喜びと怒り
「うそだろ!? なんで君が!? てか、生きてたのか!!」
心配そうな顔で師匠の元へと駆け付けてきた人物は、驚くべき事に俺と同じくオルフェン王国に召喚され、戦場で命を落としたと思われていた竹本君だった。
竹本君が生きていたという事実は、俺に一瞬の驚きをもたらすが、すぐさまそれは喜びへと変わっていく。だって、死んでいたと思っていた仲間が生きていたんだぜ? 喜ぶべきだろ!
俺の乱入によって俺達の周りだけフリーズしており、ベルガンディ聖国の兵士達も何がなんだか分からないと言った感じで固唾を飲んでこちらを見守っている。そんな中、俺の背後から一頭馬が近づいてくる。
「ゆ、勇者様!」
「ムッシュド将軍」
「何事でありますか!? それに……なんだ貴様はッ!」
将軍……お偉いさんなのだろう。
そんなムッシュド将軍は、俺に最大限の警戒を向けている。
「ムッシュド将軍、どうか驚かないで聞いて下さい。この人は、服部咲太さん……【殺戮者】と呼ばれたオルフェン王国最強の元戦闘奴隷です」
「さ、さ、さ、さ、殺戮者あああああですとおおおおお!? いや、しかし、殺戮者は処刑されたはずです!」
「俺が保証します、この人こそ本物の殺戮者です」
「そ、そんな……」
ムッシュド将軍は俺の正体に狂ったように驚き、すぐさまこの世の終わりと言わんばかりの表情を浮かべ、跨っていた馬からずり落ちそうになってしまう。
「さ、殺戮者? おいおい、殺戮者は処刑されたんじゃ……何かの間違いじゃないのか!?」
「い、いや、いやだああ、死にたくない!」
「死んだ……もう無理だ……」
ムッシュド将軍の声はいささかデカく、俺が殺戮者だという事がベルガンディ聖国軍に面白いように伝播され、ベルガンディ聖国兵達の戦意を見事に削いでいった。
「これ、もう離してもいいよな?」
俺は、自分の血で真っ赤に染まった右手をくいっとあげると「あ、す、すみません! 大丈夫ですか!?」と片瀬は慌てたように自分が握っていたロングソードの柄を離す。「わりぃな」と戦いに水を差した事を謝罪し俺は持っていた刃を離す。傷から流血は続いているが、まぁ、死にはしないだろう。
「サクタ、ワシは、疲れたからひと眠りするでのぅ」
とその場にゴロンと寝転がる師匠。
「ちょ、正気ですか? ここ戦場ですよ!?」
「何も問題あるまい、お前がワシをオリビアの元に帰してくれるのだろう?」
「まぁ、そうですけど……」
「がっははは! では問題ないッ! ぐがあああ、ぐがあああ、ぐがああああ」
わざとらしいいびきを立てて、師匠は俺に背を向ける。なんて人だ……。
「それで、なんで咲太さんが……それに、その青年は? 竹本君って……どう聞いても日本名ですよね?」
「あぁ、竹本君は俺と同じオルフェン王国に召喚されていた元戦闘奴隷だ。そうか……たった六人でやたらと強いと思ったら、もしかして、レフさん達か?」
「……あぁ」
「まじかああ! みんな生きてたんだな!」
「咲太さん、喜んでいるところ悪いんですが……みんなというのは?」
「今、この戦場で暴れている他の四人は、みんな元戦闘奴隷だ」
「「「――ッ!?」」」
俺の暴露で、ただでさえ戦意を喪失していたベルガンディ聖国兵に絶望が伝う。
「全軍! 撤退いいいいいいいいい!」
ムッシュド将軍はさすがというべきか、こんな状態でも冷静に撤退の命令を自軍に下し、その命令は俺達がいるこの軍の中心部分から左右に分かれる様に一気に伝わり、ベルガンディ聖国兵は我先にと言った様子で戦場を離脱する。
「おいおい、本当にサクタかぁ?」
「おぉおお! 生きてた!」
こちらから背を向ける敵軍とは反対に、驚いた表情のレフさんと嬉しそうな顔のミンギュさんが近づいてくる。
「オニールさんの言葉は半信半疑だったけど、本当に生きてたんだ」
「よかった……」
と続いてジュリと高次さんが姿を現す。
「みんな! 本当に、本当によかった!」
俺は、そう言わずにはいられなかった。
だって、死んでいたと思っていた仲間が生きていたんだぜ?
