勇者と黒い影
司視点です。
「中々順調な出だしだ」
オニール殿の背後で十八番である広域氷爆魔法フリーズエクスプロージョンを四方八方へと放ちながら、私はそう呟かずにはいられなかった。
それもそのはずだ。
開戦からまだ一時間も経っていないにもかかわらず、既に敵兵を二割近くを削り、こちらの被害は未だにゼロ。最上の出来と言えるだろう。
現状、私とオニール殿をセンターにして左右にレフ達四人が広がる様に敵軍と対峙しており、魔法が使える私は前方の敵軍をバランス良く減らしつつ打ち漏らしの対処を行っている。そこで更に打ち漏らしがあれば、それはミル率いる本陣が対応してくれている。まぁ、打ち漏らしは大した数ではないのでミル達は心配ないだろう。
「オニール殿、前に突っ込みすぎです!」
「がっはははは! 問題なああああい!」
「はぁ~まったく……」
オニール殿はまさに水を得た魚の如く、次々と敵兵を己の鉄拳で葬っていく。
魔力の器があんなことになっているから、あんまり無理はして欲しくないのだが……オルフェン王国の再建が実現されたら、民にも部下にも慕われていたあの御仁の存在は必ず役に立つ。こんな場所で亡くすには惜しいのだ。
まぁ、私がフォローすればいいか。
「うおりゃああああああ!」
オニール殿の周辺の敵を魔法で気散らそうとしたその時、力のこもった声と共に凄い勢いで剣先が迫ってくる!
「おっと」
とそれらしい声を上げて、剣先が私の顔に到達する寸前にそれを躱す。同時に【幻魔ノ装】を発動すると、私の右手にまるでクリスタルの様な輝きを放つロングソードが握られる。
そして、この時初めて私を攻撃した相手を確認する。
そこには私と同じくらいの年頃で上等な群青の鎧を身に纏ったツンツン頭の青年が私を睨んでいた。顔が日本人っぽい事や先程の並外れた攻撃といい、間違いなくこの青年も勇者の一人だろう。
「ちっ、まーだまだあああッ!」
私に攻撃を躱されたのが気に食わなかったのか少年は一度舌打ちをし、再度私に刃を向けてくる。さすが異世界人、攻撃の早さも、重さも伊達じゃない。一国の将軍をもかるく凌駕するだろう。
だが、残念ながら私の敵ではない。
あのビン底眼鏡君……亀山と言ったか、元の自力の差なのか彼よりはこの青年の方が強いだろう。ただ、それだけだ。結局、ぬくぬくと甘やかされてきた者達だ、私達の足元には及ばない。
「くっそおおおお! 何であたらねええええ!」
攻撃がかすりもしない事の苛立ちによって少年の攻撃は段々と荒々しく、そして、雑になっていく。発している言葉といい、行動といい、亀山とまったく同じだな。
「何故当たらないか教えてあげよう」
「何言ってん、ぐはッ」
私の膝が無防備な少年の腹部に突き刺ささり、悶絶する青年は、剣を持っていない逆の手で腹部を抑え前屈みになる。
「簡単な事だよ。それは、貴方が私より弱いからだ」
この青年の命を終わらせる事は容易い、青年の無防備な首をはねれば終わりだ……が、理由はどうあれはこの青年は同郷の者だ。
亀山同様に生かしておくか。
私は、【幻魔の装】の発動を切り、右手で青年の後ろ頭を掴みそのまま地面に叩きつける!
苦痛のあまり青年はなんとか私から逃れようと足掻くが無駄な事だ。
私は、もう一度青年を地面に叩きつけた後に青年の目をのぞき込む。
まだ、反抗的な目をしている。では、もう一度。
青年の心が折れるまで、私は何度も青年の頭部を地面に叩きこみ、そして、青年の目を覗き込む。
「や、やめ、やめて、くれ……もぅ……やめ……」
青年の口から懇願するような弱弱しい声が洩れる頃には、青年の目は既に恐怖で塗り替えられていた。
“戦意喪失”、青年はこれ以上何も出来ないだろう。
青年の顔は、見るも無残な事になっているが、命があるだけマシだろう。まぁ、この青年のケガは後で治してやるとして、自軍の状況を確認しよう。
ミルがいる本陣には被害は出ていないようだ、まぁ、この青年の相手をしていても打ち漏らしの対処は疎かにしてないからな。
続いてレフ達は……四人とも無双状態だ。問題ないだろう。
そして、最後にオニール殿の安否を確認する。オニール殿は、ツンツン頭の青年と同じ群青の鎧を身に纏った長身の青年と一騎討ちの最中だった。顔を見る限り、あの青年も勇者なのだろう。
あの長身の青年の動きを見る限り、亀山や私の足元に転がっている青年よりも、明らかに強い。オニール殿もかなり苦戦しているようだ。本調子であれば、オニール殿が負ける事はないだろうが、今の状態では……。
オニール殿の性格上、一騎討ちに水を差すようは行為は許されないだろうが、オニール殿を失うわけにはいかないのだ。
私は、敵兵を蹴散らしながらオニール殿の元へと急ぐ。オニール殿との距離は、ツンツン頭の青年を相手している間にだいぶ離れてしまった。
オニール殿との距離があと数十メートルと言うところで、オニール殿は独りでにバランスを崩し片膝をつく。
「くっ、やはりもたなかったか!」
長身の青年が剣を振り上げる。狙いはオニール殿の首だ。
このままでは間に合わないッ!
身体強化の魔法は既にかけているのだが、脚力を上げるために両足に身体魔法を追加でかける。身体強化の魔法は二重で掛けると身体の負担が酷く、私の両足は悲鳴を上げているが、その分スピードは先程とは段違いだ。でも、間に合わない!
「くっ! 見す見すオニール殿を失うのかッ! くそおおおおお!」
長身の青年の刃がオニール殿の首元にせまり、私がオニール殿を諦めたその時だった。
しゅうううううううううううううん!!
「な、なんだ!?」
私のすぐ横を物凄い勢いで黒い影が通りすぎていく。
私の方向からは背後しか見えないが、影の正体は漆黒のコートを身に纏った、体格的には男だ。
その男はオニール殿の首元に刃が達するや否やの絶妙なタイミングで、その刃を素手で掴む。
「わりぃな、片瀬。この人を死なせる訳にはいかないんだわ」
「えっ? さ、咲太さん!」
服部咲太……私達、戦闘奴隷の中で最強と吟われていた男が戦場に降り立った。
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