっははは、心配するでない! ブッハ、げほげほげほ」
「いやいやいや、めっちゃ血吐いてるし!」
「がっははは、こんなのへのかっぱじゃ」
「いや、マジでやめて下さい! 自分で力のコントロールができないんです! 早く放してください!」
「いやじゃ! げほげほげほ――ふぅふぅ。さぁ、タケモト! ボボルッチを殺してこやつを解放してやるのじゃ!」
「はいッ!」
俺と師匠のやり取りを遠目で傍観していた竹本君は、俺に吹き飛ばされて出来た距離を詰める。そんな竹本君との距離が縮まっていくほどに俺の動きに激しさが増す! だめだ、このままだと師匠がッ!
師匠を助けにきたのに、よりのもよってこんな豚王のために師匠をッ
どうすればいい! くそ、どうすればいいんだあああああ!
『ったく、情けねぇ野郎だな? それでも俺様の因子を継ぐものか?』
な、なんだ? 意識が何かに引っ張れる感じが……それに、この声は……。
ドスの利いた声。どこかで聞いた事のあるような声。だけど思い出せない。
『無理に思い出す必要はねぇぜ? 元々てめぇの記憶に俺様はいねぇんだからな』
記憶にない? どういう……いや、今はそれよりも師匠をッ、って何だこれ!?
様子がおかしい、師匠の動きがまったく感じられない。それだけじゃない竹本君もレフさん達も豚王も空を飛ぶ鳥も雲の流れも、まるで一時停止をしたかのように全てのアクションが止まっている。
『その通り。時間はあんだ、焦んなよ』
ふぅ……わかった。何が何だか分からないが、一度冷静になるとしよう。
それで、あんたは何者なんだ?
『俺様の正体は、まだ明かせねぇ』
ちッ、勝手に現れておいてなんだよそれ。
『まぁ、そんなカリカリするなって、そう近くない内に分かる日がくるだろうぜ』
じゃあ、なんで急に現れたんだ?
『それは、あれだ、あんなクズ豚野郎にいいようにされてるお前が情けなくってよぉ。見てらんなかったんだよ』
その口ぶり。あんたなら何とかできるのか?
『じゃなかったら、そもそもしゃしゃり出てこねぇよ』
どうすればいい?
『簡単な事さ、身体の主導権を俺様に渡してくれればいい。ことが終わればすぐてめぇに返すよ』
そうか、わかった。
『はは、即答か。まぁ、俺様としては話が早くて助かるけど、そんなに簡単に俺様の事を信じていいのか?』
正直、胡散臭さマックスだけど……なぜか、あんたが俺を騙すとは思えない。
俺の考えも全部筒抜けだろうしな。
『まぁ、俺様とてめぇは一心同体だからな』
あぁ、それも何となくだが分かる気がする。
『じゃあ、てめぇの身体かりるぜ?』
男のその言葉を最後に俺の意識は途切れた。
新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
年末は色々と忙しくて更新できませんでした。
今後、週1~2回の更新ペースになると思います。




