贖罪、そしてまさかの……
「グレイス! 待ってろって言っただろう! なんでここにいるんだ!」
「ご、ごめんなしゃいッ! やくしょくをやぶったことはあやまりましゅ! でも、でも、あるじぃが!」
俺の腕にぶら下がり、涙を流すグレイスの両眼は力強く、俺はそれ以上グレイスを叱咤する事が出来なかった。
それよりも、あるじぃ? なんだ、あるじぃって。
いや、グレイスにとってあるじぃは一人しかいない事を俺は知っている。だからこそ疑問が沸き上がるんだ。
「あるじぃ? どういう事だグレ「ぐッ……まさか、ぐれ、いすか?」イス……はぁ?」
俺の問いかけに言葉を被せる竹本君はボロボロの身体でグレイスに手を差し伸べる。俺に殴られてダメージが残っているからか、その手は小刻みに震えていた。
「はい、でしゅ。あるじぃ、やっぱりいきてました」
グレイスは、俺から離れ、竹本君が差し伸べた手を椛の様な小さな手でギュッと握る。
すると、グレイスの両手が白く発光し、竹本君のキズがみるみる綺麗に治っていく。どうやら、グレイスが治癒魔法を使ったらしい……てか、グレイスはまだ七歳なのに魔法が使えるのか? いや、それは今は重要ではないか……それにしても色々と意味が分からない、竹本君があるじぃ?
「どういう事だ? お前があるじぃって」
「……貴方に隠していてもしょうがないな……。前世の私は、ダリウス・ティグリスと言ってこの大陸にあるティグリス王国の王子だった。そして、そこにいるグレイスは、私がダリウスだった時の従者だ。この世界で死んだ私は、日本で竹本司という全く別の生を預かった。所謂転生者というやつだ。それにしても、よかった……グレイス、よく生きていてくれた……」
そういって、竹本君はグレイスを抱き上げる。
転生者?
そうか、だから竹本君は魔法が使えるのか……身体能力の高さもこれで納得がいく。
「でもどうして私だと……ん? グレイス、お前その目はどうした? それに、見た目が変わって、いない」
「グレイスは二十年近くベルガンディ聖国の変態貴族に変な液体に浸けられてコレクションにされていたんだ。グレイスの見た目と目が見えないのはその時の副作用みたいなものだよ」
グレイスの視点が合っていない事と二十年経っても見た目が変わってない事に気づいた竹本君に俺はその訳を説明する。
「ぐッ、なんというッ!」
「そんなにおこらないでほしいでしゅ。ぐれいしゅは、げんきでしゅし、しょれにこうしてあるじぃにあえました! みんな、グレイシュをたしゅけてくれたサーしゃまのおかげでしゅ!」
「助けてくれた? 貴方が?」
「まぁ、成り行きだがな……」
「そうか……グレイスの事を助けてくれて感謝する」
竹本君は、俺に対して深々と頭を下げる。
「よせって、言っただろ? 成り行きだって」
「それでも……グレイスがここにいられるのは貴方のお陰だ」
「だああ! 分かったよ! だから、もうやめろ……それに、俺とお前の話はまだ終わっていない」
冷静になってみたら、こいつの言い分を何一つ聞かず血が昇った俺は殴りかかってしまっていた。
いつも通り俺もまだまだなぁ……とは思わない。それほどに一人生き残った俺にとってみんなの死は特別なものだからだ。
「……貴方は、人に裏切られた事があるか?」
「なんで急にそんな事を」
竹本君は抱き上げたグレイスを一度地面に下して俺にそう問いかける。
「いつもそうやってまっすぐに物事を見れる貴方にはそんな経験はないだろう……だが、私にはあるのだ。家臣に貶められ、愛する弟の手によって私は命を落とした」
家臣? 命を落とした? もしかして、前世のマリウス時代の話をしているのか?
「そんな私は心のどこかで人に裏切られる事を恐れていたのだ。異世界人は強力過ぎる、力に呑み込まれたらどうなるかわからない……貴方にも経験があるはずだ」
あるさ、ある。ベンがそうだった……。
「だから、あんな劣悪な環境……つまり、人間が一番追い込まれていた時を共に過ごしたレフ達であれば問題ないと思った。私を裏切らないと確信を持てたんだ……」
「…………」
「私だって後悔しているのだ……。奴隷紋の解呪に成功した時、なりふり構わず皆を解放してあげていれば……とな。だが、今となってはもう遅い。だから、せめて私達は、無惨にも散っていった仲間達を英雄として後生に残すため、再び戦場に舞い戻ったのだ。奴隷ではなく、救国の英雄としてオルフェン王国の民に認知されるように、英雄として弔ってあげられるように」
「……ッ……」
竹本君の真意に驚いた俺はレフさん達を見渡す。
すると、各々が竹本君の言葉に偽りがないという事を裏付けするかのように頷く。
なんて事を考えているんだこいつら。
俺達を英雄とするために戦場に舞い戻っただと?
