帰ってきた元王子⑬
「う、ウォルソンはSランクハンターなのだぞ……それを……」
バルカンは、私に剣先を向けられている事で本能的にガタガタと身体を震わせ、私が踏みつけているウォルソンの生首に目を剥く。
「なぁに、そんなに驚く事はない。Sランクハンターを貶めている訳ではないが、私を相手するには少々力不足だった、と言うわけだ」
ウォルソンの生首をすくう様に蹴り上げると、それは綺麗な放物線を描き、バルカンの元へと飛んでいく。
「ひぃっ」と情けない声を上げ、身体を捻りウォルソンの生首を避けるバルカン。
「おいおい、お前の為に尽くしてくれた部下であろうに、今の反応は些か酷いではないか」
「…………」
「聴こえていないか……まぁいい」と私は一旦バルカンに向けている剣先はそのままで視線だけをレフ達の方へと移す。
「皆は、宿に戻ってくれてもいいのだが……そんな気はなさそうだな」
「おいちゃん達にも、最後までつき合わせてよ~」
「そうよ、ツカサ。この日の為に私達は君と一緒にいたんだから」
「……そうだな。では、もう少しだけつき合ってくれ」
レフ達が私の言葉に賛同したことを確認し、再びバルカンに視線を戻す。
「なんだと言うのだッ、ワシに何の怨みがあってこんな事を! そ、それに貴様がオルフェン王国の戦闘奴隷だって? そんなのデタラメだ! ワシは、戦闘奴隷の残党、殺戮者の処刑の場に立ち会ったのだ! それに殺戮者以外の戦闘奴隷は、全員戦死したはずだッ!」
私が視線を切った事で、恐怖に支配されていた思考が戻ったのか虚勢をはるバルカンに私は「ふっ」と鼻を膨らませる。
「オルフェン王国の戦闘奴隷。まずは、そこからだな。私は間違いなくオルフェン王国の愚行によって異世界より召喚された戦闘奴隷だ。オルフェン王国とこのディグリス王国の戦争の際に離脱した」
「離脱? 何を言っておる。奴隷には奴隷紋が施されていて、逃亡など無理なはずだ」
「ほぅ、よく知っているな。そうだ、普通ならお前の言う通り奴隷紋のせいで逃亡など出来ない、が、奴隷紋を解呪する事ができれば、逃亡など難しい事ではない」
「まさか……解呪したのか?」
「まぁな。時間は掛かったが、実に有意義だったぞ?」
「なんと馬鹿げた……だが、Sランクハンターを圧倒する力……」
腐っても一国の宰相を務めるバルカンの能力は高い。
そんなバルカンだからこそ、奴隷紋の解呪がどれ程に至難な業であるのかを理解しているし。Sランクハンターの首をあっさりと落とす化物などそうそういないのだから。
「そして、お前に対する怨みだが……それは、弟を唆して私を殺した事だ」
「弟? 殺した? 何を言っている。ワシはお前など知らない」
「まだ、分からないのか? 先程からカシウスが私の事を何と呼んでいるか貴様の耳には聴こえていたはずだ、私が何者か」
「ハッ!? ま、ま、まさか……あ、ありえん! ヤツは死んだハズだ……そもそも、姿が全然違うではないか!」
「確かにあの時、両目を抉られた上に四肢を落とされ、最後にそこにいるカシウスの矛先に喉を突かれ私は死んだ。姿が違う? それはそうだ、私は死に、別の世界で生まれ変わったのだからな」
あの場には、カシウスとバルカン、そして、おそらくバルカンに雇われたであろう外部の者が数人いた。当事者でない限り、これほど詳細に私の最期を語る事はできないだろう。と思っていたが、私を見るバルカンは、訝しげな表情を浮かべていた。
「その目は、まだ疑っているな? まぁ、カシウスから聞いたという線もあるか……そうだな、では、私とお前しか知らない事を話してやろう。ガスンの事だ」
「――ッ!?」
「ガスンって、ガスン準男爵の事ですか? 城内で兄上とすれ違った時に歩き方が気に喰わないとその場で首を落とされたという……」
カシウスの言葉に、レフ達が露骨に引いていくのが目に見える。
「カシウス……まさか、その話を信じていたわけじゃないよな?」
「……すみません……」
カシウスは、申し訳なさそうに私から目を反らす。
「はぁ~まぁ良い。あの日、私の使いに出ていた従者のグレイスの戻りが遅いので探しに行ってみたら、ここにいるバルカンとガスンにやれ獣臭いだのなんだのと絡まれていてな、激怒した私の気迫に気圧されのか、ガスンはバランスを崩し倒れたのだが、青銅製の調度品に頭をぶつけ、当り所が悪かったのかそのまま死んでしまったのだ」
「それじゃあ、歩き方が気に喰わないとその場で首を落としたという事は……」
