ワタルの帰省
誤字修正しました(21.10.19)
「おいおい、なんでこの世界にこんなものが……」
師匠とオリビアさんに別れを告げ、ワタルの転移魔法でクレーリア伯爵家を後にした俺達は、ワタルの実家の前に佇んでいるのだが……。
「ふふふ。驚いた?」
「サーしゃま、どうしたのでしゅか?」
してやったり顔のワタルと何が何だか分からない様子のグレイスを余所に、俺は、目の前の建物に驚きを隠しきれずにいた。
驚きの理由、それは、ワタルの実家が時代劇などで目にする武家屋敷の様な造りをしているからなのだ。
閑静な住宅街の洋館が並ぶ中で、ここだけが明らかに異質だ。パスタが並ぶ中、一皿だけそば!ってくらい違和感がある。
「祖父の希望でね。日本を忘れたくない一心で建てられたものなんだ。僕も、日本にいた時はビックリしたよ。テレビを観ていたら本当に同じような建物があったからね」
「故郷を忘れたくない、か」
「サクタ?」
「あぁ、すまん。奴隷してた時ってさ、日本のこと、家族のことを忘れてしまいそうになってたんだ。俺の十八年間の人生がまるで幻に思えたんだよ」
オリビアさんがいなかったら、とうに忘れていたかもしれない。
「だから、カケルさんの気持ち、分かる気がするんだ……」
「うん……」
「なんか、しんみりしちゃったな! ほら、早くお前の家族に元気な姿を見せにいこう!」
「ふふふ。そうだね! さぁ、ついて来て」
と引き戸を開き、屋敷内へと進んでいくワタルの背に続いた。
◇
屋敷の中は、まさに日本庭園そのものだった。
至る所に、松に似た木々が塀の内側を囲んでおり、敷地の中心には正門と屋敷の間を遮るかのような大きめの池が設置されており、真っ赤な漆塗りの橋が掛かっている。
「こんなお庭みたことないでしゅ、しゅごくきれいで、心がおちつきましゅ」
グレイスの言っている事に共感する。
この空間だけ、外の世界とは乖離しているかのような、ゆったりとした時が流れている。そんな気がするのだ。
赤い漆塗りの橋を渡り屋敷の方へと向かう俺達の眼前に、拓けた空間が現れる。
「ここは、祖父の鍛錬場なんだ。よく、部下達を呼んで、個人的に稽古をみてあげたりもしててね……いつも活気で溢れていたんだ」
と、ワタルは目を細める。
“いたんだ”という事は、カケルさん亡き後、今は利用されていないのだろう。
「これからは、カケルさんの代わりをお前がやればいいんだよ。カケルさんも喜ぶだろうよ」
「……サクタ。うん、そうだね! あッ!?」
ゾロゾロと屋敷の玄関から人影が現れる。
その中にはワタルの思い人であるシエラさん、ワタルの姉弟子でありオルフェン王国魔の将軍であるミラさん、シエラさんの父であり、オルフェン王国武の将軍であるアルパトス伯爵と夫人と中には俺も見知った顔がある。
そして、俺の知らない顔の内、先頭に立つ三人の女性。
ブラウンの革製パンツスーツを纏ったキリっとしたキャリアウーマンに一対のロングソードを背に纏うポニーテールの少女、そして、聖女の様な神々しいオーラを纏った老婦人だ。三人とも視線はワタルに全集中しており、〇〇の呼吸と言いながら突っ込んできそうな勢いだ。
そして、その三人を目の当たりにしたワタルに自然とこの言葉を伝えた。
「ワタル、良かったな」
「う……ん」
「ワタルッ!!」
キャリアウーマンがワタルに飛びついてくる。その瞳には今にも垂れ落ちそうな涙を溜めて。
「母さん……」
「こんのぉ、バカ息子がッ! 親より先に逝ってしまうなんて、なんて親不孝な息子なんだお前はッ」
「ごめんね。だけど、今回はちゃんと戻ってきたから……」
「うん、うん、お帰りバカ息子ッ!」
それから、次々とワタルをみんなで抱擁する。俺とグレイスは部外者であるため、借りてきた猫の様に大人しく成り行きを見守っており、全く気にもとめてもらえないが悪い気はしなかった。
因みに、ポニーテールの少女はワタルの妹で、老婦人は、ワタルのばあちゃんらしい。
一頻り、ワタルの帰還を喜んだあと、ワタルの家族の視線は自然と俺とグレイスに向けられる。
そして、ワタルの母ちゃんが、俺の前に立つ。
「客人、申し訳なかった。死んだと思った息子が元気な姿で戻ってきて感無量になってしまって、君達の事を蔑ろにしてしまった」
