帰ってきた元王子⑫
少し内容を加えました(21.9.20)
誤字修正しました、ご指摘ありがとうございます。(21.9.20)
「うぐっあぁぁぁ!」
私の拳によって潰れた鼻から大量の血を流すバルカンは、苦しそうに呻き声をあげている。
最大限力を抑えて殴り付けたのだ、死ぬことはないだろう。
バルカンにはグレイスの事も聞かないとだからな。
「な、何て事を! 今すぐに治して差し上げますわ」
バルカンの潰れた鼻に向けて伸ばしたイザヴェラの手の平が白く輝きだす。治癒魔法を唱えているのだ。その効果もあってか、潰れたバルカンの鼻は、まるで逆再生を見ているかのように元通りになっていく。
「カシウスッ、なんなんだこの男は!」
治癒魔法のお陰で痛みが緩和したのか、すかさず私を指差しカシウスを怒りをぶつけるバルカンに対して「お前に怨みを持っている者とだけ伝えておこう」とカシウスを右手で制し、私が直接答える。
「怨み? ふん! そんな下らない事で、ワシの至福の時を邪魔しただけでなく、ワシの尊顔を殴り付けるなどッ、貴様ッ、楽には死なせぬぞッ! カシウスッ、貴様もだッ! 民の矛先が貴様に向くよう今まで生かしておいたが、もう、貴様に用はないッ、殺してやる!」
「楽には死なせぬとは、どうするつもりだ? まさか、お前が私の相手をしてくれるって訳ではないよな?」
「ふん、何を勘違いしておる! どこぞの馬の骨をワシが直接相手にする訳がないだろ!」
ガチャガチャと、金属がぶつかる音が複数近づいてくる。廊下の方だ。
「くっくっく、来たな」
バルカンは、悪どい笑みを浮かべ右手を私に向けてくる。
そこには、病室とかによくありそうな呼び出しボタンの様なものが握られていた。
「なるほど、それで飼犬共を呼び寄せたという訳か」
部屋の入口の方に視線を向けると、高価そうな鎧を纏ったガラの悪そうな男達が姿を現す。鎧だけを見れば立派な騎士と言えるのだが、だらしなさや品の無さが台無しにしていた。
「よぅ、旦那。珍しいなぁこんな時間に呼び出しなんて。せっかく、うめぇ酒にありつけたと思ってたのによぉ、ぐびっ、ふぅ~」
赤髪の壮年の男は、私とバルカンを交互に見ながら手に持った酒ビンを口につける。
「ウォルソン……護衛中は酒を控えろと何度言えばわかる!」
「そう怒鳴るなよ旦那。別にヘベレケになるまで飲んでるわけじゃねぇんだからよぉ。少し、酒が入ったからって、Sランクハンターの俺様と俺様の部下が遅れを取るわけもねぇし、取った事もねぇのを旦那、あんたはよく知ってるはずだ」
ほぅ、あの赤髪、Sランクハンターなのか。
つまりのところ、奴らは騎士ではなく、バルカンの私兵の様なものか。これで、奴らの品の無さに納得がいく。
見栄ッ張りのバルカンの事だ、他人の目を気にして私兵共の見た目に気を使ったようだが……逆効果だな。
「ちっ、能書きはいい。さっさと、そこの不届き者とカシウスを殺せ!」
「おいおい、カシウス様を殺せって、あんた俺様に一国の王を殺せというのか?」
ただの荒くれ者だと思っていたウォルソンにも一欠片の常識が備わっていたのか、カシウスを殺せと言うバルカンの命令に対して素直に首を縦に振ろうとしない。人は見た目によらないものなのだと感心する。
「ええいッ、こいつらを始末したら、貴様を貴族にしてやる」
「おい、本気か?」
ウォルソンの顔が真剣なものに変わる。
「成りたかったのだろ? 貴族に」
「あぁ、なりてぇ。ハンターで成功して名声も金も手に入れた。俺様に足りないのは地位だ」
いくらSランクハンターという肩書きを持っていたとしても、その殆どが平民だ。
平民として高い地位に入るかも知れないが、この世を動かしているのは貴族。高い地位の平民など、貴族社会では木っ端の様なモノであるため、名声も金も手に入れたウォルソンにとっては、貴族という地位は喉から手が出るほど欲しいものなのだろう。
そんな甘い蜜をぶら下げられたウォルソンの倫理感が崩れるのもしようがないだろ。
「本当に貴族にしてくれるんだろうな?」
「約束してやる」
「ぐっははは、ついに俺様も貴族か!」
「「「アニキ、おめでとうこざいます!」」」
既に貴族になったかの様に上機嫌に嗤うウォルソンとそれを祝すウォルソンの部下達。
「兄上……」
「まったく目出度い連中だな、私を相手に既に勝った気でいるとは。案ずるなカシウス。言ったであろう私がお前の障害を取り除くと」
「ですが、相手はSランクハンターです。いくら、兄上でも……相手が悪すぎます」
「いいか、カシウス。Sランクハンターは確かに誰にでもなれるという訳ではないが……この世には化物と呼ばれるSランクハンターをも軽く凌駕する者達が存在する」
「何を言って……」
「私もその化物の部類に入ると言うことだ」