「私がそんな事する訳なかろうが……そこにいるバルカンが私の評判を落とすために広めた嘘だ」
「そんなのガスンの自業自得じゃないですか! どうして否定しなかったのですか!? あの一件があって、兄上の評判は……」
「まさか、こんな馬鹿げた噂が広まり、あまつさえ、皆がそれを信じるとは思わなかったのだ。そして、弁明などした所で、嫌われ者の私の言葉は誰も信じてくれなかっただろう」
「そんな……」
「過去の話だ。お前が気に病む必要はない」
「兄上……」
「さて、話を戻そう。これで信じてくれたか?」
「ありえん……だが、ガスンの事を知っているのは……」
ブツブツと自問自答を繰り返すバルカン。
「そうだ。あの時、グレイスは先に部屋に帰らせたからな。お前と私だけだ」
「で、では――」
「このダリウス・ディグリス。地獄からお前に復讐するために舞い戻ってきたッ!!」
「ひぃッ」
膨れ上がった私の殺気に当てられたバルカンが一瞬怯む。
「私は、始めから王位などに興味はなかったッ。それは、父上の後を継ぐにふさわしい弟がいたからであり、誰もがそれを望んでいたからだ。だが、お前は、カシウスに慕われている私をずっと警戒していた」
「…………」
「そうだろ? バルカン。カシウスが王になり、お前がカシウスを操るためには私が邪魔だった。だから、私の評判を下げ、あまつさえ私を殺したッ」
「ぐあああああああ」
幻魔ノ装で具現化した剣先が勢いよくバルカンの左肩に突き刺さり、一拍遅れてバルカンの悲鳴が室内を埋め尽くす。バルカンの汚らわしい血が付いた剣をそのまま使うのも嫌なので、一度幻魔ノ装の発動を切り、再度発動するとバルカンの左肩に刺さっていた剣が消え、再度私の右手に新たな剣が握られる。
「やめなさいッ!!」
傷口からだらだらと血を流すバルカンを背に一糸纏わない姿のイザヴェラが私の前に立つ。
「どいた方が身のためだぞ? 正直、私は、お前に対しても非常に頭にきているのだ。よくもカシウスを裏切ってくれたな?」
王妃という立場でありながら、カシウスを裏切り、バルカンと関係を持つなど言語道断。今すぐにでも、その首を刎ねてやりたい。
「裏切った? こんな事になったのは誰のせいよ!」
「何を言っているのだ」
「私が、そこにいる男に愛されようとどれだけ頑張ったか……」
なにか様子がおかしい……そう思って、カシウスの方を見るとカシウスは気まずそうな表情で俯いていた。
「カシウス、どういう事だ」
「いえ、その……」
「私がいくら尽くしても、その男は私の事を見向きもしてくれなかったわ!」
「この女は、こう言っているのだが?」
「イザヴェラの言う通りです……シェリーの事が忘れらず……」
はぁ、我が弟ながら……。
「バルカン様は、そんな私の心の隙間を埋めてくれた……」
カシウスに尽くそうと頑張ったが、当のカシウスはシェリー嬢の事で頭がいっぱい、イザヴェラの事は全然考えてやれなかった。王の妻として嫁いてきたのに、王に相手にされない。城内でも肩身の狭い思いをしたのだろう。そこでバルカンが付け込まれたという事か。
「でもそれは私には関係のない事だ『スリープ』」
「やめ……て…………」
イザヴェラの話を聞いたからなのか、彼女を斬り捨てる気が失せた私は、眠りの魔法を発動すると、イザヴェラは一瞬にして眠りに落ち、ベッドに倒れ込む。
「さて、続きといこうか……」
「や、やめろ、来るなッ」
「まぁ、そんなに怯えるな、と言っても無理か」
「わ、ワシは悪くない、悪くない!」
「どの口がそれを言っているのだッ!」
「ぐあああああ!!」
今度は右肩に剣先を突き刺す。
「別にお前が広めた下らない噂で誰にどう思われようが、そんな事はどうでもよかった、王になるつもりも、政に口出すつもりもなかった。私は、ただ、好きな事をやりながらのんびりと暮らしていければよかったのだ、それをお前がッ」
バルカンの顔面につま先がめり込むと同時に、グチャッとバルカンの顔がつぶれる感触が足を伝う。
「うぎゅおぐぉええあえ」
決して心地よくない耳障りな悲鳴が室内を支配する。
「お前の下らない思惑が私の平穏を奪っただけでなく、あまつさえ、カシウスを使い私を殺させたッ!」
両手で顔を抑え、蹲っているバルカンを踏みつける様に蹴る。何度も何度も何度も。
堪らず魔法で自分の身体を強化しているバルカンだが、同じく身体強化の魔法を行使しなくても、召喚奴隷特有の身体能力の高さによって、バルカンの上半身の骨という骨はバキバキに割れているだろう。