「い、いえ、お気になさらず! 俺達は全然気にしていませんので。なぁ? グレイス」
「でしゅ」
「そう言ってもらえると助かります。さて、自己紹介がまだでしたね、私はサツキ・タマキ。タマキ英雄伯の当主であり、魔法庁の長の任についています」
【魔法庁】魔法国家であるオルフェン王国ならではの役所だ。
そこの長であるのだから、かなり優秀なのだろう。まぁ、見た感じかなり優秀そうだけどね。
「私、失敗しないので」って言いだしそうな、そんな雰囲気を持っている。
俺も、サツキさんに挨拶しようと、口を開いた瞬間、「ほら、ウヅキもお母さんも、自己紹介しないと」とサツキさんの言葉に遮られる。
「初めまして、妹のウヅキ・タマキです。貴方、強そうですね? どうです? 私と手合わせしてもらえませんか?」
まだあどけない可愛らしい顔からは想像もつかないような獰猛な表情を向けるウヅキちゃん
「あぁ、時間が空いたらぜひ」
「やったあああ!」
と両手を上げて飛び跳ねるウヅキちゃんに頬が緩んでいると、老婦人が俺に近づく。
「バイオレット・マギウェル・タマキでございます。ワタルの祖母です」
と、バイオレッドさんは、上品に頭を下げて俺に向かった自己紹介をしてくれる。
「マギウェルって……」
自然と、ミラさんの方へと視線が向く。
「ふふふ。ミラは、私の姪なんです」
「そうだったのですね。驚きです」
「私が、カケルさんの元に嫁いだばかりに、ミラには大変な役割をおしつけてしまいました」
驚くことに、マギウェル侯爵家はバイオレットさんが継ぐはずだったのだが、カケルさんと出逢ったため、家督を捨てたという。ただ、それが、周りに回ってミラさんの重圧になっている事を懸念しているのだろう。
「叔母様ったら……気にしてないと何度言えばッ」
「アナタが気にしなくても私が気にするのですよ、ミラ」
「もうッ、相変わらず真面目なんだから」
国の中枢を担う将軍であり、侯爵家当主のミラさんだが、今だけは、まるで少女に返ったかのようだ。
さて、タマキ家の皆さん(出張中のワタル父をのぞいて)から自己紹介をしてもらった手前、ただボーっと突っ立ているわけにはいかないよな。
俺は、ワタルの家族にあったらやろうと決めていた事がある。
俺は、両膝を地面につけ、そのまま額を地面に擦り付ける。
「「「「「――ッ!?」」」」」
「ちょっと、サクタなにしてるのさ!?」
「俺の名前は、服部咲太ですッ! 俺は、不本意ではありますが、オルフェン王国に召喚され、戦闘奴隷として沢山の人達を殺めてきました。そして、あなた方の宝である、ワタルを死に至らせたのも僕のせいです! 本当に申し訳ございませんでしたッ!!」
そう、俺は謝らないといけない。
この人達が大切に思っているワタルを死へと導いたのが誰でもない俺だから。
この事実だけは、決して黙っていてはいけないッ。罵られる事は、覚悟の上だ。
「君ねッ! 僕、言ったよね? また、その話を掘り返したら怒るってッ」
「あぁ、重々承知しているさ! だけど、他の誰よりもお前の家族には謝らないといけない。俺にはその責任がある。これで本当に最後だよ」
「もぅ、君というやつは……」
そんなやり取りをしていると、俺は頭上に人の気配を感じる。
ワタルの妹であるウヅキちゃんだ。
「サクタさん、頭を上げてください。確かに、兄の死にあなたが関与していたかもしれません、が、少なくともこの家の者であなた方、戦闘奴隷に対して悪く言う人はいません」
「……どうしてか聞いても?」
「何があっても異世界より召喚されし者達を決して責めるべからずッ!」
「それは……」
「つまり、貴方が兄の死の原因であっても、私達タマキ家は、貴方を許します。それが尊敬する祖父、カケル・タマキの意思ですからッ」
同じく戦闘奴隷だったカケルさんの思いが感じられる。
頭を上げると、そこには俺の事を温かく見守ってくれるいくつもの視線があった
「ありがとうございます……」
俺は、短くそうつぶやくと、ワタルの手によりその場から立たされ、屋敷の中へと入っていった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。




