厄介事
「さぁ、自由にかけてくれ」
謁見の間を出た俺は、何故かワタルと一緒にカイザル様の執務室にいる。
弟分と積る話もあるし、どうぞ二人でと、この気まずい場所から離脱しようと試みたのだが、俺はここにいる。ワタルだけだったら何とか振り切る事ができたのだが、俺に話があるというカイザル様の鶴の一声が俺の逃げ道を全て塞いだのだ。
赤い革製のふかふかハイバックソファーに腰を掛けると、数名の給仕さんがテーブルの上に食べ物などを並べていき、瞬く間にテーブルが埋め尽くさせる。そして、最後に登場したのは……。
「樽?」
「相変わらずだな、カイにぃは」
流石に公の場では許されないが、プライベートではワタルはカイザル様の事を“カイにぃ”と呼んでいて、口調も砕けたものになるという。
「相変わらず?」
「カイにぃは、飲みだすと樽ひとつぺろっと飲み干すほどの酒豪なんだ」
「えっ? これ酒なの? こんな昼前に?」
「あっははは! 昼間に飲む酒ほど旨いものはないッ。自論だがな」
まぁ、サクッと飲んでもらって早々に退散するとしよう。と思っているとワタルがくすくすと笑いだす。
「ふふふ、昼間からの間違いじゃなくて?」
「あっはは、確かにそうだな。今日はとことん付き合ってもらうぞ!」
「サクタ、今日は夜までコース確定だよ」
「は、はは……さいですか」
俺が解放されるのは、まだまだ先になる事が確定され苦笑いを浮かべていると、給仕さんが銀製の杯を樽につけられている蛇口に傾けて次々と酒をついでいく。
「あれ? 数が……」
今、この執務室にいるのは、俺とワタル、そして、カイザル様の三人の筈なのだが……並ばれた杯は四つだ。他に誰か来るのか? と疑問に思っていると、そのタイミングでコンコンとドアをノックする音が耳に入る。
「来よったな。入室を許可する!」
カイザル様はドアの向こうの正体が既に分かっている様子で、向こうの名乗りも聞かず、入室の許可を下す。
「失礼いたします、陛下」
とミラさんが一言断りを入れて姿を現す。
「さぁ、早くこっちに来いッ」
「そんなに急かすなカイ」
とミラさんは、苦笑いを浮かべてカイザル様の隣に座る。
ミラさんとカイザル様は幼馴染らしく、ワタル同様プライベートでは地位は関係なく接している。
因みに、カイザル様もワタルのばあちゃんであり、前魔の将軍バイオレットさんの弟子だという。それは仲が良いわけだ。
「さぁ、皆の衆。杯を」
カイザル様がそう言って杯を自身の目の高さまで掲げ、俺達はそれに合わせる。
「さぁ、改めて我が弟分ワタルの生還とサクタ殿との新たな出逢いに感謝を! カンパーイッ!」
「「「かんぱーい!」」」
そして、昼間っからの楽しい宴会が始まった。
◇
腕時計に目をやると、宴会開始から二時間程が過ぎていた。
テーブルに並べられていた食べ物の皿はいつの間にか奇麗さっぱりなくなり、フルーツなどの甘味に入れ替わっていた。
まぁ、ほとんど俺が平らげたのだが……。
そして、そのタイミング丁度一つ目の酒樽が空になり、給仕さんが二つ目の酒樽を運んでくる。酒好きのカイザル様をはじめ、ミラさんもワタルもケロッとしてるのを見ると類は友を呼ぶとはこういう事なのだろう。俺の場合は、状態異常に掛かりにくい体質なため酒に酔いにくいのだが、もし、こんな体質じゃなかったら、既にギブアップしていただろう。
「あっははは! いやぁ~サクタ殿、良い食べっぷりに飲みっぷりだな!」
酒のせいか顔を真っ赤にしたカイザル様は上機嫌な様子だ。
「どれも凄く美味しかったのでつい……」
ついつい貧乏性なところがでてしまい赤面してしまう。しょうがないじゃんか! うまかったんだから!
