経験値とレベル
誤字脱字修正いたしました。(21.11.15)
「そんなにハシャがないでもらいたいものだ。高々、目眩ましで放った魔法なのたがらな」
「くっ、このッ!」
一瞬、怯んだ勇者の少年は、苦しそうではあるが、それでも己の武器を私に向け振り上げる。異世界人特有の高い身体能力で振られるソレは、常人であればなす術もなく命を刈り取られるだろうが……生憎、私は超人なのだ。
ひょいひょいと、迫り来る無数の斬撃を躱していく。
「くそっ、なんで、なんで当たらないんだあああ!」
攻撃が当たらない事により苛立ちが募っているのか、勇者の少年の攻撃は段々と荒々しく、そして、雑になっていく。
正直、この少年を葬りさる事は容易い。
召喚勇者か何かは知らないが、その肩書きの通りぬるま湯につかっていたのだろう。奴隷とは、前提が違うのだ。
この世界は剣と魔法の世界ではあるが、物語やゲームに出てくるような経験値やレベルは存在しない。そう思っていた……が、最近は違う可能性について考えはじめた。
この世界の人間には、確かにそれらはない。だが、私達のような異世界人には、目に見えないだけで経験値やレベルというものが適用されるのではないのか? と言うことだ。
異世界人は、この世界の住人より圧倒的な力を手にする事ができる。だが、それは、タダで手に入る物ではない。血反吐を吐くような訓練、生死をかけた戦い、それらによって手に入るのだ。
その実、この手で人の命を刈り取ってからの私達の成長は著しかった。自分でしか感じ取れないモノではあるが、数ヶ月の訓練よりたった一度の盗賊団の殲滅がよりそれを感じ取れる事が出来たのだ。それは、戦場でも同じ事だった。
奴隷紋を解呪した当初は魔物を狩って生計を立てていたのだが、成長はそれほど感じられなかった。経験値やレベルなどはやはり絵空事か? と思い始めた時、私達の行く手を阻む山賊を返り討ちして際に、魔物を相手にする時よりも遥かに成長を感じる事ができた。
そして、私は考えた。人にあって魔物に無いもの……それは、魔力の器だ。魔物は魔石が命の源だからな。
まだ真理には辿り着いていないが、魔力の器に何かしらの秘密があるのだろうと私は考察している。
御託を並べてしまったが、何が言いたいかというと、この少年は弱いと言うことだ。正直、この程度なら本気を出さなくても余裕で倒せるだろう。だが、経緯は何であれ同郷の者をこの手にかけるのは心許ない…………よし、それなら!
「ぐあぁぁぁ!」
「ぶぼへぇぇぇ!」
私はあえて生き残った敵兵に近付き、ギリギリのところでハルバードから身を躱す。同士討ちによって私が何もしなくても、敵の数は減ってくれるし、何よりも味方を手にかける事によって、現代っ子のあの少年のヤル気も削ぐ事が出来ると思ったのだ。
「ひ、卑怯だぞ! わざと味方の方にいくなんて!」
案の定、少年は顔を真っ青にしながら、でも、手は弛めず私に悪態をついてくる。
「わざと? ははは、その通りだッ! どうだ? 自分の手で何の怨みもない味方を殺す気持ちは」
「それは、お前が味方の方へ逃げるからッ!」
「何を言っている、そんなの貴方が手を弛めればいいだけの話だ。貴方は、こうなる事が解っていながらも、手を弛めず私に攻撃を仕掛けてきている。味方を殺してまでだッ! この殺人鬼がッ!」
「違う違う違う! 全部お前が悪いんだあああ!」
「まったく、子供の駄々じゃあるまいし」
そろそろ、いいだろう。
私は迫り来る勇者の少年のハルバードを素手で砕く。
「なっ!?」
そして、驚きのあまりフリーズ状態になっている勇者の少年を殴りつける。
「がっは!」
今度は、一発ではなく、この少年の心を折るまで何発も何発も執拗に少年の顔を殴り続ける。前述通り殺すつもりはないので、死なない程度に力は押さえている。
この少年は、自分が特別であり、絶対的な強者だと思っているのだろう。それが間違いとは言わない。異世界人であるのだから。こうして私と対峙していなかったら少年は、強者として君臨し続けられただろう。