「兄上ッ、それ以上やったら死んでしまいます! まだ、バルカンには聞く事が」
「ハッ、私とした事が」
バルカンを前にして怒りに支配された私は、ついつい我を忘れてしまった。
「ふぅ……すまない。見苦しい所を見せてしまった」
「いえ、兄上の立場であれば当然の事だと思います」
「カシウス、すまないがそいつを喋れる程度に回復させてくれるか?」
私は、虫の息のバルカンを指さす。今の状態では普通に会話が成り立たないバルカンに対して少なくとも今の私では冷静さが保てないため、ある程度集中力を必要とする治癒魔法の発動には時間が掛かるため、カシウスにバルカンの治癒を任せたのだ。
まぁ、バルカンをこの手で治したくないという理由もあるのだが……。
「はい、任せてください」と私の気持ちを汲んだ様子のカシウスはバルカンに近づき、治癒魔法を唱える。喋れる程度とは、最低限の治癒という意味合いを持つ。
「ワシに、こ、こんな事を、ただで、すむと、思うな、よ」
先程まで虫の息だったバルカン。途切れ途切れだが言葉が口にしながらバルカンは私を睨みつける所を見ると、カシウスは、私の指示通りに最低限の治癒をしたのだろう。それにしてもバルカンめ、これだけ痛めつけてもまだ悪態をつけられるとは、大した胆力だ。
身体を震わせながら自分に治癒魔法を掛けているバルカンと目線を合わせるため、腰を下ろす。
「ただで済まなかったらどうなるというのだ」
「ワシはこの国で一番偉いのだぞ! この国の軍力を全てつぎ込んで貴様らをギタギタにしてくれるわ! いかに貴様が召喚奴隷だからって一人で何ができるッ!」
自分でかけた治癒魔法の効果によってか、まともにしゃべれるようになったバルカンは、耳障りな大声で虚勢を張る。
「だまれ」
「ぐえっ」
うるさいし、腹が立つのでとりあえず右頬に一発。私に殴られたところを抑えて悶えるバルカンの髪の毛を掴み上げる。
「お前は何を勘違いしている。この国で一番偉いのはお前じゃない、王であるカシウスだ」
「あんな、お飾りの王のどこぐぇ」バランスよく左頬に一発。
「黙れ、誰が口を開いて良いと言った」
「貴様ッ、何度もこのワシの尊顔ぐびゅ」
顔面の中心部に更に一発。実にバランスが良い。
「私は黙れと言ったのだッ」
「うぅッ…………」
「そうだ、それで良い」
「さて……お前の二つ目の勘違いを正してやろう。オルフェン王国の戦闘奴隷の生き残りは私だけではない」
「……な、何を、ハッ!? まさか……」
バルカンの視線が自然と私の背後の四人に向けらる。
「そのまさかだ。彼らは私と同じ元オルフェン王国第四部隊第五小隊所属戦闘奴隷だ」
「そ、そんな……五人も……そんな事、ありえん」
「ありえなくないさ。私は、最悪このディグリス王国と戦争をしようと思っていたからな」
私一人であればこの王都内の兵をかき集めてぶつければ何とかなると考えたのだろう。だが、私と同じ化け物間がもう四人。今から国中の兵を集めても間に合わないのだ。
バルカンの顔から血の気が引くのが見える。
「た、助けてくれ! そうだ、貴様にこの国をやる! それでワシを見逃してくれ!」
「この国をやろうだと?」
「そうだッ」
「それで自分を見逃せと?」
「そうだッ、何だったら貴様に仕えてやってもいい。ワシは、国内だけではなく国外の貴族にも顔が利く、傍に置いておいて損はない、ぐえ、ぐぼ、がひゃ――――」
呆れてしまい言葉が出なかった代わりに手が出てしまった。
「なんて厚顔無恥なやつだ。国をやるだと? 頭が悪い様だからもう一度いうがこの国の王はカシウスだ。お前にそんな権利はない。それに、どんな脳みそしていれば私がお前を傍に置くと思うのだッ」
私の剣の刃がバルカンの首元に触れるや否やの所で止まる。
「ひぃッ!?」
「次にふざけた事を口にしたら、即刻首を落とす」
もげるのではないかと思うほどに首を縦に振るバルカン。
そんなバルカンに対する復讐が終わればダリウスとしてやり残した事案は、グレイスの事だけだ。
これ以上こいつの相手にするのは、精神衛生上よろしくないと思うので、グレイスの事を聞いてとっととバルカンとの因縁を終わらせるとしよう。
私は、ちゃっかり治癒魔法で私に殴られた顔を治しているバルカンの胸ぐらを掴み、眼前に引き寄せる。
「グレイスはどこだ」
いつも読んでいただき、ありがとうございます。




