魔王の権威とは
馬車が通り過ぎると、兵士達は敬礼をやめ大歓声をワタルに向ける。ワタルの帰還がよっぽど嬉しいのか、泣き出す者も少なくない。ファンクラブすら存在するワタルの人気を改めて知らされる。
それにしても、思い出すなぁ……。
俺達《戦闘奴隷》の所属していたオルフェン王国軍第四部隊は、連戦連勝を続ける常勝オルフェン王国軍の中核であり、不本意ながら隊長であるキングレは英雄視されていた。
英雄の凱旋は常に民衆を熱狂の渦に包んだ。
大陸内でも弱小国にカテゴライズされている自国がジャイアントキリングを起こし続けているのだ。民衆が熱狂するには十分な理由だろう。
だが、同じ第四部隊でも、俺達に向ける民衆の目は冷たいものだった。
そう、まるで、ゴミを見る様な。
それもそのはず、俺達以外の奴らは本当に戦争してきたのか?というくらい小綺麗な見た目に対して、前線で奮闘していた俺達はぼろ雑巾の様な格好だ。
そもそも、俺達の活躍など民衆が知る由もないし、大体的に俺達は戦闘奴隷として認知されているため、最底辺の俺達を英雄視するものは一人としていない。
――俺達がいなかったら、この国などとっくに滅びたはずなのに、だ。
悔しかった。
なんで、こんな扱いを受けてまでこの国のために自分の手を汚さないといけないのか? 凱旋の度に、俺は、いや、俺達は煮え湯を飲まされていたのだ。
まぁ、それも戦争を重ねていく内どうでもよくなっていったが……。
「黙り込んで、どうしたんだい? そんなに陛下の所に行きたくないのかい?」
一頻り、兵士達の声援に応えたワタルが、俺の様子に気付き心配そうな表情を向ける。
「いや、なんか雲泥の差だな~って思ってさ……あッ、王様の所は本当に行きたくないッ」
「ふふふ。もう遅いよ。馬車は既に城門を潜っているんだから」
「ちッ……」
「それで? 何が雲泥の差なの?」
「いやさぁ……」
俺は、自分が思っていた事をワタルに伝えた。
「ひどい話だよね……君達の犠牲のおかげであの国は生き長らえていたのに……」
ワタルの顔からは笑みが消え、沈痛なものに変わっていた。
「そんな顔するなよ。過ぎた事だし、それに、お前がそうやって思ってくれるなら少しは気が晴れるってもんだ」
「咲太……」
そんなやり取りをしている内にパッカパッカと小気味よく鳴らしていた馬の足音が徐々にゆっくりとしたものになり、馬車もそれにあわせて徐々にスピードを落としていく。
「着いた様だね」
「はぁ~本当にいくのか……てか、俺、ただの庶民だし、礼儀とかよく分からないけどいいのか?」
「君がただの庶民だって? ふふふ、ありえないよ。君は、この世界の最高峰に位置する魔王アーノルド・ルートリンゲン様直轄の特務補佐官なんだよ? 一国の王でも君を軽く扱う事なんてできないのさ」
「俺にそんな権力があるとは思わないけどな」
「君が思わなくても周りはそうではないよ。それほどにアーノルド様の存在はこの世界に住む者達にとって特別なのさ」
「はぁ~魔王様の手前、断る訳にもいかないから受けたんだが……失敗したなぁ」
ただの肩書き程度だと思ったのに……。
「受けておいて損する事はないさ。それに、君を縛り付けるためのものではないってアーノルド様も言っていただろ?」
「まぁ、な」
「という訳で、ほら、降りるよ!」
「おい、引っ張るなって」
俺は、ワタルに腕を引っ張られる形で無理やり立たされる。
抵抗する事もできたが、まぁ、その必要はないと思った俺は、されるがまま馬車から降りた。
「来たな、二人とも!」
とミラさんが俺達を出迎えてくれる。
「わざわざ出迎えてくれなくても大丈夫なのに、ミラねぇは、国の重鎮なんだから」
ユーヘミア王国魔の将軍にして侯爵家当主。重鎮どころの騒ぎじゃない。
「お前との仲は置いておき、私は、お前の直属の上司だ。私が同行するのが普通だろう。それに、サクタ殿もいるわけだからな」
「えっ? 俺ですか? なんで俺が?」
「魔王家の家紋を身につける事を許された者を蔑ろにするわけにはいかないからな」
と言って、ミラさんが俺の右肩を指さす。
魔王家の家紋。五芒星の右下部分を三日月が支えているような形をしている。星と月、常夜を支配するヴァンパイア族ならではと言えるだろう。
「この家紋ってそんなに特殊なもの? 魔王様の部下だったら誰でもつけているんじゃないの?」
「魔王家の家紋は、アーノルド様の身内やアーノルド様が自ら認めた者でないと付ける事が許されないんだよ。因みに、サクタ以外には片手で数える程しかいないと聞いているよ」
「うそでしょ……で、でも、ほら、この家紋シンプルだからマネできそうだし」
裁縫が得意な人であれば、コートを買ってきて、針でチクチクすればマネできると思うのだが。
「その家紋を真似するなんて世界がひっくり返っても無理さ」
「なぜに??」
「百聞は一見に如かずというし、家紋の部分に魔力を集中してみて」