「まじかよ……」
「大まじだ……死んでいった仲間達がどう思うかは分からない、が、せめてもの罪滅ぼしがしたかったのだ……自己満足と言われても致し方ないがな。だがら、どうしてもこの戦に介入し武勲を立てる必要があった。ミル、ミルボッチ王子も、この戦に勝って国を再建した際には私達、元戦闘奴隷の真意と今回の活躍を民に大々的に発表すると約束してくれた。英雄としてな……。それが見殺しにしてしまった仲間達に私達ができる唯一の贖罪だ……」
「……そうか」
それ以上言葉が続かなかった……。
竹本君が、みんなの奴隷紋を解呪してくれていたら、もしかしたら、今でもみんな生きていたかもしれない。だけどそれはたらればの話だ。
日本に戻った俺は、いつも死んだみんなに恥じないために、世のため人のため生きようと思った。俺にはそれくらいしか思い付かなかった。だけど、竹本君達は……みんなを英雄に、俺を英雄にしてくれようとしたのに、そんな竹本君に口汚く罵るだけでは足らず手を上げるとは……なんて恥ずかしい奴なんだ俺はッ!
「すまねぇ! そんな事を考えていてくれていたなんて、これっポチも考えず、俺はッ!」
「貴方のその怒りは至極当然だ。逆に怒ってくれて心につっかえていたものが取れた気分だ」
「…………そうか、そ、それならお互い様だな。ははは」
「あぁ、お互い様ということで」
「それで、これからどうするつもりだ? 正直、敵さんは戦意喪失してるけど、こんだけ元戦闘奴隷がいると分かったら、前の戦の二の舞だぜ?」
今回はたったの五人、いや、俺も竹本君達の目的に加担するとして、俺を入れて六人か……。このままでは、以前と同じだ。数でぶつけてこられたら、少なくない犠牲をともなうだろう。
「こちらにも考えがある。敵も逃げて行ったことだし、一度ミルの元へ戻ろうと思うが、どうだ?」
「ミル? あぁ、ミルボッチ王子の事か、そんな気軽に呼ぶほどの仲なのか?」
「まぁ、生前の友人だ。数少ない、な」
「生前って……まぁ、俺は問題ないぜ? 師匠をこんな地べたに寝かせる訳にもいかないからな。てか、片瀬、お前はどうするんだ?」
俺は、ひとまず竹本君についていく事に決めたが、ここには俺達以外にも敵軍であるベルガンディ聖国の勇者がいるのだ。いや、勇者しかいないというか……あれだけ三密状態だった戦場が、がらんとしている。
「色々あってパニック状態なので、一度自軍に戻ります。丸山もこんな状態ですし……まさか、殺しはしないですよね?」
いまだにぐったりとしている丸山を指差し、イケメンは人懐っこい笑みを浮かべる。
「当たり前だろ? お前らは俺が元の世界に戻してやるって約束したんだからな」
「あはは、よかったです……では、行きます」
「あぁ、俺はこっちにつく事にした。向こうの指揮官が早まった行動をとらないように注意してくれ」
「はいッ!」
片瀬が丸山を背負って自陣に戻るのを見送ったのち、俺達もミルボッチ王子が待つ本陣へと向かった。
◇
「ツカサッ! 無事か!?」
「あぁ、問題ない。それよりも、スペシャルゲストだ」
「おい、スペシャルゲストは言い過ぎだろ」
「うん? おぉおお! そなたは!」
どうやらミルボッチ王子にとって俺はスペシャルゲストであっているらしい。
「お久しぶりです王子! 良かったです、王子が生きていてくれて!」
「そうか、そなたも……して、そなたはなぜここに? そなたをぞんざいに扱ったこの国に加勢しにきたというわけではないだろし……」
「この人を連れ戻しに」
と俺は背におぶっている師匠をミルボッチ王子に向ける。
「なるほど、そうだったか。私は、国の為に尽くそうとしてくれるオニールをどうしても止める事ができなかった……そうか、よく来てくれた」
そうだよ、こんな人だよミルボッチ王子は。
どっかの豚王とは違い、人を思いやる心を持っている。それが普通かもと思うかもしれないけど、この世界の権力者の大部分にこの普通が備わっていないんだ。