「いやいや、そう言ってもらえると準備した甲斐があったというものだ。さぁ、酒も甘味もたっぷりある。ドンドンいってくれ! それとも、肉をもっと持ってこさせようか?」
「い、いえ! ここにあるものだけで十分です!」
まだまだ腹には入るスペースがあるけど、流石にこれ以上はと思い俺は全力で遠慮していると何が可笑しいの、ミラさんもワタルもゲラゲラと笑い声をあげる。
カイザル様以下、俺の正体については既に知られており、それについて咎められたり、追及されたりは今の所されていない。
ワタル曰く、ここにもカケルさんの意思が浸透しているらしい。
そう思うと、カケルさんのこの国においての影響力の凄さを改めて思い知らせる。
“救国の英雄”……羨ましい限りである。
俺は、なんとか元の世界に戻る事ができ、今は何不自由なく生きている。だが、奴隷として死んでいった仲間達の事を考えるといたたまれない気持ちになる……。三上を除いて、だが。
そんな事を思いながら杯を傾けていると、何かを思い出したかのようにカイザル様が口を開く。
「それはそうと、ミラ」
「うん?」
「あの件は、どうなった」
「あぁ、同盟国からの救援要請だ、無碍にするわけにもいかないだろう。二千ほど送り出した」
「まったく、圧倒的な戦力があるにも関わらず、救援要請など……」
「まぁ、そういうな。奴らも拠点を奪われて面子が潰れた事に腹が立っているのだろう。圧倒的な戦力をみせて意趣返しをしたいといったところだ」
「くだらん……」
「二人とも何の話?」
まったくついていけないカイザル様とミラさんの会話にワタルが割り込む。
「あぁ、すまん。ちょっと厄介事がな……サクタ殿も知っといた方がいい」
うん? 何故そこで俺? カイザル様が俺に話があるって言ってたが、この事なのか?
「そうだな。私から説明しよう。戦後、旧オルフェン王国がベルガンディ聖国の領地になった事は知っているか?」
「噂程度なら……」
先の戦の後、オルフェン王国について一番被害の大きかったベルガンディ聖国に譲渡された。
まぁ、譲渡というよりは体のいい押しつけだ。オルフェン王国はこれといった特産品もなく、バカなボボルッチが大陸統一のため、国民から搾取しては全て軍備につぎ込んだせいで非常に貧しい国だ。極めつけに敗戦兵が野盗と化し、非常に治安も悪い。旨味どころか厄介でしかないのだ。
ベルガンディ聖国は、小国という立場のせいか、これを断る事もできず泣く泣く承諾したという。
「数週間前に、旧オルフェン王国王都ルフェンで、旧オルフェン王国軍と名乗る者達によって内戦が勃発し、その者達によってルフェンを占拠しているという」
「はぁ!? 何かの間違いじゃないんですか? 旧オルフェン王国軍にそんな事ができるなんて到底思えないんですが……」
俺達に頼りっぱなしだったやつらが、自ら行動を起こすなんてありえない。だからと言って、やつらを束ねる事ができるリーダーシップのある者もいないはずだ。
「私達も最初は信じられなかったのだが、軍を率いている者の名を聞いて信じざるを得なかったのだ」
「……誰が率いているんですか?」
俺の問いかけに、ミラさんは、杯の中にある酒を一気に飲み干し、再び俺に視線を戻す。
「旧オルフェン王国第三王子ミルボッチ・オルフェン」
ミラさんの口から出てきた予想だにしなかった名前に、俺は、驚く事しかできなかった。
「う、うそでしょ!? だって、ミルボッチ王子は、自爆魔法で……」
そう、ミルボッチ王子は部下達を逃がすために自爆魔法で命を落とした。
「あぁ、私もそう聞いていた。だが、生きていたのだよ。ルフェンに放った、我が国の間者全員から同じ報告がされているため、間違いはないと思っている」
「……そう、ですか……そうか、ミルボッチ王子生きていたんだ……ははは」
死んだと思っていたミルボッチ王子が生きていた事で、無意識に頬が緩む。
「オルフェン王国の王族なのに、ミルボッチ王子が生きていた事が嬉しいそうだな?」
カイザル様は、訝しげな表情でそう問う。
「あの国で数名いない、尊敬できる方ですからね。ミルボッチ王子は」
俺がそう返すと、カイザル様は相変わらず真っ赤な顔をしているが「それで、サクタ殿はどうするつもりだ?」と真剣な眼差しを俺に向ける。
「どうするって言われても……ミルボッチ王子が生きていた事は嬉しいですが、もう、俺には関係のない事ですから。俺は成り行きに任せたいと思っています」
もう戦争はこりごりだし、俺達を奴隷としか扱わなかった、あの国のために何かしてやりたい気持ちは塵程にも沸かない。
「そうだな。それが一番良いだろう。すまんな、つまらない話をしてしまった」
「いえ、そんな事は……」
「さぁ、飲み直そう! 時間はまだまだたっぷりあるんだしな!」
結局その日、日付が変わるまで宴会は続いた。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
明日までに、次話更新できればと思っています。