だが、少年は私を敵に回してしまった。
「そ、そんな……勇者様が……」
ジキールは、まさか勇者が赤子の様にあしらわれている事に信じられない様子で、先程の威厳は全くといって感じられない。
「ミル、その老人が逃げないよう見張ってくれ」と私が少年を殴りながらそう指示すると、ミルは「任せてくれ」と言って、ジキールの目の前に立ち目を光らせている。
「や、やめ、て、くだしゃい、ゆる、してくだ、しゃい」
泣きながら懇願する少年。
どうやら、心を折る事ができたらしい。意外と持たなかったな……。殴る手を止め、今度は、生き残りの兵士達を一瞥する。
兵士達は一様にガクガクと震えており、それによって私に向けている剣先もブルブルと震えていた。
「さて、勇者様はこういっておられるが……次は貴方達が相手になってくれるか?」
カランカランカラン
兵士達は各々の武器を地面に放り投げ、両手をあげる。
「賢明な考えだ」
ミッションコンプリートだ。
私は窓に向かって、小規模な爆裂魔法を発動させる。赤い炎の塊は窓を突き破り空中で花火のように咲き、すぐさま散っていく。レフ達へ城内の制圧が完了したという報せを出したのだ。
そして、私は、尻餅をついて震えているジキールに近付き、目線を合わせる様に膝を曲げる。
「私達の勝ちだな?」
「こ、こんな事をして、タダで済むと思っておるのか!? この事が本国に知られれば、このルフェンに本軍が押し寄せるぞ!」
「元よりそのつもりだ。私達の要望を聞き入れてもらえなければ、貴国とやり合うつもりだったのだからな」
「し、正気……か?」
「私はいたって正気だ。さて、話を進めよう。私達の要求は、貴国にこのオルフェン王国を放棄していただきたい。こんな旨味のない国、貴国も手放したがっていたし、問題はなかろう?」
「それは……無理な話だ……」
ジキールは、歯切れが悪そうに返す。
「硝海石」
「なっ、なぜそれを!?」
「やっぱり、それに気付いていたのか……」
「くっ……」
「情報源は、先ほど言っていたあの者というやつか……話を聞いた限りこのオルフェン王国の王族の様だが……あの者とは誰だ?」
「それは……」
「そんなに言い辛い相手なのか? できれば、この場に連れてきて欲しいのだが」
私は、ジキールの胸倉を掴みぐいっと引き寄せ、たっぷりと殺気を込める。
「……わかった。おい、そこの。ここにあの者を……」
「ハッ!」
脂汗だらけのジキールの命により、兵士が一人廊下の奥へと消えていった。
「ツカサ~終わったようだなぁ」
「お疲れさまです!」
南門に行かせたレフとミンギュだ。
二人に行かせた南門は、この城から比較的に近いためか、二人は報せを出してそれ程時間がたっていないにもかかわらずこの場に姿を現した。
「あぁ、二人とも怪我はないか?」
「怪我を負うほどの相手でもないだろぉ~? それよりも、そこで泣きべそかいてるボーイは?」
レフは勇者の少年に向けて顎をしゃくる。
この世界には、東洋人のような容姿を持つ者がいない。レフは、そういう意味で私に質問しているのだろう。
「ベルガンディ聖国に召喚された、同郷の者だ」
「な~るほどね」
「噂は本当だったんですね!」
「あぁ」
そんな会話を交えていると、遅れてジュリと高次が合流し、互いの無事に安堵してたその時だった。
「ええい! なんだと言うんだッ!」
聞き覚えのある声が耳に入ってくる。
数回しか聞いたことがないが、鮮明に覚えている声だ。
「おいおい、ウソだろ~?」
「何でアイツが生きてるのよ!?」
「ちっ……」
「信じられないでーす!」
でっぷりとした大きな腹に人を不快にさせる卑しい顔。
ボボルッチ・オルフェン。
忘れもしない、全ての元凶が私達の前に再び姿を現したのだ。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。