そんな感動の再開を繰り広げている間に、ベルガンディ聖国兵は戦場から離脱、ここに残っているのは、俺と師匠、竹本君達と片瀬。そして、竹本君に首根っこ掴まれて気絶している丸山だ。
片瀬には悪いが、俺は聞かないといけない事があるため、竹本君達に視線を集中させる。
「それで、竹本君。どうやって生き延びたんだ? 竹本君達はディグリス王国との戦争で戦死したって聞かされていたけど、俺、全然信じられなくてさ」
竹本君達のグループは、グループ単位では俺達の中のどのグループよりも強かった。一人二人ならまだしも、そんな彼らが全滅したなんて信じられなかったのだ。
「奴隷紋を解呪して、私達だけで戦場を離脱した」
「はぁ? 奴隷紋を解呪?? どういう事だよ」
「言葉の通りだ。私が私とレフ達の奴隷紋を解呪して、戦死を装い、戦場から離脱したのだ」
淡々と業務報告の様に言葉を並べる竹本君。言っている事は実にシンプルだが、逆に俺の頭をこんがらがらせる。
「解呪……そんな事が可能なのか!?」
「まぁ、時間は掛かったがな……」
召喚された日本人に奴隷紋の解呪が可能なのか!?
いや、実際に竹本君達はここにいる……もし、それが本当だとしたら……。
「もし、お前の言葉が本当だとして、なんで俺達を助けてくれなかったんだ」
「…………」
「なんでだ! お前のその力があったら、誰一人死ななくてもよかったんだぞ!?」
「…………」
「なんで黙ってんだよ! 答えろよッ!」
感情が高ぶり竹本君の胸元を掴むと「ちょ、ちょっと、サクタ! 落ち着きなさいよ!」とジュリが竹本君の胸元を掴んでいる俺の左手に手をかけるが「邪魔すんなジュリッ!」とその手を叩くと「ちょっと、レディに対してその態度は失礼よ!」と息を荒げるがそんな事はどうでもいい。
「お前のその力があれば、誰一人死なずになんとかなったかも知れない! なのに、お前は自分達だけ解放され、今度は自分達の意思で戦場にいるなんて、それも俺達にあんな事をしでかしたオルフェン王国のためだなんてッ」
俺達を奴隷に貶めた国のために、戦争から逃げたこいつらが、そのクソみたいな国のために拳を振るっている、納得しろなんて無理だ!
「……しょうがないだろう」
「何がしょうがないんだ!」
「ぐッ」
投げやりな言葉を吐き捨てる竹本君に怒りが込み上げ、とうとう俺は竹本君の顔に己の拳を突き刺す。
「ちょっと、やめなさいよサクタ!」
「黙ってろジュリ! 何がしょうがないんだって聞いてんだ!」
「貴方に私の何がわかるッ!」
口元が切れてつーっと血をが顎を伝う竹本君は、声を荒げ胸倉をつかんでいた俺の手を弾き俺から距離をとる。
「私も本当はみんなを助けたかった……」
「なら、どうして!?」
「それは……」
歯切れの悪い返ししかしない竹本君に更に殴りかかろうとする俺をレフさん、高次さん、ミンギュさんが身体を掴んで止める。
「サクタ~ちょっと冷静になろうぜ?」
「そうだ、落ち着け服部」
「ラブアンドピースです!」
てか、ミンギュさん。貴方さっきまでどれだけあちらさんの兵士を殺したんですか……ラブアンドピースもクソもないでしょうに!
「離して下さい! てか、あんたらも同罪だからなッ! なんで、あいつを止めなかった! 自分達だけ生きれればそれでいいのかッ!?」
俺は力任せでレフさん達を振りほどき、銃口から放たれた弾丸の如きスピードで竹本君に向かう!
「何でだ! 何で助けてくれなかった!? なんで、みんなで生きようとしなかった!?」
冷静さを失っているのだろう。
思考よりも言葉と拳が先に出てしまう。
俺のそんな乱雑な攻撃に対して竹本君は魔法の障壁を貼り防いでいく。
「なんで、魔法が使えるんだッ!?」
奴隷紋を解呪したり、魔法を使ったり……そもそも、最初からこいつの身体能力は異常だった。
だが、今はそんな事を考えていてもしょうがないッ!
「黒の乱撃」
俺の両手の肘から下が真っ黒に染まり、無数の黒拳が竹本君に迫る!
「なッ!? これは、魔法!?」
どうやら、竹本君も俺と同じで俺が魔法を行使している事に驚愕している。
俺の力のこもった拳が次々と竹本君の障壁ぶち破っていき、それに対抗して竹本君は無数の衝撃を張り巡らせる。
「オラオラオラオラオラオラアアアアアアアアッ!」
「ぐッ、ま、間に合わないッ! ぐはぁッ!」
竹本君の障壁の展開よりも俺の拳の数が勝り、ついに竹本君の身体に俺の拳が当たり、それを皮切りに、竹本君は俺の攻撃に成す術なく淘汰されていく。
「ふざけやがってッ! お前達が離脱してから俺達は数を減らし始めていったんだッ! お前らがいてくれていたら誰も死ななかったかもしれないッ!」
「ぐふッ! ぶっはッ!」
「何とも思わねぇのかよおおお!」
俺は、とどめとばかりの一発を竹本君に振り下ろす!
「サーしゃま、もうやめてくだしゃい!」
俺の右腕に温かい何かが絡みつく。
いや、俺は分かっている。俺をサーしゃまなんて呼ぶのはあの子しかいない。
グレイスが俺の腕にしがみ付いていた。
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