「本当は、師匠を連れて早々に戻るつもりでしたが、ここにいる竹本君の話を聞いて、俺にも死んでいった仲間達のために手伝える事があればと思い、彼らについて来ました」
「なんと心強い! 異世界からの英雄の中でも最強と言わしめたそなたが加わってくれれば、百人、いや、百万人力だ!」
「はは、そんなおおげさな。それで、これからどうするんですか? 力押しだと、以前の二の舞にならないか心配です……」
「私も無駄な争いで血を流したいわけではないのだ。戦は、この一戦で終わりにする。後は、ベルガンディ聖国との交渉だ」
「向こうがすんなり引いてくれますかね? 俺達もいるんですし、また連合軍を形成して攻めてきそうですが」
俺達、大陸を震撼させた元戦闘奴隷が六人もいるんだ。
大陸全土が敵に廻る可能性は大いにある。
「いや、その必要はない。私達にはベルガンディ聖国の“ガン”ともいえる存在がいるからね。それを使ってうまく交渉するさ」
「“ガン”、ですか?」
「うむ、そなたにも見てもらった方がいいだろう。おい、奴をここに!」
ミルボッチ王子の指示で兵士が数名、近くのテントへと入っていき、すぐさま台車にのった檻の様なものを引き摺ってくる。
檻の中には……「あ、あぁ……なんで、あいつが……ッ!?」
「ある機密情報と引き換えにベルガンディ聖国に生かされたのだ」
顔中あざだらけで腫らしており原型をとどめていないが、俺があいつを忘れるわけがない……「ボボルッチ!!」
「ひぃッ!」
そう、俺達をくそったれな奴隷に貶めた元凶がそこにいた。
俺の殺気が周辺を包み込み、直にそれに受けたボボルッチはガタガタと震えている。
「落ち着いてくれ、服部咲太」
気が気じゃない俺を竹本君が制する。
「落ち着いてられっかよ! こいつが、こいつが俺達をッ!」
「言いたい事は私にもわかる。私も被害者だからな! だが、このクズにはまだ使い道がある」
「使い道? なんだよそれ!?」
「先の戦の戦犯は誰でもない、このボボルッチだ。そんなボボルッチをベルガンディ聖国は生かしたのだ、影武者を処刑してな……これは、この大陸全土に対する背信だ。だから、このクズをオルフェン王国から手を引かせるための交渉材料とする。そして、この国を取り戻した暁には、このクズを民衆の前で処刑し、全ての罪を被ってもらうのだ……だから、今は我慢してくれ。いいか、私もレフ達もみな、このクズを今すぐにでも殺したいと思っている。だが、この国を再建するために、仲間達を英雄にするために、私達は堪えているんだ……だから、貴方も」
そうか……そうだよな、竹本君達も俺と同じ、被害者だ。そんな彼らが堪えているんだ、みんなの為に……。
「分かった、俺も我慢するよ」
そんな俺の言葉にみなホッとした表情を浮かべ、とりあえず飯でもとその場を離れようとした時だった!
「うっ……うん? 貴様……余の奴隷ではないか……」
ボボルッチが俺の存在に気付いたらしく、余の奴隷とかぬかしやがる。
「あぁ? 誰がお前の奴隷だよ!?」
虚ろな目をしたボボルッチは、俺を指さし「余の奴隷よ、さぁ、余を助けるのである……と言ってはみたものの無駄であるか……」と病的な笑みを浮かべる。
「はぁ? だれ、が……ッ!? ぐ、ぐあ、ぐっあああああッ!?」
「どうしたんだ!? 服部!」
「わからねぇえええ、右肩が、右肩が急に熱くなって!」
「右肩だと……はッ! まさか!?」
「うぐあああああ!! 何だこれ!? 身体が勝手に!?」
意識とは裏腹に俺は、ボボルッチが閉じこもっている檻の蓋を力づくでこじ開ける。
「な、何をしているんだ!?」
ミルボッチ王子は、信じられないと言った表情を俺に向ける。
「分からないんです! 身体のいう事がきかなくて!!」
そしてなぜか俺はボボルッチを守るように竹本君達と向き合っていた。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。