ポンポンとカシウスの左肩を軽く叩き、私はウォルソンの前に立つ。
「私が格の違いというものを教えてやろう」
「おいおい、俺様を前にして絶望で頭がイカれたのか? Sランクハンターの俺様に格の違いを教えるだと? ぶはっははは!」
ウォルソンが、明らかにバカにした笑い声を私に向ける、ウォルソンの部下達もそれにつられ私を揶揄する。
「あぁ、勘違いしないでくれ。別に私の頭がイカれている訳でも、お前をバカにしている訳でもない、事実を言っているまでだ」
「あぁん? おいおい、まじかよてめぇ……ギリッ」
「さぁ、相手をしてやろう」
「ちっ、本気らしいな。まぁ、いい。おい、てめぇら、このナメた若造を袋叩きに」
「ぐぇ!」「な、なんだ!? うああ!」「いてえええよ」
「おい、どうした!?」
次々と倒れていく、部下達を見てウォルソンは声を荒げる。
「宿で待ってろと言ったはずだが?」
「いや~ほら、おいちゃん心配でさぁ」
「そうそう、何でも一人でやろうとするのはツカサの悪いクセよ? もっと、お姉さん達を頼りなさい」
ジョリジョリとあご髭を撫でながらレフ登場するレフのうしろからひょこっと顔を出すジュリエットは、腰に手をあてぷくーっと頬を膨らませていた。
そして、「俺は、待ってると言っていたのだが……」と気まずそうな顔の高次とその隣にはニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべるミンギュが立っている。
極力みなを私事に巻き込みたくなかったため、宿で待っているように言っておいたのだが……。
「まぁ、いい。この男は私が相手する」
「別に全員で掛かってきてもいいんだぜ?」
ウォルソンは、酒ビンを投げ捨て、代わりに腰にぶら下がっていたロングソードを抜き、睨み殺すかの様な鋭い目を向けてくる。
「そんな野暮な事はしないさ。多勢に無勢と言うものが嫌いでね」
【幻魔ノ装】を発動させた私の右手にウォルソンのロンクソードよりやや短い刀身の剣が握られる。
「魔法士か……まぁ、良い。てめぇでちょうど百人目だ」
「何がだ?」
「俺様に殺された人数だよッ、記念すべき百人目だ。てめぇの名前を覚えておいてやる。名乗れ」
「やれやれ、殺した人数をいちいち数えているなんてな……随分とぬるい男だな」
「なんだと!?」
「まぁ、良い。私は、竹本司。肩書きは……そうだな、元オルフェン王国第四部隊第五小隊所属戦闘奴隷No.25とでも言っておこうか」
「なっ!? オルフェン王国の戦闘奴隷にだと!?」
どうやら、ウォルソンは、私達の事を知っているようだ。
……いや、ウォルソンだけではない。バルカンもイザヴェラも、カシウスさえも驚きのあまりに言葉を失っている。
「デタラメだ! オルフェン王国の戦闘奴隷はほとんどが戦死したッ、生き残った【殺戮者】も処刑されて生き残った者はいないはずだッ! そんな戯れ言で俺様が怯むと思ったのか?」
服部咲太達は処刑されたのか……。決して仲が良かった訳ではないが、それでも、彼らには生きていて欲しかったと思うのは少なくとも私が彼らを仲間と思っていたからであるのだろうか?
いや、違うな。私は知っている。これは、懺悔の様なものだ。もし、私達が戦場から離脱していなかったら、戦闘奴隷達は数を減らすこともなく、服部達は、処刑される事も無かっただろう。
何よりも私が、彼らを奴隷紋から解放してやることも出来た。そうしなかったのは、その後の彼らの扱いに困ったからだ。
では、なぜレフ達は解放したのかというと、レフ達とは短くない時間を、特に人間が追い込まれている時を共に過ごし、レフ達の本質に触れる事ができ、レフ達であれば共に行動しても問題ないと思ったからだ。
この世を去った他の二十人には悪いと思うが……私にも譲れない物があるのだ。
「信じるか信じないかはお前の自由だ。私は、お前が名乗れと言ったから名乗ったまでだ」
「まだ言うかッ! いい加減そのナメた口を閉じやがれええええ!」
ウォルソンは、手に持つロングソードを橫一閃に振ってくる。
「何をそんなに怒っているのか分からぬが……まぁ、自分を殺した男の名前くらい覚えておいても損はないだろう……おっと、すまない、もう、聞こえていないのだな」
私の目の前に立っているウォルソンに首から上が存在していないのは、ウォルソンの刃が私に届く前に、私がウォルソンの首をはねたからだ。
まるでサッカーボールの様にコロコロとバルカンの方へと転がるウォルソンの頭を踏みつけ、私は剣先をバルカンに向ける。
「ひぃっ!」
「さぁ、バルカン。お仕置きの時間だ」
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
あと二話くらい司の話が続き、その後から咲太の物語に戻る予定です。