「魔力? 何を急に」
「いいから、いいから」
まぁ、ワタルが意味のない事をさせるとは思えないし、俺は言われるがまま、右肩に刻まれている家紋辺りに魔力を集中させる。すると、一瞬、家紋がぶれたと思うと、マンホール大に投写され家紋が右肩から浮かび上がる。
「なッ、なにこれ……」
「この家紋はね、アーノルド様の魔力が込められた特殊な糸が使われているらしい。最初に纏ったものが持ち主として登録されるんだ」
「じゃあ、俺以外が魔力を流しても」
「うん、その家紋は反応しない」
だからマネできないのか。
魔力を切ると、先程まで浮かんでいた家紋は、フッと姿を消す。なんて物を……気が重くなってきた……。
「理解してもらったようだし、そろそろいいか? 陛下が首を長くして待っているものでな」
「そうだね、ほら、行くよ咲太!」
「だから、引っ張るなって!」
俺は、馬車から降りた時と同じようにワタルに腕を引っ張られ城内へと足を踏み入れた。
◇
ミラさんを先頭に俺とワタルは、城の奥へと廊下を進んで行く。時折すれ違うメイドさん達は、ワタルの姿をみて涙を流していた。その度に、苦笑いを浮かべ手を振るワタル。
そんな繰り返し行われているやり取りをしばらく眺めていると、ミラさんの足が止まる。
目の前には、高さ五メートルはありそうな重厚かつ、豪華な彫刻が刻まれた両開きの扉が現れた。おそらく、この先が謁見の間なのだろう。
俺達に気付き姿勢を正す扉の両脇に立つ二人の兵士の一人に「陛下に取り次ぎを」とミラさんが指示すると、「陛下より、入室の許可は既に頂いております」と兵士は敬礼と共に返し、もう一人の兵士と共に片方ずつ扉を開く。
扉が開ききったところで、ミラさんが室内へ進むと俺達はその背中を追って続く。
室内の中央に敷かれているレッドカーペットの両サイドには溢れんばかりの人達がこちらを見守っている。だが、見守っているだけなので、室内は静寂に包まれ、俺達の足音だけがやけに響く。
前方には、こちらを見下ろす形で、玉座が設置されており、そこには、三十路手前くらいの美大夫がどっしりと構えこちらをジッとみている。
あの人が、現ユーヘミア王のカイザル様なのだろう。
ミラさんの足が止まる。
そして、その場で片足を着き、頭を下げる。
ワタルも、ミラさんに続いて同じ様なアクションを取っているので、俺も見よう見まねで続けた。
「陛下、宮廷魔導士師団長 ワタル・タマキ及び、魔王様直轄特務補佐官 サクタ・ハットリ殿をお連れいたしました」
「ミラ将軍、ご苦労だった。さぁ、楽にしてくれ」
「はッ!」
ミラさんが立ち上がり、それに続いてワタルも立ち上がるのを見て、俺も続く。
玉座から立ち上がり階段をゆっくりと降りてくるカイザル様を確認したミラさんは、レッドカーペットとの脇へと移動する。
「サクタ・ハットリ殿。客人を蔑ろにする形をとってしまい申し訳ないが、まずは、我が弟分の生還を讃えさせてほしい」
急に、カイザル様から声を掛けられ驚いた俺は、「は、はい、ごゆっくり!」と挙動不審になってしまう。
そんな俺にカイザル様は、クスリと笑みをこぼし、軽く頷いた後、力強くワタルを抱きしめる。
「ワタルッ! よくぞ、よくぞ、戻ってきてくれた!」
「陛下……ご心配をお掛けして誠に申し訳ございませんでした……」
「いいんだ、こうやってお前が戻ってきてくれたんだ!」
カイザル様とワタルは幼少の頃から兄弟の様に育った仲らしい。己の地位など関係なしに、人の目も気にせず嗚咽交じりに頬を濡らすこの二人が、只ならぬ関係だと改めて思わされる。
二人に誘発されてか、室内の至る所から鼻をすする音が聴こえる。
そして、しばらく割れんばかりの拍手がこの謁見の間を包み込んだ。
◇
「すまなかった、サクタ・ハットリ殿。どうも、気持ちを抑えられなくてな……」
「いえ、お二人の関係は聞き及んでいます。逆に俺みたいな部外者が水を差すようですみません」
「ははは、そんなに気を病まないで欲しい。サクタ・ハットリ殿は、アーノルド様の家臣、この国にとって部外者と言えぬ存在よ」
「そうですか……あまり実感はないんですけどね。あ、俺の事はサクタと読んでください」
「そうか、では、サクタ殿。我がユーヘミア王国は貴殿を歓迎する!」
カイザル様のウェルカム宣言で、本日二度目の割れんばかりの拍手が謁見の間を埋め尽くす。
拍手が鳴り止むタイミングで、カイゼル様は「皆の衆、ワタルの生還祝いは近日中に行う! だから、今日だけはワタルの時間を余が独り占めしようと思うが……異論はあるか?」
「「「陛下の仰せのままに!」」」
笑っていいとものスタジオ並みの一体感が、そこにあった。
「うむ、感謝する! さぁ、ワタル、サクタ殿も私の執務室へ」
こうして、俺はカイゼル様について謁見の間を後にした。
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