ビン底眼鏡の少年
脱字修正いたしました、ご指摘ありがとうございます!(21.11.15)
「ハッ!? く、くせも、ぐぇっ!」
武器庫から出るや否や、巡回中の兵士に見つかってしまった。
まぁ、騒がれる前に始末したのだが……。
ハッ……私とした事がこの兵士がベルガンディ聖国の兵士かどうか確認していなかった……と思いだし、死に体となった兵士の右胸の部分を確認する。
そこには、月桂冠を被った二人の乙女がそれぞれ剣と杖をクロスさせて向き合っている紋章が刻まれていた。間違いない、ベルガンディ聖国の紋章だ。
元々ベルガンディ聖国は聖女ルニカと戦乙女クミカという双子の姉妹王によって建国されたと言われている。それは、争いの絶えないこの世界を見かねた神が、人間族には【漆黒の殺戮者】ケイタロス、魔族には【始まりの魔王】アーノルド・ルートリンゲン、それぞれを管理者としてこの世界に降臨させたと云われているおおよそ千年前の話だ。
ベルガンディ聖国建国後からしばらくして、妹王であるクミカは人間族の管理人である【漆黒の殺戮者】ケイタロスに恋に落ちた。それ以降、姉王にも民にも関心を持たず、ただケイタロウスの事しか目に入らないクミカ。仲睦まじかった姉妹の心の距離が離れてしまう事にそう長い時間は必要としなかった。
憤る姉王と言い争いになり、終いには姉も国も捨ててケイタロスを追いかけるクミカだが、ケイタロスの元に辿り着くことなく病に蝕まれ道半ばでこの世を去ったと言われている。
「ツカサ、どうかしたのか?」
いかんいかん、こんな時に考え事なんて。
私は、ローブのフードを深く被る。
「何でもない、さぁ、行こう」
気を取り直して先に進む。
薄暗い通路の所々に設置されている、魔石を消費して灯されている自動式松明の灯りとミル道案内に従って地下から、地上へと場所を移す。
地下にいた時には気付かなかったのだが、いつの間にか窓の外は横殴りの雨が降りだしていたが、雨の音は、四方八方から鳴り響く地鳴りの様な怒号によりかき消されていた。
外ではレフ達が暴れている。一騎当千のレフ達によって、人手が足りないのか、城内の警備が手薄に思えるほど、人の気がしかい。
私達が向かうべきは、城の上層部。
颯爽と階段を駆け昇る。
「何者だッ! ぼひゃへ!」
「侵入者だあああッ! ぎょえぇっ!」
上層部へ近づくにつれて、徘徊している兵の数も増えるのだが、まるで流れ作業のように、足を止める事なく全て一撃で処理していく。それによって、上層部へと辿り着く頃には、かなりの数の屍を築きあげていた。
「何者じゃッ!?」
「たった二人で城に侵入するなんて、命知らずにもほどがありますね」
両手では数えきれないない程の兵を連れた、白髪頭の老人とビン底眼鏡をかけた少年が現れる。
「別に命知らずではないさ。命は一つ、大事なものだ」
「ハン! ここまできて、生きて帰れると思っておるのか? 目出度い頭よ」
どこから湧いたのかわらわらと兵達が集まっており、いつの間にか私達は包囲されていた。
こんな状況だ。普通に考えれば、あの老人の言っている事は正しいのだろう。
だが、私は普通ではないのだ。
「まぁ、どう思われようがどうでもいい。ご老公、貴方がこの城での最高責任者で間違いないか?」
「いかにも。ワシはジキール・バンハード。ベルガンディ王国王の右座であり、我が女王様よりこの国の再興を命じられておる」
ほぅ、王の右座とはな……。
ベルガンディ聖国には、建国当時から王を支える右座、中座、左座という三つのブレインが存在する。建国時は王が二人だったため、互いの意見が割れる事が多々あり、何かを決断する際に一人の宰相では偏りが出てしまうため、宰相を三人に分け王を含めた五人の多数決によって物事を決めていたという。その伝統が今でも継承されているのだ。
つまり、このジキールという老人は、ベルガンディ王国の重鎮と言うわけだ。
「そして、僕は「あぁ、貴方はどうでもいい」な、なんだって!? 僕は、ベルガンディ聖国の勇者なんだぞッ!!」
少年は、顔を真っ赤にして怒り散らす。
それよりも、ベルガンディ聖国の勇者かぁ。顔が東洋人っぽいと思っていたら……なるほどな、ベルガンディ聖国が異世界人を召喚したという噂は本当だったというわけか。
まぁ、私達の様に奴隷としてではなく、勇者として大事に扱われているのだろう。カタルシアらしいな。
「さて、こちらも正体を明かすとしよう。ミル」
私に名前を呼ばれたミルは、フードを外す。
「私の名は、ミルボッチ・オルフェン。オルフェン王国第三王子だ」
ミルが正体を明かしたことにより、ザワザワと周りが騒がしくなる。
「王族は、あの者しか生き残っていないはずではなかったのか……!?」
あの者? ミル以外にも王族の生き残りがいるのか?
「まぁ、よい。どうせ外の騒ぎも貴様らの仕業じゃろうに、さっさと貴様らを片付けて、次に移るとしようぞ。さぁ、こやつらを引っ捕らえよ!」
ジキールの命令に従い、兵士達が襲いかかる。
「ミル」
「問題ないッ」
貧血気味で、辛そうではあるがミルが問題ないというのならば、心配する必要はないだろう。
別に事前に打ち合わせていた訳ではないが、私とミルは互いに背を向け敵陣に突っ込む。各々、幻魔ノ装で具現化した得物を手に持って。
数が多いだけで私を脅かす様な存在はいないだろう。その実、幾ばくかの時間で、私の前に立っている者は一人もいなかった。
「ぐあッ!」
「ミルッ!」
一方ミルの方は、勇者の少年による攻撃に四苦八苦している様子だ。今の本調子じゃないミルに異世界人を相手にするのは厳しいかもしれない。
「とったあああ!」
勇者の少年がミルの首をめかけて、自分の背丈はありそうなハルバードを振り上げるッ!
「そうはさせんよッ」
魔法で氷岩を生成し、勇者の少年に向け射出する。勇者の少年は、咄嗟の判断でミルの首を一時諦め迫り来る氷岩にハルバードを叩きつける!
粉々になった、氷岩に頬が弛む勇者の少年は「どうだッ!」と私に向けて得意気な表情を作るのだがーー
「あれ? いない!? ぐふっはぁ」
無防備な脇腹に私の拳が突き刺さった勇者の少年の苦しそうな呻き声が辺りに響いた。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。




